第21話 ネタばらし!

 大森林での行軍は続いた。

 人食いオニオンだけではなく、敵の種類も増えてくる。


 ジャガーいも、挑戦ニンジン、七目草ナナツメグサブターメリック、死出しでラッキョウ……


 おかあさん、今日のごはんはカレーですか?


「結局、これってどういう仕組みなんだ?」


 ナイフを持つ右手を、私は左手で撫でた。レベルが上がったことで戦いは確かに楽になったけど、どうもしっくりに落ちない。私の何が変わったというのか。


「ああ、何のことかと思えば」


 戦利品を『収集』したキシャが、私の仕草を振り返って言う。


「レベルってのはつまり、神の加護を受け容れる『魂の器』のステージみたいなもんだよ。成長してそれが大きくなれば、その分より強力な加護を得られるってこと」

「魂の器、か」

「普通の場合、人は年月を経ることによってゆっくりと器を広げていくんだけどね。〈神徒プレイヤー〉や〈魔族〉は例外だ。魔物を倒すことで急速に成長できる」

「それはまた、どうして?」


 それこそ、ゲームっぽさの極みじゃなかろうか。あの神様の趣味なんだろうけど。


「うん、それは……そうだな、シロちゃんは『源素プリミオン』が何かは知ってるんだっけ?」

「よくは知らない。聞いたことはあるが」

「ふむ。じゃあ、勇者ちゃん、説明してごらん」

「え? 私ですか? ……ええっと。万物の根源、世界のありとあらゆるものの素になっている存在……でしたよね?」

「そう。魔物や〈神徒〉の肉体は、ソレでできていると言われている。物質的な存在ではなく、幽霊みたいなもんだとも言うね」

「……ああ」


 思い出した。リリディア大司教がそんなこと言ってたっけ。


「つまり、同質の存在である魔物を滅ぼすことで、その一部を取り込んで我々は成長することができるのさ。生身の人間より遥かに速く、遠く及ばない領域にまで」

「ちょっとズルいのか」

「ま、そのために人間やめてるしね。君らには実感ないかもしれないけど、それだけレアな存在なんだよ。でなきゃ社会のバランスが狂う」

「それは、そうだろうな」


 無闇に『例外』を量産しないだけの分別はあの神様にもあるらしい。石を投げれば〈神徒〉に当たりそうな聖都の中央大神殿みたいなのは、浮世離れした特例中の特例なのだろう。


「そして『源素』の御利益がもう一つ。これは、私たちに限ったものじゃないけど」


 キシャは手の中に、木の箱を呼び出した。例の『源晶柩クリスタライザー』とかいうやつだ。


「さっき、あげたコレ。魔物の消滅時に放射される源素を吸収して結晶化してくれるアイテムでね。その結晶を売るとお金になるんだ」

「ふうん、そういう仕組みか」

「何しろ、『万物の根源』だからね。腕のいい魔法使いや錬金術師の手にかかれば、ありとあらゆる物質に変化させることができる。異界の文明を丸ごとコピーして再現できた秘訣がつまりそれってワケさ」

