第20話 魔物と戦おう!

 森の奥へと私たちは踏み出した。転移ゲートの付近には退魔結界が働いているが、離れればそこはもう凶悪な魔物たちの棲みである。


「さっき見せてもらったけど、シロちゃんは『索敵』のスキルも持ってたよね?」


 歩きだすなり、キシャが私に確認してきた。『探索』と並んで、洗礼を受けたときに最初から持っていたスキルの一つだ。


「使ったことはまだないが」

「うん。じゃあ『探索』はまだいいから、まずは『索敵』を使っていこう」

「どう違うんだ?」

「平たく言うと、アイテムを探せて魔物は探せない宝探し向きのスキルが『探索』。魔物を探せてアイテムを探せない魔物狩り用のスキルが『索敵』。人を探すには一長一短だけど、今の君なら『探索』だろうね」


 ご主人を探すには『探索』を鍛えるべし、とは導師リリディアにも言われたけど。なら、どうして『索敵』なのだろう。


「ここで『索敵』をマスターしておけば、『狩人』のクラスが取得できるでしょ? すぐに使わない能力でも、クラス補正でパラメータが上がればそれだけ戦闘は安全になる。例えば、勇者ちゃんのHPがレベルの割に高いのだって『勇者』と『聖騎士』の補正効果が強力なおかげってわけさ」

「そういうことか」


 補正効果が重複するのなら、クラスの数は持てるだけ持っておいたほうが有利だということになる。今の私は『探索者』一つだけだ。多分、補正効果もショボい。


「スキルを使ってレベルを上げればクラスごとのレベルも上がり、補正効果も一緒に上昇する。ただし、クラスのレベルが上がるタイミングは個人の基礎レベルが上がるのと同時だ。基礎レベルを上げる方法は……まあ、死ななければ今にわかるよ」


