第17話 魔族?猫耳?人間やめますか?

「…………。」


 私はしばられ、木箱を背にして床に座っていた。

 隣に座るアクリーは、呼吸が苦しげにあえいでいる。

 そのまた隣の勇者は、気持ちよさそうに伸びてしまっていた。

 ついでに猫は、勇者の懐に抱かれたままだ。


 セカンダリが起動できないのは魔封じとやらのせいだろうか。拘束用の縄とは別に変な腕輪をつけられてから、うんともすんとも反応がない。


 一仕事終えた悪党どもは、こちらをそっちのけで会話中――


「こんなもんでいいっスかね、あねさん」

「ま、いいだろ。にしても、ヤクなんて外道働きで教会に尻尾つかまれやがって……てめぇら悪としての誇りはねえのかよ?」

「そりゃないっスよ。こっちはターツさんに言われたから用意したのに」

「やり過ぎなんだよ。せいぜい二十本もありゃ足りるようなモンを何箱集めてんだ。降臨の儀式ってのは乱交パーティじゃねえんだぞ」

「へへへ、ならどうっスか、個人的にお楽しみになるってのは……ごへっ!?」

「馬鹿言ってんじゃねえや。とりあえず、予備も含めて一箱分はもらってくからな。ここにゃ、もうじき教会の犬が来る。てめえらもさっさとずらかっとけ」


 ボズィマーは男を小突くと、一箱分の違法キノコをアイテムボックスに収納した。


「いや、でも姐さん。こいつらはどうするんです?」

「あん?」


 男どもとボズィマーの視線が、私たちに集中する。


「そんなザコ捕まえてどうもこうもねえだろ。何だったら、キノコでも食わせてパーにしときゃいい」

「えぇー、もったいねぇ。ガキだけど上玉じょうだまぞろいじゃねえっスか」

「おい、よせ。姐さんはそういうのお嫌いなんだよ……」


 ボズィマーの投げやりな指示で、あちらの方針は決まったらしい。

 男の一人が、キノコを手ににじり寄ってきた。


「うへへへ、まあそういうこったからよ。殺しはしねえが、ここで見たことを忘れるくらいにはブチ込んで脳ミソ飛ばしてもらうからなぁ?」


 舌なめずりせんばかりの下卑た笑いを浮かべ、男が私たちの前にしゃがみ込む。


「うぇぇ……」


 隣のアクリーが涙目で震えだした。

 ざまぁないな、と笑ってやる余裕が私にもないのがとても残念だ。


「いやっ、来るなぁ……」

「そんなビビるこたぁないんだぜ、お嬢ちゃん。すーぐに気持ちよくなっちまうからよ? 快楽物質垂れ流しで、後のことなんざもう二度と考える必要もなくなるんだ」


 男は嗜虐しぎゃく的な文句を並べ立て、立派に張り出したキノコの傘をぐにぐにとアクリーの頬に押し付ける。


「おら、意地張ってねえで口開けな」

「ひやぁ……」


 強く握った男の手がしごくようにソレをこすりつけ、り立つキノコの先っぽから透明な分泌液がにじみ出す。

 じめついた菌類の生臭さに混じる、つんと鼻をつく有機溶剤じみた刺激臭――


 ……おぅふ。これはヤバイ。隣にいるだけでもそうだ。

 神様、導師様、ご主人、おとうさん、おかあさん。私は、こんなしょーもないことで、こんなにも惨めな最期を遂げてしまうのでしょうか?


「ほれほれ、どうしたぁ?」

「助けて、トーマ様……ナガテ、たいちょぉ……」


 あれほど強気で偉そうなアクリーにも、もう完全に泣きが入っていた。


「おい、悪趣味も大概にしとけ。やるなら、一思いに――――ん?」


 どやしつけたボズィマーが、ふと真顔で気をよそにやる。


「ちっ、言わんこっちゃねえ。早速、犬が一匹来やがった」


 犬なら、もうここにいますけど。誰も私なんて気にしてないけど……


 ざりっ、と倉庫に響く足音。

 壁の穴から差し込む光を、そこに立つ細身のシルエットが遮った。


 あれは――――? 偉い! 偉いぞ、アクリー!

