第19話 パーティ編成&アイテムを装備しよう!

 生まれて初めて、地下鉄に乗った。

 降りた先は聖都の外縁部。大神殿の丘から見えた、近代的なビル群の街だ。


 駅から吐き出された人波に乗って、前方にそびえる巨大建造物へと私たち三人は道を流れていく。

 コンクリートとガラスで構成される、やや平べったい円筒形のフォルム。近未来的なスタジアムっぽい外観だけど、屋根はちゃんとついているらしい。


 こんなところで、何を探すんだろう? 犯罪行為じゃなければいいが。


「目的地はここじゃないよ。アレは転移ゲートステーションさ」

「転移ゲート?」

「この世界での交通機関。平たく言うと、魔法的なワープができる場所だね」


 キシャの案内で、そのステーションとやらに入る。エントランスの広大なロビーはたくさんの客で賑わっていた。

 いかにも旅人って格好の人から、ちょっとその辺に出かける感じの人まで。

 慌ただしい雰囲気に圧倒されていると、カウンターの窓口で手続きを終えたキシャが戻ってきた。


「お待たせ。4022番ゲートだってさ」


 ゲートってそんな何千もあるのか。と思ったら、エスカレーターで四階に上がって22番の部屋がそこだった。

 入口で表示された認証用のセカンダリにキシャがタッチして自動ドアが開く。


 内部は、ほとんど何もない小部屋だった。窓も天井の照明もない。ドアが閉まると真っ暗になって、床から淡い光が放たれてくる。


 光の線で描かれた――魔法陣めいた円形の紋様。


 これが、『転移ゲート』というやつなのか?