「ああ……なるほど」


 思ったよりもずっと壮大な話だった。あのタマネギが巡り巡って、コンクリートやプラスチックの原料にもなっているということか。


「まあ、そっちは君らにそのままあげるよ。報酬の一部だと思ってくれていい」


 気前よく宣言すると、キシャは会話を打ち切って歩きだした。


「さ、先を急ごう。そろそろ今回の中継地点だ」



 森の中、木々の切れ目に広がる野原。そこに一軒の丸太小屋が建っていた。


「ここが第一チェックポイント、冒険者ギルドが整備した大森林の探索拠点さ」


 私と勇者に先立って、キシャが高床式の登り階段に近づいていく。


「当然、ギルド部外者の私に立入りの資格はないわけだけど……」


 自動で立ち上がったセカンダリのウインドウに、無造作なタッチで彼女はアクセス――ジィッと小さなノイズが走り、表示がかすれた、と思いきや。

 猛烈な勢いで文字がバグって、やがて『認証OK』に変わる。


「ま、この程度のセキュリティを欺瞞ぎまんできないようじゃ裏の世界は渡れないからね」


 おいおい、いいのかそれ……

 私と勇者は顔を見合わせ、どちらからともなく諦めたようにキシャの後に続いた。


「本番はここからだよ。食事を済ませながら先の話をしておこう」


 キシャがテーブルにバスケットを出したので、私と勇者も並んで席に着く。キシャはおにぎり、勇者はサンドイッチを手に取り、私は……


「シロちゃんは、相変わらずドッグフードなんだね」

「うむ。ご主人の行方が知れないのに私一人だけ美味いものは食えないからな」

「ははあ、見上げた忠犬ぶりだねえ」

「第一、人間用の食事はまだいまいち勝手がわからん」


 カリカリのドライフードを手づかみでむさぼり食う。とっくに見慣れたはずの光景に、勇者は怪訝けげんそうに眉をひそめた。


「なんだか……時々、本物の犬みたいなこと言いますよね」

「――ほごっ!?」


 唐突に核心を突かれて、ごはんが変なところに入ってしまった。げほげほ咳き込む私とその連れを、キシャが愉快そうな目で眺めている。


「ふうん、彼女にはまだ話してないんだね」

「……何ですか?」


 訳知り顔の余裕に満ちたキシャを、不愉快そうに見返す勇者。


 ……そうか、彼女は知っているのか。私の事情と、その正体まで。ご主人のことを知っていたのだから、そうであってもおかしくはない。


「そろそろ話してもいいんじゃないかな。ここまで付き合ってくれた仲間なんだし」

「……そうだな」


 自分でもびっくりするほど、私は素直に頷いていた。キシャの言うことが正しいと思えたし、勇者には知っていてほしかった。


 私が何者で、何のためにここへ来たのか――


「そんな、まさか……」


 全てを明かすと、さすがに勇者は驚いたようだった。愕然と表情を青ざめさせて、


「じゃあじゃあ、あの人って本物のサクラ神だったんですか!?」


 ああ、そこがびっくりポイントか。信奉者にはショックな実物だもんな、アレ。


「ああああ……導師様に怒られる……」


 神様を地下牢で処刑しそこねた少女は、テーブルに伏せて頭を抱え込んだ。


「いや、あれは無理もない。黙っておくから、そう気にするな」

「うう……シロ。ありがとうございます」


 涙目で、私の手を取って感謝してくる。ドッグフードで粉まみれなんだけど。

 私の素姓を気にする様子もないし、大らかな脳ミソの持ち主で助かった。


「でも、なんであなたは知ってたんですか? 私だって知らなかったのに」


 勇者はキシャに唇を尖らせる。意外に鋭いツッコミだった。

 キシャは動じる気配もなく、魔法瓶から注いだお茶をずずっ、と一口すする。


「ま、そうだね。種を明かせば至って簡単なことなんだけど……ここまで私について来てくれたんだし、この先のためにもネタばらしをしておこうか」


 キシャはコップをテーブルに置くと、幾分真面目に表情を改めた。


「二人とも、さっき私のクラスが『魔道司祭ダークプリースト』になってるのは見たよね?」

「……そうでしたっけ?」

「ああ。確かに」

「あれは、ね。〈異端者ヘレティック〉だけが就ける上位クラスで、魔神に仕える聖職者なんだ。つまり……君たちにサクラ神がいるように、私にもまた導きの神がいる」


『道化師ロクサーヌ』。さっき彼女は、そう言った。

 龍神ヴォルザークと対をなす混沌の至高神『夜叉神やしゃがみハドラーク』にかしずく八魔神将の一柱――セカンダリで自習した基本知識が確かならば、そのはずだ。


「神様に聞いたから、知っていたということか?」


 その可能性は盲点だった。

 私たちの身に降りかかったこの異世界島流しは、そもそもがサクラ神のおぼしによるものだ。そこに干渉できるほどの存在がいるとしたら。

 同格の神ならば、可能かもしれない。


「そう、全ては我がしゅ御心みこころによるものだ。花坂桃はなさかももの魂を悪用させてはならぬ、と私は魔神ロクサーヌよりおおせつかっている」

「悪用とは、どういう意味だ?」


 おのずと、声に険がこもる。

 犬耳の魔族はそれをいなすように、上向けた掌でひらひらと宙を扇いだ。


「考えてもごらんなよ。生きながらにして神に地獄行きを宣告された魂なんて、前代未聞の超レア物だ。使い方次第では、恐ろしいことになるよ」

「そんな……私は、ただ……」


 そんな大それた恐ろしいことなんて、私は決して望んでいない。私はただ、ご主人に真っ当な生を取り戻してほしいだけなのに……


「わかってるさ。だから、私は君に協力したい。洗礼でサクラ神の祝福を受ければ、悪用の危険はほぼ消滅する――私たちの利害は一致してると言えないかい?」

「私が望むご主人との再会が、あなたの利益にもなるということか?」

「その通り」

「あなた自身がご主人の魂を狙っていない、とどう証明する?」

「……用心深いな。でも、そういう賢い子は好きだよ」


 キシャは一瞬表情を曇らせつつ、ぱん、と景気よく手を打ち鳴らした。


「よし、わかった。私はひとまず、ご主人の居場所を突き止めるための情報と手段を君に提供しよう。それを得た後で、引き続き私と協力するかは改めて考えて決めればいい……どうかな、悪くない取引だと思うけど」


