第22話 ダンジョン突入!

 打ち合わせと休憩を終え、丸太小屋を後にする。

 キシャに導かれて小屋の裏手に回ると、野原と木立の境界線を囲うようにしてくいが打たれていた。


「さて。あの杭が、何を意味してるのか……勇者ちゃんならわかるかな?」


 社会科見学の先生よろしく、キシャがネタを振る。色々と事情をバラしたことで、授業もやりやすくなったようだ。


「ええと……拠点用の退魔結界、じゃないですよね」

「それもあるけど、あれはまた別だね」

「じゃあ、やっぱりダンジョン……ですか?」

「正解」


 ダンジョンが正解らしい。でも、ダンジョンって何だろう?

 ここまでの森と何か違うのだろうか。魔物だって出てきてたのに。


「では、はてな顔のシロちゃんにもわかるようにダンジョンの説明をどうぞ」

「ふえ? ダ、ダンジョンっていうと……魔物がいっぱいで、危なくて……」

「うーん……その答えじゃ、二十点くらいだな。リリディアも何を教えてるんだか」

「あう!? ち、違うんです導師様はそうじゃなくてっ」

「ポイントは、なぜ危ないか。なぜ、魔物がいっぱい出るか。それを知るのが本当の勉強だよ」


 不出来な生徒を保護者ごと斬り捨て、キシャ先生は人差し指を立てた。


「シロちゃんは憶えてるかな? 魔物がどうやって発生するのか」

「魔力を帯びたアイテム的なモノが、混沌の波動を浴びて、というやつか」

「そうそう。龍神の創った『かたち』あるこの世界ってのは、結構不安定な代物でね、まあ管理者があのサクラ神だし。絶えずそこらじゅうにほころびが生じているわけだ」

「へえ」


 さすがは先生。あの神様の名前が出て来ると説得力が段違いだな。

 もちろん悪い意味で。


「で、その綻びから世界の裏側、原初なる混沌が湧き出してくると今まで見たような魔物が発生する。ダンジョンとは、綻びが世界の復元力を上回っている――つまり、恒久的な魔物の発生源が存在している場所のことを言うんだ」

「だから危険なのか」

「まあね。ここは人里離れてるから森のままになってるけど、地下迷宮やら塔やらを建てて人為的に封じてるようなところも多いよ」

「じゃあ、あの杭もそれを封じるため……」


 封じられた禁断の領域。『ダンジョン』が語義的には『地下牢』を指す言葉であることを考えればそれも頷ける。


「しかも、危険はそれだけじゃない。混沌との境が曖昧で、生身の人間が長時間中にいると物質的な存在を保てずに魔物になり果ててしまうこともある。幸か不幸か生身じゃないから、私たちには関係ないけどね」

「つまり、普通の冒険者は寄り付かない?」

「いや、冒険者は普通じゃないから。神聖魔法やアイテムとかで特殊な加護をつけてガンガン潜ってるよ。それだけ見返りも大きいからね」

「……でも、探すのはブタ鼻のキノコか」

「あはは。まあそう不貞腐ふてくされずに。大事なご主人を取り戻すためでしょ?」


 そう言われては反論もできない。

 私たち三人は、未知の危険地帯へと足を踏み入れることになった。



【警告:この先はダンジョン化しています。

    十分な装備と加護がない場合は立入りをお勧めしません。

    推奨:基礎Lv15以上、スキル『神聖魔法』Lv20一名以上  】


 警告のセカンダリ表示を無視して、一行は杭の内側へ。


「推奨レベルが15って、私たち全然足りてなくないか?」

「平気、平気。私のレベルを三で割っても余裕で15は超えるから」


 私の不安を、キシャはそう言って一笑に付したのだが。


「また来るぞ、勇者殿。人食いオニオンが……おそらく、四体」

「りょ、了解です。とああ――――って、うわぁ!?」

「お、おい、勇者殿っ!?」


 迎撃に失敗した勇者は顔面への体当たりで転倒、助けに入った私を含めて四対二の泥仕合に。キシャはまたしても手助けしてくれなかった。


 しかも……


「勝つには勝ったが……今の、妙に強かったような」

「動きも速くて、見誤りました」


 冷や汗と土埃つちぼこりまみれて反省会をする私たちに、キシャはあっけらかんと言う。


「そりゃそうだよ。魔物にもレベルってものがあるからね。同じタマネギでも、外の森とダンジョン内では強さが違って当たり前なのさ」


 そういう大事なことは戦う前に言っておいてほしい。

 恨めしさがこもった私の視線を、キシャは軽く肩をすくめて笑い飛ばした。


「古人いわく、艱難かんなんに勝る教育はなしってね。じゃ、この先は私が警戒を受け持つからシロちゃんにはキノコの探索をお願いしよう」

「…………ああ、心得た」


 文句を言っても始まらないが、犬遣いの荒い雇い主だな。

 目標を『豚トリュフ』に指定して、スキルを『探索』に切り替えた。現時点で探知できる範囲にターゲットを示す反応はない――


 となると、動きながら探すことになるのだが、動けばやっぱり魔物も出てくる。


 推奨レベルなんてそれだけあればちょっとやそっとじゃ死なないだろう、って目安でしかないんだから大丈夫。もし本当にヤバくなったら私が助けるし、というキシャがちっとも助けてくれず、実質レベル2と3の二人でダンジョンの魔物と戦った。