 物騒な含みを持たせてキシャは説明を終わらせた。


 ま、想像はつくけどね。ゲーム的なお約束にあくまで忠実な、ふざけたこの世界。ここまでの傾向からすれば、戦って敵を倒せば何らかの恩典はあることだろう。


 問題は、私が戦いに勝てるかどうかだ。そのためにも、まずは……


 索敵。索敵だ。探索するのと同じように、意識を集中して念じてみる。さあ、魔物よ、出て来るのなら来るがいい。


「むう……」

「そのまま続けて。歩いてるうちに何かは引っかかるから。『探索』と同時の起動もできるけど、レベルが低いうちはお勧めしないね」


 と、いうことで、私は歩く戦闘用人間レーダーとなった。剣を持った勇者が前衛に立ち、ぶっちぎりで強いキシャがケツ持ちの最後尾。残る私が中央という隊列だ。


 既に何かの目星でもあるのか、キシャの指図で奥へと向かう。


 歩きにくい道ではなかった。森の地面は比較的なだらかで、陽光の差し込む木々の狭間は緑なす下生したばえの絨毯じゅうたんに覆われている。

 静けさに、鳥の唄う声が響く。地上には目立った気配も見当たらず、リスか何かの小動物が時折ときおり木の枝を揺らすくらいだ。

 森林浴には絶好のロケーションだろう。魔物が出るなんて聞いていなければ。


 先行する勇者の背中は明らかに固くなっていて、見ている私もやけに喉が渇いた。


「シロちゃん」


 注意を喚起するキシャのささやき。私のレーダーもたちどころに反応した。


 前方、おおよそ十メートル先。数はおそらく一つだけ。その存在を感知するや、私の意識にイメージが流れ込んでくる。


 サッカーボールより一回りは大きい、雨滴うてき型の独特なシルエット。これは……アレか。王道中の王道を往く、ぷるぷるしててぽよんぽよんに弾む――


「人食いオニオンか」


 キシャがつぶやく。あれ? スライムじゃなかった。


「人食い……オニオン?」


 オニオン。スライムではなく、ましてや人食い鬼でもない。がささっ、と繁みから飛び出してきたのは、異様なほど巨大な動く球根。


「ぴぎゃあああ!」


 つり上がった目と牙の生えた口を持つ、それはまさに人食いのタマネギだった。


「き、来ましたか……ええいっ!」


 バウンドしながら襲いかかってくるタマネギの化け物に、勇者は剣を一閃する。

 ざくっ、と台所で聞いたような音。真っ二つに断ち割られた魔物は、そのまま光の粒になって消滅した。


「ふぅ……やりました!」


 勇者が振り返って勝利を宣言する。涙目なのは感動じゃなく、発散されたタマネギ成分のせいだろう。私もちょっと、目と鼻にきた。


「というか……なんか、あっけないな」

「さすがにザコが一匹じゃね。勇者ちゃんの持ってる『破邪』スキルは、攻撃に特殊効果を上乗せする魔物殺しのチート性能だし」


 特殊クラスは伊達じゃないということか。何にしろ、勝利はめでたいのだが……


「しかし、何でまたタマネギなんだ?」


 私の抱いた素朴な疑問に、キシャはまじまじと頷いて答えた。


「ティバラークは植物資源の宝庫だからね。ジャガイモ、トマト、米、麦、落花生、蓮根れんこん……世界に出回る農産物の多くはこの森が原産地なんだよ」

「関係あるのか、そういうの」

「そりゃあもう、大有りさ。魔物は大抵、魔力を帯びた物質を核にして発生するものなんだから。生物の死骸、植物の葉や種子、天然の鉱物、人工的な魔導性アイテム。そうしたものに内包された魔力が、混沌の波動を浴びることで周囲の源素プリミオン凝集ぎょうしゅうして擬似ぎじ的な生命体を形成する――言ってる意味は分かるかな?」

「いや、さっぱり」

「要するに、魔力を持つモノが悪い気を浴びるとああいうお化けになるってことさ。所詮はお化けで実体はないから、滅んでしまえば無に還る。そして――」


 光の粒が消えた跡から、勇者が何かを拾い上げる。小さくて茶色くて、形は丸い。


魔葱まねぎの球根、だそうです」


『観察』すると、確かにそう出ていた。我が意を得たり、とキシャが続ける。


「ああいう風に、核だけが残るのさ。お化けになって変質してるから、他の方法じゃ手に入らない。魔物退治ならではの戦利品といっていいだろうね」

「なるほど」


 ゲームでいうドロップアイテムみたいなものか。

 キシャはすたすたと歩いていき、勇者の手からそれを取り上げた。


「あっ」

「まあ今回は、雇い主であり、アイテムボックスにも余裕のある私が頂戴ちょうだいすることになるわけだけど」


 ……うん。ドンマイ、勇者殿。泣きそうに見えるのはタマネギのせいだよな。

 成果は頑張った人ではなく、お金を出した人のもの。世知辛せちがらいけど、それもまた世の常ではあろう。


「さーて、どうやら今の一戦で森も目を覚ましたらしいね。ほっとしてるような場合じゃなさそうだ」


 あ。本当だ。私のレーダーにも続々と反応が引っかかってくる。脳裏に浮き上がるイメージは変わらない。お化けタマネギの団体だ。


「これは……さすがに一人じゃ無理そうです」

「やばくなったら、助けるよ。必要ないと思うけどね」


 勇者が助けを求め、キシャが放り投げる。つまるところは、私の出番だ。


「…………っ」


 右手にナイフを構え、つかを握り込む。本当に、私にやれるのか。平和な地球の日本から来た、ただの仔犬に過ぎない私に。


「はあああっ――――あれ?」


 勇者が敵の群れに突進して斬りかかり、タマネギがぴょこんとジャンプでかわす。


「あー、ダメダメ。前衛が一人で突出しちゃあ……」


 他人事のように批評するキシャ。実際、彼女の言う通りだった。

 勇者の斬撃をり抜けたタマネギは、そのまま後ろの私へ襲いかかってくる。


「うわっ」


 思ったより早い。というより、私のほうの準備が全然できていなかった。まともな迎撃の構えすら取れず、体当たりを喰らってしまう。


 がぶっ。


 尻餅しりもちをついて倒れ込んだ私に、鋭い歯の列が噛みついた。左の肩に痛みが走る。


「――っう!?」


 食い込む牙とは裏腹に、その肌を微風がでるような感覚。肩の痛みが嘘のように引いていく。これ……ひょっとして神様の加護というやつか?