 黒衣で牙の生えた魔道司祭が、商人の顔をして提案を持ち掛ける。私が、喉から手が出るほど渇望するモノを天秤の片方に乗せて――


「……わかった。話を続けてくれ」


 私の返答に、キシャが満足げに頷く。


「では、続けよう。結論から言うと、君のご主人は聖都にいる。より正確には、聖都から出ていない。出れば確実に引っかかるよう、こっちで警戒を張り巡らせてある」

「そんなことが可能なのか」

「彼女をさらった連中の正体には最初から目星がついてたんでね。ただ、聖都のどこにいるのかまではさすがにわからない。奴らは多分、高度な偽装空間を設定して外部の認識を撹乱かくらんしている。それを、これからわかるようにしてやるんだ」

「その、下手人の正体とは?」

「八魔神将の一柱、『魍魎もうりょうヴァラサークル』に仕える魔族。目的はおそらく、彼女を依代よりしろとして魔神を現世に降臨させること――我が主は、それをうれいている」

「魔神って、そんな……」


 横から勇者が青い顔で口を出す。魔神の降臨、ってやっぱりそれほどにヤバいことなのか。


「確かに恐るべき事態ではあるけど、そうだからこそ希望もあるんだよ。ああいった儀式の準備にはそれなりの時間がかかるものだし、実行する日時の条件も限られる。つまり、我らがとらわれの姫君はまだ無事でいる可能性が非常に高い」

「おお……」


 それは、何よりの朗報だった。希望とともに、やる気がドバドバに湧いてくる。


「なら、私は何をすればいい? どうすればご主人を見つけられるんだ?」

「ふふん、そう焦りなさんな。そのためにこそ、我々はここにいるんだからね」


 思わずテーブルへ身を乗り出す私に、キシャは得意げに鼻を鳴らして無意味に勿体もったいをつけると、


「カギは君の『探索』スキルだ。ご主人のことを誰よりも知る君ならば、必ずや彼女を見つけ出せるだろう」

「しかし、私のつたない能力であの広い聖都の全域を探るとなると……」


 Lv3になったとはいえ、私のスキルが及ぶ範囲はせいぜい半径数十メートル程度だ。あの巨大な都市をくまなく捜索するなど、雲をつかむような話と思える。


「だから、さ。それを補うためのアイテムをここに探しにきたんじゃないか」


 キシャがセカンダリを起動して何事かを操作――数秒のラグで、私にメッセージの着信が入る。起動を許可して、メッセージを開いた。


 画像データが添付されている。ピンク色ででこぼこの変な形をした……キノコ?


「『豚トリュフ』……これが、今回のターゲットなのか?」


 画像に付けられた名前を読み上げる。フランス語ではtruffeと言ったら『犬の鼻』のことだが、色といい造形といい、なるほど豚の鼻っぽい見た目ではあった。


「そういうこと。コレを原料にして、トリュフを探す豚さながらに『探索』スキルの性能を一時的に向上させる魔法薬が作れるんだ。君の力にこいつを合わせれば、敵の偽装空間すら丸裸にしてやれるだろう」

「……ふん。そんなものがアテになるのか?」

「おや、ずいぶんと不服そうな顔だね」

「当然だ。トリュフぐらい犬だって探せる。豚の力など必要ない!」


 だんっ、と私はテーブルを叩く。


「大体あいつら、意地汚いから見つけたトリュフを喰うんだぞ。挙げ句の果てには、取り上げようとした人間の指まで喰いちぎる始末だ。犬と違って介助も門番も狩りも牧羊もレスキューもできないし、ハムにでもなって犬に喰われるのが分相応の畜産物じゃないか」

「……うん。同じイヌ科としてお姉さんにもその感情がわからなくはないけど、ヨソではそういうこと絶対言っちゃだめだからね。豚系の獣人さんとか普通にいるから」


 力説ぶりに若干引きつつ、キシャは私をたしなめた。


 どうにもはなはだ不本意ではあるのだが、私はそのキノコを探さねばならないらしい。

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