「行き先は既に設定されてるし、起動させればすぐ着くよ。準備はいいかい?」

「ええ。どうぞ」

「よくわからないが、このままでいいなら問題はない」

「了解。では、行くとしようか」


 キシャが手をかざすと、足下の光が眩さを増して私たちを包み込む。

 視界が一瞬、真っ白に染まって――



 足下と、空気のにおいが変わる。初めてこの世界に来たときを思い出した。


「ここが……?」

「そう、今回の目的地。『ティバラークの大森林』さ」


 大森林。なるほど、確かに森の中だ。地面は柔らかな草地になっていて、右も左ももちろん前も、見渡す限りに青々と茂った木々がどこまでも連なっている。


「ティバラークって、まさかあの……」

「聖都・教皇領の東、中央大陸東部に広がる世界有数の森林地帯だよ」


 地名に眉をひそめた勇者は、キシャの教科書的な説明には納得しなかった。


「やっぱり聖都の外、っていうか完全に魔物の棲息域じゃないですか!」

「そりゃそうさ。近場で済むならゲートなんて使わないし、誰でも行けるような場所には貴重なお宝なんてないんだよ」


 キシャは抗議に悪びれもせず、からかうように勇者を見返す。


「冒険者ってのは、危険をおかすから冒険者なんだろ? ま、君らが弱いのは知ってるから大丈夫。死なないように面倒は見るよ」

「わ、私は……」

「ギルドでも君は評判らしいね。『いつも聖騎士のお守り付きで、どっちが勇者だかわからない』ってさ。今から帰って彼女に泣きつくかい?」

「そんな……トーマが心配性なだけで、私は一人だってちゃんと戦えますっ!」


 それは、どうだかな。

 勇者は挑発に乗せられてしまったが、魔物というのは聞いていなかった。私に断る選択肢はないとはいえ、これは大きな懸念材料だ。


「ふむ。そうは言っても、不安に思うのも無理からぬ話だ。まずは最初にパーティの戦力を確認しておこうか」


 ちっとも不安そうに聞こえないお気楽さで、キシャはセカンダリの個人スレッドを呼び出す――


【イクゼルテ・アスルーガル 獣人 女 17歳 ※〈魔族〉

 ステータス

  基礎Lv55

  クラス:魔法使いLv62、錬金術師Lv48、魔道司祭ダークプリーストLv31、商人Lv14

  スキル:「混沌魔法Lv57」「錬金Lv40」「上位混沌魔法Lv24」「鑑定」etc

  加護パラメータ…                           】


「な、何これ……」


 勇者が絶句する。あっ、とキシャは思い出したように付け加えた。


「キシャってのはイクゼルテの愛称ね。別に偽名を使ったわけじゃないから」

「いえ、そこはむしろどうでもいいですっ」


 確かに。ツッコミどころが多すぎて何から問題にしていいのかもわからん。


「あ、あ、あなた魔族じゃないですか!」


 びしっ、とキシャを指さす勇者。ま、やっぱり最初はそこだよな。


「そうだけど。何か問題ある? 私が〈異端者ヘレティック〉だってことは承知でついて来たはずでしょ?」

「そ、それはそうでしたけど、だからと言って……」

「すまない。そもそも『魔族』とはどういう存在なんだ?」


 先日出くわした魔族のボズィマーは悪党の首領みたいな奴だったが。

 割って入った私の疑問に、キシャはこともなげに答えた。


「君らと同じだよ。信ずる神が違うだけでね。魔神からの啓示を受けて人間をやめた魔神の使徒さ」

「つまり、元は人間なのか」

「もちろん」


 ばさり、とキシャは頭に被ったローブのフードを退ける。


「我がしゅは魔神、『道化師ロクサーヌ』。『ロクサーヌの金狼』といえば、こっち側では結構知れた名のつもりなんだけどな」


 緩くウェーブのかかった、くすんだ色の金髪。その頭から、立派な三角形の獣耳が左右に一対突き出ていた。


「すごい……オオカミ、かっこいい……」


 興奮で尻尾のぶんぶんが止まらない。思わず、私は見とれてしまっていた。


 狼。我々、日本原産の伝統的な犬種は、イヌ科の中でも特に狼と近縁であることが知られている。固有種が近代に絶滅した日本では、ことに伝説の存在だ。

 それをまさか、この目で見られるとは……!


「これは、これは。お褒めにあずかり、光栄の極み。かく言う私も、シロちゃんのことは一目見たときから他人とは思えなくてね」


 お茶目なウインクもいちいちキマっている。トーマやナガテも悪くなかったけど、狼はやはり格別だな、うん。


「むう。それにしたって、レベル高すぎてかえって不安です。その気になったら、私たちなんてひとたまりもないじゃないですか」

「だから、そのために君が来たんでしょ? さすがの私も大司教リリディアや聖騎士トーマに恨みを買うのは御免こうむりたいからね」


 置いてけぼりでむくれる勇者をおだてるようにキシャは首をすくめた。


「次は、私か」


 流れで、私の個人スレッドも開示する。こっちは、「探索」スキルがLv3になっただけでほとんど前と変わらない。


 となると、残るは勇者の番だが。

 そういえば、彼女のステータスがどうなってるのか今まで全然知らなかったな……


【ピュオネティカ・ラシュ・パトリス 人間 女 13歳 ※〈神徒プレイヤー

 ステータス

  基礎Lv3

  クラス:剣士Lv4、聖騎士Lv2、勇者Lv1

  スキル:「剣技Lv2」「聖騎士道Lv1」「破邪」etc

  加護パラメータ…                      】


「これは……どうなんだ?」


 全体的にレベルは低いし、各パラメータの数値もそれ相応だ。キシャがその気ならひとたまりもなさそうだというのは頷ける。


 ふむ、と自称商人(Lv14)の魔法使い(Lv62)が商品を鑑定する目でセカンダリを覗き込む。


「ある意味、逆に珍しいものを見たって感じかな。さすがに勇者だけのことはある」

「珍しいとは、どのあたりが?」

「『聖騎士』は『剣士』の上位クラスだからね。本来なら、基礎クラスの『剣士』と聖職者系のクラスをもう一つ、ある程度のレベルまで極めなければ取得できないはずなんだよ。大方、特殊クラス『勇者』の発現につられて目覚めちゃったんだろうね」