 日頃の行いが悪い子でも、たまには素直にお願いをしてみるものだ。


「失礼。我が隊の部下がこの辺りで暴れている、との知らせを受けてさんじた次第なのだが……一応、彼女らは教会の人間だ。処分はこちらにお任せ願えないだろうか」


 Tシャツ、ジーンズにキャップを被った凛々しい黒髪のポニーテール。凄腕剣士のナガテ隊長が、威圧するように口上こうじょうべた。


「それと、その手に持っているモノなどについても二、三事情をうかがいたい」


 ああ、カッコいい。そして頼もしい。ほら、アクリーも見直してるっぽい。


「たいちょう……」


 少女は呟き、濡れた瞳を感激に潤ませる。顔色を変えたのは、男たちのほうだ。


「くそっ、増えやがった!」

「所詮は女だ。構うこたぁねえ、やっちまえ!」


 狼狽ろうばいする三下どもを、ボズィマーが一喝した。


「お前たちはすっこんでな! 束になっても敵う相手じゃねえ」


 ばっ、と翻る黒マント。ボズィマーの右手に禍々まがまがしい造形の片刃剣が現れる。


「……む」


 敵意ありと認めたナガテも、応じるように刀を呼び出した。さやを払い、剣を構えたボズィマーと一対一でにらみ合う。


 どちらもまだ、仕掛けない。

 敵を値踏みするようにナガテのその目がふっと細められて、


「貴様、魔族だな」

「ほーお、よくわかったな」


 ボズィマーは余裕の笑みで目利めききを称賛してみせた。


 って、ことはつまり……当たりってことか? この人が、魔族? いや、そもそも魔族ってなんなんだ?


「うむ」


 私の混乱を察したように、ナガテはドヤ顔で推測の根拠を披露した。

 マントの下から露わになったボズィマーの姿を眺めやりつつ、


「装備のセンスが三十年古い。定命じょうみょうの者には今時ありえん」


 漆黒につやめく金属の鎧――無駄にトゲとか生やしてる割に、体を覆う面積は狭い。お腹や脚は素肌が丸見えだし、下半身なんて赤ふんどしに鉄の囲いをつけただけ。


 露出狂のでもあるのか? アイテムの性能に形状は無関係だとはいえ……


「やかましいッ、この格好は悪としてのポリシーだ! 与太郎じみたTシャツのバカにセンスを語られる筋合いはねえ!」

「与太郎ではない――ピヨのすけだ!」


 怒鳴るボズィマー、言い返すナガテ。刃風のいななきが空気を切り裂く!


 がきぃんっ!


 片刃剣と刀がぶつかり、どうでもいいところで相容あいいれなかった両者の壮絶な剣戟けんげきが幕を開けた。


「やっちまえ、姐さん!」

「くたばりやがれ、教会の雌犬! 姐さんのポリシーを否定しやがって!」

「そうだそうだ! やめちゃったら俺たちの楽しみがなくなるだろ!」

「むしろお前も脱げー!」


 低次元なヤジが飛ぶ中、ボズィマーが力任せに踏み込み、ナガテがそれを軽やかに受け流す。間合いを測るようなナガテの足運び。返す刀の鋭い一閃は、引き戻された片刃剣が防ぐ。


「――はあっ!」

「くぉらああっ!」


 魔族の名は、伊達だてではなかった。あれだけの強さを見せたナガテと、ボズィマーは対等に渡り合っている。

 それとも、アクリーの魔法を消し潰した強敵とするナガテのほうが凄いのか。


 いずれにせよ、私たちの出る幕ではなさそうだ。隣で戦況を見つめるアクリーも、いじらしく上司を応援している。


「おねがい……隊長、頑張って」


 可憐な少女の真摯な祈り。見た目だけなら、完璧だった。でも、やっぱり龍神様は使徒の日頃の行いというものをどこかで見ているのかもしれない。


「中々やるもんだが――これで終わりだぜ!」


 ボズィマーが剣を大きく振りかぶる。その刃に、光が宿った。


「バースト・エッジ!」


 これは、いわゆる必殺技的なアレか!?