 ふっ、とキシャが笑うのが見えた。

 仰向あおむけの私を見下ろす酷薄なまでの薄ら笑い――何やってんの、と言わんばかりの。


 ……あー、そうかい。このくらい、自分でどうにかしろってことかよ。


 上等だ――やってやるさ。

 心にき出た反発が、私の怯懦きょうだを押し流していく。


「こンのぉ……っ!」


 右手のナイフを振り回す。乗り掛かっていた敵が飛び退いた。起き上がりざまに、私も前に飛ぶ。タマネギ野郎にナイフを突き立てた。


「このっ、このぉっ!」


 タマネギを左手で地面に押し付け、二度、三度と繰り返し刺す。ざくざくの感触が不意に消え、敵の体は目の前で光の粒に分解されていった。


 ……勝った、らしい。私にもやれたのだ。不思議な気分だった。


 ぞくぞくと胸が騒ぐ。私の中で、まるで風が渦を巻くみたいに。犬と違って生えてないのに、全身の毛が逆立つようだ。


「……っ、てやぁ!」


 複数のお化けタマネギを相手に勇者は苦闘していた。敵後方には新手あらても見える。


「うがぁぁぁっ!」


 私の口をつく、威嚇いかく咆哮ほうこう。飛び出すことに、迷いはもうなかった。


 人食いオニオン。家庭における飼い犬に与えてはいけない食材ナンバーワン、憎き怨敵おんてきタマネギの化け物。


 どこの家でもそうだろうが、食卓にしつこくまとわりついてねだる飼い犬におかずを分け与えるのは一家のちょうたる父親の役目である。

 群れでの序列を重んじる種族的習性を持つ我々犬は、とかく威厳を失いがちな現代日本の父権者たちにとって最後に残った忠実な家臣なのだ。

 妻と娘ばかり三人を家族に持つ花坂家のおとうさんもまた、その例外ではなかった――しかし。


「おとーさん、それタマネギ入ってるからシロにあげちゃダメ!」


 ご主人の無情なその一言で、どれほど多くのおかずを私は喰い逃したことだろう。コロッケ、ハンバーグ、カツ丼、肉じゃが……美味しそうな匂いで私を魅惑した食卓に咲く高嶺たかねの花々。

 ああ。奴さえ、奴らさえこの世にいなければ、私は……!


 盗賊のナイフを縦横じゅうおうに振るい、積年の(七か月だけど)恨みを刻みつける。イヌ科動物の赤血球を破壊し、貧血を引き起こす有機硫黄ゆうきいおう化合物含有がんゆうの化け物どもに。

 こちらにその気構えさえあれば、体当たりなど大して痛くもない。そうそう何度も噛みつかれるほど、私の動きは鈍くもなかった。


「ははっ……あはははっ!」


 勇者の周りを跳ねまわりながら、次々と魔物を片付ける。

 殺戮さつりくの中で、私は笑っていた。


 全身を巡る血潮ちしおたぎり、筋肉繊維を躍らせる。

 言いようのない高揚感。

 群れの仲間を守ること、獲物を狩って戦うこと。


 ――私は、犬だ。

 姿や形は変わろうと、野生の末裔たる本性は変えられない。


「おぉぉんっ!」


 魂の深奥しんおうに眠っていた原始的な本能がいま、全霊の力で吠えたけっている!


「うんうん、お見事。二人とも、よく頑張りました」


 最終的には、二十体近くにまで登っただろうか。人食いオニオンの群れが全滅し、ぱちぱちとキシャが拍手する。


「……やったな、勇者殿」

「まあ……悪くはなかったですね」


 息を弾ませて、私たちは互いを讃え合った。そう、悪くはない。心地よい充実感が勇者の疲れた表情にも出ている。


「さて、それじゃあ戦果を確認してみようか」


 キシャが右手の人差し指をくい、と持ち上げて呼びかけた。

 地面に散らばる球根が宙に浮き上がり、アイテムボックスに収納されて消える。『収集』という便利系のスキルらしい。


 個人スレッドを確認すると、私のレベルが上がっていた。


【花坂シロ 獣人 女 11歳 ※〈神徒プレイヤー

 基礎Lv2

 クラス:探索者Lv3、狩人Lv1

 スキル:「観察」「アイテムボックス」「探索Lv3」「索敵Lv1」

 加護パラメータ…                      】

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