第15話 猫まっしぐら!

「スキルを使って猫探しっていうけど……そんなの、そもそもうまくいくわけ?」

「わからん。前例があるから私に依頼したんだとは思うが」

「それにしたって、洗礼を受けたばっかりの初心者じゃね……」


 捜索再開から五分。

 アクリーは早くもやる気なさげに、うんざりと私の経歴にケチをつけた。畜生め、育てた上司の顔を見てみたい。

 せめてついて来るんだったら、私の集中を乱すのではなく聞き込みをしている勇者のほうを手伝うくらいはやって欲しいものである。


「そういえば、『第三』もこのところ何か探してるわよね? リリディア大司教直々の指令だとかでこっちに全然情報が来ないんだけど……あんた、何か知らない?」


『第三』といえばトーマの部隊だ。となると、十中八九ご主人のことだと思うが。


「何か、と言われても私は部外者だしな」


 私は、アクリーの探りをはぐらかした。

 彼女らの部隊とトーマたちはライバル部署にあたる関係だ。伏せられている情報を私が漏らすわけにもいかない。


「……ふうん。ま、あんたはそう言うわよね」


 納得したのかしていないのか、疑いの眼差まなざしはとりあえず引っ込んだ。

 街路をてくてくとひたすら歩き、二人プラスお荷物一人の不毛な捜索は続く。


「あ、そうだ! あの手があったじゃない」


 不貞腐ふてくされっぱなしのアクリーがひらめきの声を上げたのは、とある街角に差し掛かったときだった。


「どうした、アクリー殿」

「素人芸のスキルなんかより、頭を使ったやり方のほうが効率的だってことよ。ま、いいからあんたたちはその辺テキトーに探してなさい」


 自信満々にアクリーがほくそ笑む。どうでもいいが、こいつはいちいち人の悪口を言わないとしゃべれないんだろうか。


「じゃあ、あとよろしく」


 勝手を言って、彼女は一人でよそへ行ってしまった。

 通りを横切り、ガラス張りの自動ドアにその背中が吸い込まれていく。煉瓦れんが造りの大型店舗。こちらのスーパーマーケットのようだ。


 ……逃げるつもりじゃないだろうな。こっちは特に困らないけど。


「すいません、この猫知りませんか……?」

「ダメだ。まるで反応しない」


 元通り、私と勇者の二人で捜索を続行。十分ほどを無駄にしたところで、アクリーがまた追いついてきた。


「待たせたわね」


 そうでもないけど、まあいいや。何買って来たんだ、こいつ。


「ふふん、見なさい」


 と、スーパーのレジ袋。勇者と私は二人でのぞき込む。


「……サンマ? と、何だこれ……」


 がさごそと袋を探って、小さな紙の箱を拾い上げる。猫の絵が描いてあった。


「猫と言えば、マタタビ。常識でしょ」


 ……マタタビ、か。

 ツバキ目マタタビ科のつる植物。を、原料にした粉末タイプのペットフードである。用途は飼い猫の食欲増進、ストレス解消など。ちなみに犬には何の効果もない。


 得意げに胸を張るアクリーは、アイテムボックスから円筒形の物体を呼び出した。


七輪しちりん……そんなモノもアイテムボックスに入るのか」

「錬金術用のアイテムよ。ま、知性派の魔法使いたる者これくらいの備えはね」


 どう見てもただの調理器具なのだが、ともかくも路面に直置きでセット。金網の上にサンマを三尾、仲良く並べて寝そべらせる。


「昼食か?」

「違うわよ。これで猫を呼び寄せるの。探し回るより手っ取り早いでしょ」

「……ふむ」


 とりあえず、やらせてみるか。

 探索モード続行中の私は見物に回り、勇者とアクリーの二人が工作を担当。


「よしっ、と。次は……ほら、ピュオネティカ、それ開けて」

「あ、はい。ええと……ふえっくしょん!」

「わっ、ちょっと……何してんのよ、粉がかかったじゃない!」

「ご、ごめんなさい」

「あーあ、一袋全部ぶちまけちゃって。もういいから、残りの袋はかたぱしからサンマの上にかけちゃいなさい」

「あう、はい、えっと……はくしょんっ」

「ぶふぁっ!?」


 大丈夫かな、これ……

 コンビネーションも手際も絶妙に悪い。間違いなくこいつら料理ヘタクソだ。子供だけでの火遊びはNGとか、そういうレベルで心配になってくる。


「さて、準備はこんなものね。いーい? 私が火をつけるから、あんたはソレで扇ぐのよ」

「了解です」

「よろしい。じゃあ、いくわよ……」


 路上の魔法七輪に向け、アクリーは右手を伸ばした。掌がうっすらと光り、七輪の中に赤い火が灯る。


 ……おお。

 本物の火だ。こっちの世界に来てから、ある意味一番魔法っぽいかもしれない。


 脂ののったサンマがあぶられ、金網の上でじゅうじゅうと音が鳴る。錬金術用の魔法ウチワ(多分)で、勇者がそこへ風を送った。


 舞台はおりしも、裏町の袋小路。