 受けに回ったナガテの顔に、にわかに張り詰めた色が差す――


「くっ」


 光る剣と刀が衝突。閃光の中に爆風が生まれ、ナガテは後方へ押しやられたように見えた。


「隊長っ!」


 爆発、そしてアクリーの叫び。


 されども、ナガテは無事だった。


 壁際にまで退しりぞいてはいたが、守りの構えにはいささかの揺るぎもない。焼け焦げた木箱の破片が散らばる中、たたずまいは涼しげですらある。


「……なんの。これしきの技で不覚は取らん」

「さーて、そいつはどうかな?」


 ボズィマーは口元を不吉に歪ませた。


「何……?」


 ナガテがいぶかしげに眉をひそめる。いまだくすぶる煙の向こうで。

 ていうか、あの煙って……


「ふっ、そういうことか」


 ナガテは鼻を鳴らし、得意げに笑い返した。


「私にこんな策が通ずると思ったか? 二年ぐらい前に誰かが言っていたが、昨日はまるで先週のように風通しが妙に悪かったからな。実際、私は猫の手も借りたいほどサンダルとピーマンの区別がつかないのだ」


 ……あ、ダメだこれ。

 燃えたキノコの幻覚アロマで完全にラリっていらっしゃる。


 意味不明なことを真顔で言い切ったナガテは、ぶん、と威勢よく刀を振り上げ――


「私の怒りも今夜が山だ! とっちめてやるからなるべく観念しろ!」


 メチャクチャながらも物凄いスピードで手当たり次第に斬り付けまくった!


「おわぁぁッ!?」

「に、逃げろ!」

「ひえええええっ!」


 木箱が砕け、キノコは飛び散り、悪党どもは次から次へと冷たいコンクリートの床に倒れ伏す。

 地獄絵図……と、評すべきか否か。

 理性をとうに手放したはずのサムライが峰打ちを選んでいなかったら、今頃きっと倉庫の中は血の海になっていたことだろう。


「あーあ。こりゃーもう、どうしようもねえな。後はお互い、適当に頼むわ」


 無責任に言い捨てて、ボズィマーがいち早く退散していく。


 結果。

 あちらの雑魚が全滅してもなお、ラリざむらいを止める者はいなかった。


今宵こよいのコテツは血に飢えている! 誰がコテツだと!? ふざけるな!」


 自分の言葉に自分で激昂げっこうし、次なる刀の生贄いけにえを求めてぐるりと首を回す。

 こちらと目が合った。


「ふっふっふ……」


 寝ぼけたようなうつろな瞳。抜き身の刀を下げ、ふらふらと歩み寄ってくる。もはや完全にアブない人だ。


「う、嘘ですよね。隊長、そんな……」


 アクリーは涙声で上司の理性に訴えかけた。


「無論、嘘だ。真実などどこにもない。私が言うんだから嘘に決まっている」


 本当に嘘ならよかったのに。ぶつぶつと一人で呟くナガテが刀を正眼せいがんに構え直し、アクリーは絶望に言葉を失う。


「どうやら、ここまでのようですね」


 聞こえてきたのは、予想だにしない人物の声だった。気絶していたはずの勇者――ではなく。その懐から、小さな影がジャンプしてナガテの前に立ちはだかった。


 優美でしなやかな砂色の肢体。

 なんだ、猫か。

 もう、いたのも忘れていた。……でも、今の声は?