 連戦連勝。


 確かに死んではいないものの、楽勝続きとはとてもいかない。

 魔物の動きは素早く、攻撃も強烈で、勇者の剣はまだしも私のナイフではなかなか致命的なダメージを与えられなかった。


「敵のレベルにも慣れてきたかな。まだ手放しで褒めるほどじゃないけどね」


 最後尾に陣取るキシャは、試験官のように私たちの悪戦苦闘ぶりを見守っている。口は出しても手は出さず、戦利品を回収しては時折ときおり何かをチェックするような素振そぶりを見せているだけだ。

 まあ、神様の加護が効いているせいか、大きなケガなどのトラブルはないので今のところはどうにかなっているが。


 そんなこんなで、一時間ほどは進んだだろうか。


「っ、これは――――!」


 私は立ち止まり、反応を確認する。探索範囲の外縁に、何かが引っかかってきた。


「見つけた。多分、これが当たりだ」

「やりましたねっ、あともう一息――」

「待った」


 意気揚々と進みかけた勇者を、キシャが制止する。


「シロちゃん、スキルを『索敵』に切り替えて。そこに魔物はいないかい?」

「やってみる」


 といっても、『索敵』のスキルは『探索』よりレベルが低いし、うまくやれるかはわからないけど……

 いや、いた。魔物の反応だ。

 ……しかも、これは?


「多分、これまでに見たことがない魔物だ。一体だけど、デカそうな気がする」

「ふむ。このまま進むとちょっと危ないかな。一旦、仕切り直しといこう」


 キシャがセカンダリを起動した。


「ほら、見てごらん」


【パーティ編成

 1.イクゼルテ Lv55 魔道司祭 HP:7428 MP:9061

   E:フェンリルの杖 黒狼のローブ 道化師の指輪

 2.ピュオネティカ Lv6 勇者 HP:88 MP:67

   E:白銀の祓魔剣 神雀の羽衣 聖天の守り

 3.シロ Lv4 探索者 HP:24 MP:38

   E:盗賊のナイフ イツタマ印の軽装鎧       】


「あっ、レベルが三つも上がってますよ!」

「本当だ。いつの間に」

「けど、二人ともずいぶんHPが減ってるよ」

「……そういえば。特にケガとかしてないんだがな」


 あらためて、自分の全身をあらためてみる。どこも痛くないし、血が出ていたりもしない。ついさっきまで、元気に魔物と戦っていたのだ。


 傍観に徹する試験官から、キシャの顔はまた先生に戻った。


「HPってのは、神の加護でダメージを無効化する身代わりみたいなもんだからね。数字が残ってる間はケガもしないし痛みも残らない。ゼロになれば体に傷はつくし、致命傷を喰らえば一巻の終わり。〈神徒プレイヤー〉や魔族でも死ぬことになる」


 つまり、キシャは戦闘のたびにそれを確認していたということか。全くの無責任な見物ではなかったらしい。


 初期状態のHPは60あった。それが今は24だ。夢中になって戦っているうちに、私は実に半分以上、死に近づいていたことになる。


「……よくわかった。以後、気を付ける」


 心なしか、背筋が肌寒い。艱難に勝る教育がないといっても、あんまり行き過ぎた実践教育もそれはそれでいかがなものだろうか。


「二人とも、専用品のいい防具を着けてるからね。そう簡単には死なないよ」


 人の気も知らずにお気楽にのたまうと、キシャはその手にアイテムを呼び出した。


「これはサービス。使ってみてごらん」


 私に投げてよこす。小さなびん。さっきも渡されたポーションだ。


「他のアイテムと同じ要領で、手に持った状態で起動してやればいい。薬として普通に服用しても効くけど、そのほうが緊急時には早いし確実だよ」

「やってみる」


 ぎゅっ、とポーションを握りしめて念じる。硬いガラス瓶が光の粒となって弾け、代わりに青白い燐光が私の全身を包んで瞬いた。


 いかにも回復、って感じのエフェクト。

 肌を風が撫でていくような、すっきり爽やかな気分だ。


「じゃあ次は、味方に使う練習だ。勇者ちゃんを回復させてあげよう」


 キシャからもう一つ、ポーションを手渡された。


「手に持って起動させたら、使いたい相手をきちんとイメージして効果範囲に収まるように狙いをつけて投げてやる。前衛向きの勇者ちゃんと組むなら、シロちゃんには当然求められる役割だね」

「わかった」


 言われた通りに、起動させて投げる。勇者の手前で瓶が弾けて、その足元に光の円が描き出された。きらきらと、勇者がまとった光の粒が青白いきらめきを放つ。


「ちゃんとできてるか、確認しておこう」


 キシャに促され、個人スレッドを呼び出した。


【花坂シロ 獣人 女 11歳 ※〈神徒〉

 基礎Lv4

 クラス:探索者Lv3、狩人Lv2

 スキル:「探索Lv3」「索敵Lv2」「奪取Lv1」etc

 加護パラメータ…                      】


 レベルが上がった影響でHPは150にまで増えていた。それと、もう一つスキルが追加されている。

『奪取』。

 キシャが言っていたように、盗賊のナイフで戦っていた効果だろう。


「そいつは、対象の保有するアイテムを強制的かつ瞬間的に自分のアイテムボックスに転送してしまうという窃盗用のスキルなんだ。持ち主がいないアイテムにも使えるから、極めればスリも万引きも自由自在に――」

「ロクでもなさすぎる」

「冗談、冗談。そんな顔しないでよ。魔物からアイテムかっぱらうだけでも十分役に立つスキルなんだからさ」


 ああ、おとうさん、おかあさん。

 シロは悪いお姉さんと付き合って、いけないことを覚えてしまいました。


 これも、全てはご主人のためなんです。愚かな駄犬をどうかお許しください……

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