 猫の集会所にうってつけのロケーションに、煙に乗った香ばしい匂いがもくもくと立ち昇っていく。


 こ、これは……確かに、食欲をそそる。マタタビの嫌な臭いが邪魔だが。


 やがて、猫どもはやって来た。

 あっちの陰から、壁の向こうから、そこの隙間から――それはもう、うようよと。


 にゃあ。にゃあ。にゃあ。にゃあ。にゃあ。にゃあ。にゃあ。


 春先によく聞く、あのクソ鬱陶うっとうしい発情ボイスが見る間に七輪を取り囲み。

 その真ん中に、間抜けにも二人は取り残されていた。


「あ、アクリー……ちょ、ちょっと集まり過ぎじゃないですか?」

「あ、あんたが調子乗って扇ぐからでしょ……ていうか、なんとかしなさいよ」


 人間はしばしば、猫のマタタビを酒に例える。

 誤解を招く不正確な表現だ。アレはむしろ媚薬びやくに近い。においがフェロモン器官に作用し、脳を刺激して興奮させる。性的に。


 繰り返すが――性的に。


 言うまでもなく、これはネコ科に特有の性質だ。かくも呆れた猥雑、低劣、卑俗な生き物がいたものである。ペットには全くお勧めできない。


 話が逸れた。


 今、私の目の前では、マタタビ粉末まみれになった二人の少女が、サカリがついて頭の狂ったおびただしい数の性獣に包囲されている。


 このようなときに、私ごときの力なき者に果たして何ができるだろうか?


「……南無なむ


 龍神の洗礼を受けた身で、思わず異教の聖句を口走る。

 ……ノラ猫なんて薄汚いし、ノミがうつるから近づきたくない。


「ふぇぇ、こっ、来ないでぇ……」

「こらっ! あっち行きなさいよっ……やっ、だめだってばぁ!」


 言葉でいくら拒んだところで、奴らにそれが通ずるはずもなく。


「ふにゃああっ、やっ、んっ……んゃあぁぁあああああ……っ!」

「ばっ、そんな……どこ入って……んっ、舐めちゃ、ひゃうぁっ、らめぇぇええ!?」


 うーん。これはひどい。

 助けてやるべきだろうとは思うのだが、素手で突っ込んでも多勢に無勢だ。何か、例えばバケツの水でもぶっかけてやれれば……

 武器を求めて周囲を見回す。放置自転車、竹箒たけぼうき、猫よけの水入りペットボトル。私は自転車とか乗ったことないし、使えるとすれば箒だろうか。


 ……などと完全に忘れかけていたところへ、それは唐突に訪れた。


 とん、と延髄えんずいのあたりを軽く叩かれたような波動。


「…………!」


 ――来た。

 だ。まだ少し遠いが、こちらに近づいてくる。ぐんぐんと、一直線に。


「な……早っ」


 私の常識を上回るスピードで、背後の屋根から飛び出してくる影――青い空に舞う砂色の獣。体に、『探索』スキルのマーカーが光っている。


 無茶苦茶な猫だった。


 数メートルの高さも何のその、飛び降りた勢いで猫塊ねこかいに突撃。頭突きにタックル、猫パンチ、果ては尻尾でぎ払いと猛然たる戦いぶりでドラ猫どもを駆逐する。

 群がっていた二十匹ほどが、あっという間に散らされてしまった。


 残されたのは、猫の毛まみれでズタボロな二人と、火が消えて転がった七輪だけ。サンマはもうない。残念、せっかくの大暴れも無駄骨だったな。


「な、何なの……?」

「……あっ、この子!」


 闖入者ちんにゅうしゃに気付いた勇者が、無謀にもソレをひょいと抱き上げた。たった今ひどい目に遭っておきながら、学習能力とかないのかこいつは。


「やっぱり。私たちが探してた子ですよ!」


 やっぱりそうか。まあ知ってたけど。

 問題の猫は意外に大人しく、勇者の胸でのどを鳴らして体を擦りつけている。凶暴なのかと思ったが、マタタビが効いているのだろうか。


 ごろごろ、みゃあみゃあ、と。まあ大層な懐きっぷりである。まさかとは思うが、本当にミリスが言った通り金髪の可愛い女の子が好きだったり……?


「ふふん、どうやら私の計算通りだったみたいね」


 惨事を招いた張本人が、懲りずに強がってみせながら、


「ほら、さっさとソイツ入れちゃいなさい」


 その手の中に捕獲用ケージを呼び出した。牢屋みたいな格子こうしの金属製で、大きさはちょうど猫サイズだ。


 猫が、ぴくりと反応する。

 あ、しまった――とでも言いたげに。仕草が妙に人間臭い。


「あっ」


 勇者が叫んだときには遅かった。猫はするりとその腕を擦り抜け、軽やかに路上へ躍り出る。


「ちょっと、何やってんのよ!」


 アクリーが慌てて立ち上がり、私も素早く身構えた。


「にゃあ」


 猫はこちらを一瞥いちべつすると、脱兎だっとの如く駆けだしていく――


「あああああっ、もうっ、追いかけるわよ者どもッ!」

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