 ああ、そんなことを神様も言ってたっけ。

『勇者』は上位クラスよりもさらにレアな特殊クラスの代表格で、特別な資質を持つ選ばれし者しか取得できない、だったか。


「……もう、いいじゃないですか」


 興味津々の視線が並ぶ横で、自分の体を凝視されたように勇者は恥じらいの表情を見せた。ふっ、と空中に浮かぶセカンダリのウインドウが消滅する。


「や、ごちそうさま。それじゃ出発する前に装備品とアイテムを渡しておこう」


 キシャがアイテムボックスからいくつかの品物を呼び出した。アイテムの名前だけなら、私の「観察」スキルでも確認できる。


【ポーション×10、イツタマじるし軽装鎧けいそうよろい、盗賊のナイフ、源晶柩クリスタライザー×2】


「えーと、勇者様は自分の源晶柩って持ってる?」

「……いいえ。ていうか、その呼び方やめてくれませんか。レベルの差があり過ぎてバカにされてるようにしか聞こえないです」

「そう? じゃあ、勇者ちゃんで。源晶柩とポーションはシロちゃんと半分こね」


 キシャの言う通り、アイテムを半分こ。

 アンプルみたいな液体入りの小瓶こびんが五つ、ポーションというからには回復用の薬剤とかだろう。それはわかるのだが、もう一つのコレは何なのか。

 った装飾が施された、木製の小箱。

 私の掌に乗るようなサイズだ。『ひつぎ』と言われれば、そう見えなくもないが。


「そっちの説明は、実地で追々していくとしよう。装備品はシロちゃん用だから、今ここで装備しちゃって。やり方はわかるかな?」

「やり方があるのか?」

「普通のアイテムを使うのと一緒です。魔力を繋いで、起動させればいいんですよ」


 勇者の教えに従い、『鎧』を手に取って意識を集中する。名前の表示は鎧になっているが、革製のパッドに金属の覆いがついただけの肘あてみたいな小さなモノだ。


 ――内奥と外部がリンクする感覚。


 起動を念じると、『鎧』が光を発して弾ける。気付いたときには、私は既に『鎧』を装備していた。

 両肘、両膝、両手足に胸と腰回り。体の要所に、金属で補強した皮鎧が装着されている。動きやすくて、重みはそれほど感じない。


「おお、似合う似合う。イヌ科の獣人専用に作ったウチのオリジナル商品だからね」


 胸当て部分の装甲に、犬の肉球をかたどったマークが刻印されていた。肉球が五つで、イツタマ印。これがキシャのブランドなのだろう。

 続いて、盗賊のナイフ。これはもう名前通りの見た目だ。


「……でもなんか、イヤな名前だな」

「いやいや、結構な優れモノだよ。装備して戦いの経験を積んでいけば、盗賊クラスのキーになる『奪取』のスキルを取得できるんだ」

「盗賊なんて、猫やねずみのやることじゃないか」

「うん……そのプライドと潔癖さは立派だけど、あくまで能力の属性だから。敏捷の数値が高いシロちゃんには間違いなく適性あると思うから、ね?」


 そこまで言うなら、まぁ仕方ない。

 どうせならば犬らしく『狩人』のクラスで戦いたかったが、そっちは弓矢がメイン武器だというので今回は諦めることにした。初心者にはハードル高そうだしな。


「装備品もアイテムボックスに収納はできるけど、薬草と違って容量を喰うから気をつけてね。多分、今の魔力じゃ全部は入りきらないと思うから」

「容量制限なんてあったのか」

「魔導性アイテムを魔力化して収納する技術だから、容量は魔力パラメータの数値に依存してるんだ。ついでに言っとくと、装備品のランクも要注意ね。魔力が低いのに強力なアイテムを装備しても、力を十分に引き出せないことがある。たまーに『勇者専用』とか『種族専用』みたいな抜け道もあるけど」

「……悪かったですね、レベルも魔力も低いくせに勇者専用装備で」


 ちなみに勇者も、もらったアイテムを収納するために剣を呼び出して容量を空けるハメになった。


「最後の仕上げに、このメンバーでパーティを編成すれば準備は完了、っと」


 キシャの言葉に前後して、『魔導の腕輪』に波動を感じる。

 セカンダリの起動を許可した。


【イクゼルテ・アスルーガルからパーティ編成の申請がありました。

 承認しますか?  承認/不承認               】


 承認を選択すると、画面が切り替わる。


【パーティ編成

 1.イクゼルテ Lv55 魔道司祭 HP:7428 MP:9061

   E:フェンリルの杖 黒狼のローブ 道化師の指輪

 2.ピュオネティカ Lv3 勇者 HP:219 MP:67

   E:白銀の祓魔剣 神雀の羽衣 聖天の守り

 3.シロ Lv1 探索者 HP:60 MP:38

   E:盗賊のナイフ イツタマ印の軽装鎧       】


 うーむ。恐ろしくアンバランスなパーティだな、これは。

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