 混乱する私の中で、猫と声のイメージが一致した。トーマ。どこかで見たような猫だと思ったら、雰囲気が妙にそっくりなのだ。


 私がそれに気づいたときには猫の姿は無くなっていた。


 ぽん、とき出す白い煙。


 その幕が晴れた後、そこには砂色の髪を持つ長身の女が立っていた。


「……トーマ、様?」

「説明は後で。少しだけ、待っていてくれますか」


 振り返って、アクリーに微笑むのは紛れもないトーマ本人だ。


「はい、待ちますぅ……」


 アクリーさん、目が完全にハートマークですよ。かっこいいから無理もないけど。


「むう、現れたなヨンダース大佐! ……だが、この私が命に代えてもピヨのすけをフライドチキンにはさせないぞ!」

「ナガテ……何を言ってるんですか、あなたは」


 敵意むき出しのナガテに対し、トーマは呆れた口調で一振りの長剣を呼び出した。


「これだけ暴れれば十分でしょう。そろそろ目を覚ましなさい」

「目を覚ませとは笑止千万! 夢見ることを諦めたときに人の魂は腐るのだ!」


 どこまでもピントのズレたいい感じの台詞を叫び、ナガテがトーマに斬りかかる。

 難なくそれを受け止めて、トーマは一つ溜息をつく。


「立ち合うのも久しぶりですが、普段とは程遠い太刀筋ですね。少し残念です」


 そこから先は圧巻だった。

 トーマはナガテの刀を押し返すと、続けざまに強烈な打ち込みを見舞い――わずかにバランスの崩れた隙に、ボディへ強烈なストマックブロー!


「へごふぉっ!?」


 ナガテは悶絶、刀を取り落して床に膝をつく。

 げろげろ、びちゃびちゃ……※以下自主規制。


「……最っ低」


 あられもなくリバースする上司へと向けられた、少女の視線はさげすみに満ちていた。

 ナガテ隊長、お気の毒様。あれでも頑張ってたとは思うんだけどな。


「うぅ……トーマ、隊長……私は……?」

「ナガテ。正気に戻りましたか。何よりです」


 トーマが同僚を呼び捨てで気遣う。役職上は同格の二人だが、やり取りを見ているとやはり彼女のほうがナガテよりも先輩格のようだ。


 今の問題は、もちろんそこじゃないが。


「トーマ殿。これはどういうことなんだ?」


 こんな展開はさすがにおかしい。ギルドのクエストで追っかけていたはずの猫が、ピンチでいきなり都合よく腕の立つ知り合いに変化へんげするなんて。


「ええ、それはつまり……」


 トーマが気まずげに告白した事情は、まあ薄々察していた通りのものではあった。


 じゃじゃーん。依頼は仕込み、ドッキリでしたー、と。

 勇者と私の修行に一役買おうという余計な親心からミリスに頼んでニセの猫探しを指名で発注させた結果、予期せぬアクシデントでこんなことになったらしい。


「しかし、猫に変身とかできるものなのか。むしろそっちに驚いた」

「ああ、いえ……元々、私はこういう種族なので」


 ぽん、とトーマに小さな煙が立つ。『ドッキリ大成功!』のポップな字体が空疎に跳ね踊るプラカードを手に、彼女は猫耳尻尾の伝統的な萌えキャラ型に再変化した。


 一目でそれとわかる、猫型の獣人だ。


「いい機会なので、勇者殿にもこの姿を知らせておこうかと思ったのですが……」


 気絶したままの勇者をチラ見する。合わせる顔がない、と言いたいらしい。


「武士の情けだ。我々一同、このことは誓って他言しない」

「……恩に着ます、シロ殿」


 まあ、そうだよな。普段あれだけ可愛がっている勇者を相手に、マタタビにおぼれて発情してたとか彼女のキャラ的に言えるはずもない。


「はぁ……猫耳としっぽのトーマ様も、ぴょこぴょこしてて素敵……」


 なんか逆にうっとりしてる馬鹿もいるけど。

 ……ていうか、お前さっきクソ猫とか言って火の玉投げつけてただろ。


「そういうことですので、私は一足先に失礼させていただきます」


 トーマはプラカードを引っ込めると、床にぶっ倒れた男たちの中から金属バットを持っていた悪党Aの襟首をつかみ上げた。


「私の……じゃない、ウチの勇者殿に狼藉ろうぜきを働いた腐れ異端者はこちらで少しばかり預からせていただきますね。気が済んだ後で口が利けるようなら取り調べに回しますので」


 おお……。笑顔がとっても恐ろしい。


 男をずるずると引きずっていくきれいな猫耳お姉さんの後ろ姿を、私たちは無言で見送った。


第二章 おわり

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