第16話 だめ、ぜったい…
「何なのよあの猫っ、『加速』のスキルでも持ってるわけ?」
私の後方で、アクリーが
猫の逃げ足は確かに速かった。追いすがる私たちを
『探索』の範囲から外れてはいないので、姿を完全に見失うことはないが。
逃げる猫を私が追い、その後を勇者とアクリーがどうにかついてきている構図だ。私の敏捷パラメータの高さは神様のお墨付きだが、レベル1の私に追いつけない二人のレベルも多分大したことないのだろう。
追いかけ方もまるでなっちゃいない。勇者が転べばアクリーはゴミ捨て場へ盛大にクラッシュ、果てはアクリーが勇者の足を踏んづけて仲良くどっしゃーん!
「何してんのよ! さっさとどきなさい、この愚図っ!」
「そんなっ、今のは絶対アクリーのせいです!」
ああ、またケンカが始まった。冒険者が聞いて呆れる。
「っだぁー、もうキリがないわ! 追いつけないなら飛び道具で仕留めるまでよ!」
勇者を
「喰らいなさいっ、ファイアーボール!」
待て――何を喰らえだと?
ご主人の蹴ったサッカーボールを小さく、速くしたような。思わず振り返る私の横を、燃え盛る火の玉が飛び過ぎていく。
どかん!
私の進行方向から、爆発音と熱風が吹き付ける。路上に炸裂した炎はすぐに消えたらしく、石畳には焦げ跡が残るだけ。
猫の姿は、その向こうだった。
毛先の一つも焦げていない。軽やかに身を翻し、立ち止まった私を挑発するように尻尾をくるりと一振りしてみせた。
「こンのクソ猫……」
私に追いついたアクリーが歯噛みする。
「おい、街中でああいうのは違法だと言わなかったか?」
「こっちは官憲なんだから、バレなきゃ別に問題ないわよ」
バレて問題なら十分マズいだろ。第一、猫に死なれてしまっては元も子もない。
「にゃあ」
「あっ、逃げた!」
見覚えのある景色。どうやら、さっきの袋小路に戻ってきたようだ。
「ふふふ、追い詰めたわ。もうどこにも逃げられないわよ……」
などと言っておきながら。
壁際に猫を追い詰め、仁王立ちするアクリーは魔法攻撃の体勢に入っている。
……おいおい、コイツ完全に目的を忘れてるぞ。
「ファイアーボー――るっ!?」
「だめぇぇっ!」
勇者が飛び出し、ラグビー選手のような横っ飛びでアクリーの腰に喰いついた。
ずどごぅん!
爆裂する熱と破壊音。
制御を失くした火の玉は、猫から逸れて壁を吹き飛ばした。
「うわ……ひどいな、これは」
何かの倉庫だろうか? 煉瓦の建物に開いた大穴から、もうもうと砂煙が上がる。バレなきゃいいで済むレベルでは、もはやない。
「わ、私のせいじゃ……ないわよ、ね?」
「あっ、猫ちゃん」
冷や汗をかくアクリーを無視して、勇者は猫を再び抱き上げた。これで、ようやく目的達成だが……当然、めでたしめでたしとはならず。
「あのー、すいません。どなたか、いらっしゃいますかー?」
まずは被害の確認だ。アクリーを先頭に、壁の穴から建物へ入っていく。
人の気配はない。窓や家具類も見当たらず、がらんとした薄暗い部屋にいくつもの木箱が無造作に積み上げられていた。外観通りの倉庫のようだ。
「誰も……いない、ですね? じゃあ、私たちはこれで――」
申し訳程度に小声で呼びかけ、アクリーはその場を立ち去ろうとする。
しかし。
「待て」
私は彼女を呼び止めると、壁際に積まれた木箱へ向かった。覚えのあるにおいだ。私の記憶が確かなら、こいつは……
「見ろ」
「これって……フクロアンパン
「何よ何よっ、やったじゃない! 私のおかげで大手柄だわ!」
「……よく言う」
脳天気にはしゃぐアクリーに、ぼそりと毒づく。私も少し浮かれていたのだろう。油断があった、と言うしかない。
「ふぎゃっ!」
鈍い音と、短い悲鳴。勇者の声だった。
そして、ドスの聞いた男の声――
「よう。見ちゃならねえものを見ちまったようだなぁ、お嬢ちゃんたち」
おっしゃる通り。ここは犯罪現場、それも悪党のアジトなのだ。
派手なシャツを着た悪人面の男たちがぞろぞろと出てくるこの展開は、箱の中身に気付いた時点で予想しておくべきだった。
ちなみに、勇者は床に倒れている。後ろから殴り倒されでもしたのか、目立った傷こそないものの身じろぎ一つもする様子がない。
魔法金属バット(おそらく)を手にした悪党Aが彼女へ近づき、
「大人しくしてな。さもねえと、コイツは……」
言い終わる前に、アクリーが動いた!
「ファイアーボール!」
電光石火の魔法攻撃――
人質の身柄を捕獲される寸前、ここしかないというタイミングでの奇襲である。
「うおおっ!?」
黒いマントに、赤い髪の女。その口元が皮肉に笑い、突き出された掌がアクリーの魔法を難なく受け止める。
「……ふっ、ははっ」
火の玉は、あっけなく握り潰されて消滅した。
「ったく、コレだから三下どもは。ツメの甘さがガキどもと変わりゃしねぇ」
女が乱暴に吐き捨てる。
背丈や年頃は、トーマと同じくらいだろうか。顔立ちは普通に女らしいが、左の眉から頬にかけて走る大きな傷跡に凄味があった。
「嘘……」
一方、攻撃を防がれたアクリーは愕然となって顔色を失う。
信じられない、という表情。
私も気持ちは同じだった。あんなことができる人間がいるのか。
「さて、と。そんじゃオシオキの時間だな」
女が不敵に言い放ち、その爪先が床を蹴った。
「……かはっ」
強烈なボディへのショートアッパー。アクリーが反応すらできないスピードで拳がみぞおちにめり込んだ。
ずるずると、糸の切れた人形のようにアクリーは木箱を背に床へ座り込む。
「お前ら、適当に
「おおっ、流石っす。ボズィマーの
女の名はボズィマーというらしい。
指示を受けた男たちがいそいそと動きだし、私たち三人は抵抗もできずに縛られてしまった。
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