第14話 犬の非力~実録、仁義なき麻薬戦争?

 個人商店や安アパート、何かの倉庫っぽい建物。

 狭い道のすみに積まれた木箱やらエアコンの室外機なんかの上に、ぽつぽつ猫の姿も見かけた。

 しかし、どれも『ヒット』はしない。ハズレの猫だ。


「あのー、この辺でこんな猫見かけませんでしたか?」

「いや、知らないねぇ」


 歩く人間レーダーと化した私とは別に、勇者は転送された猫の画像データを可視化して通行人に聞き込みをしている。


 なんとも地道な作業だった。実りそうな気配も今のところない。


「あのー……あれ?」

「げっ、あんた、こんなとこで何してるのよ?」


 問い返されて、面食らう勇者。声をかけた女の子が知り合いだったようだ。

 と、思ったら。


「アクリーこそ、そんな格好でどうしたんです?」


 私も同じ寮で寝起きしている奴だった。ぱっと見でわからなかったのは、いつもと服装が違うからだ。


 白いブラウスにチェック模様のプリーツスカート、靴は黒のローファー。

 こっちのファッションは地球ほどにはモノが豊富でない様子だが、まずまず普通に女の子っぽい感じと言っていいだろう。


「私は仕事に決まってるでしょ。あんたみたいに戦力外で遊びに出されてたりしないわよ」

「わ、私だって遊んでいるわけでは……」


 アクリーの憎まれ口に、早くも勇者はたじたじになる。


 トーマに聞いた話によれば、彼女ら中央神殿の部隊は各地区の教会騎士団では手に余る重大な案件を領分とするらしい。ヒマだと、今の勇者のようにギルドで個人的にクエストを受けて研鑽けんさんを積むこともあるようだが。


「そんなこと言って、あんたここのとこ毎日ギルドへ直行してるじゃない。トーマ様には、いなくてもいいって思われてるんでしょ」

「うぅ……っ」


 やれやれ、勇者様もう涙目だよ。また、助けてやらにゃならんのか。

 私が『探索』を解除した、そのときだった。


「いたぞ、猫だ!」

「いよっしゃあ、やっと見つけたぜ!」


 威勢のいい男たちの声がする。

 猫、と聞いて私と勇者も思わずそちらを振り返ったのだが……


 そいつらは、街中で鎧など着込んだ冒険者風の五人連れだった。それはまあいい。猫探しをする冒険者なら、ここにも二人いるからな。


 問題は、その目が明らかに私を見ていることだった。


「へっへっへ……探したぜ、猫ちゃんよ」

「よしよし。そこで動かず、大人しくしてな」


 ……脳にウジでも湧いてるのか、こいつら。あろうことか、この立派でキュートな犬耳と犬尻尾しっぽを猫なんぞと見間違えようとは。


「申し訳ないが、見当違いだ。見ての通り、私は犬だ。猫などではない」


 喧嘩腰けんかごしになり過ぎぬよう、声音を抑えて注意する。


「うひゃひゃひゃ、こいつはイキのいい獲物だぜ!」

「逃がすんじゃねぇぞ、野郎ども!」


 全然聞いてねえ。

 どころか、アイテムボックスから剣やら斧やらを各自の手に呼び出してくる。


 これには、アクリーが血相を変えた。


「ちょっと、あなたたち! 市街における無許可の武器召喚や攻撃系スキルの行使は法律違反、れっきとした犯罪行為よ!」


 いいぞ、アクリー。言ってやれ。性格キツいのもたまには役に立つな。


 剣を手にした先頭の男が、眠たげな目でそちらを見やる。


「おぉん? こっちは、金色のヒヨコに……なんだ、キュウリか」

「ちょっ……きゅうりって何よ!? 色も違うし、生き物ですらないじゃない!」


 憤激するアクリーの声も、届いているやら、いないやら。

 会話が全くかみ合わないまま、男たちが喚声を上げる。


「いやっほー、こいつは昼間から縁起エンギのいい夜だぜ!」

「今年の冬はエンピツが豊作だ!」


 うん。何言ってるのか、さっぱりわからん。犬とか猫の問題じゃなかった。


 意思の疎通を欠く両陣営に、もはや衝突を避けるすべはないのか――


「やっちまえ!」

「おおおっ!」

「いくぞー!」


 男たちが、襲いかかってくる。


「わわっ、ちょっとピュオネティカ! あんたコレ、どうにかしなさいよっ! 私は魔法使いなんだから武器持った奴らと接近戦なんて……」

「そっ、そんな……どうにかと言われても……っ」


 追い掛け回され、逃げ惑うアクリー。おろおろするだけで、役立たずの勇者。


 武器も戦う力もない私は、やはり同じく見ているだけで何もできることがない。

 ……いや、地元の教会騎士団に通報とかすればいいのか。


「そこまでだ、悪漢ども」


 呼ぼうと思ったその矢先、助けはいきなりやって来た。中背で細身の少年――かと見えたが、凛とした高い声は女性のものだ。


「ああん? なんだ、てめえはぁ?」


 調子っぱずれに男が怒鳴った。

 五人が揃って、路地の先に立つ推参者すいさんものへ武器を向け直す。


「お前たちになど名乗る名はない」


 助っ人が言い放った。


 長い黒髪のポニーテール。

 その頭に黒のキャップを被っていて、顔はちょうどに隠れている。トップスは白のプリントTシャツで、下はジーンズにスニーカー履きだ。


 眼前に掲げ持つ得物えものはもしや、日本刀だろうか。右手がそのつかを引き抜いて、左手を放すとさやが消失した。

 両手を柄に添え、ちゃきん、と時代劇みたいな音を立てて刀身を峰に返す。


「成敗――」


 あっという間の出来事だった。

 疾風のように刀が走り、五人が瞬時に叩きのめされる。


 ――サムライだ。遥かなる異境くんだりで、私はニッポンの魂を見た。



 路上に転がる不届き者どもを、駆けつけた地元の教会騎士団らしき人たちが担いで連行していく。


「大事はないか? アクリー、それに小勇者しょうゆうしゃ殿」

「ナガテ隊長……!」


 武器を収めて歩み寄ってくる助っ人に、勇者が感激の声を上げた。


「隊長?」

「ウチの隊の隊長よ……アレでも一応ね」


 アクリーが私の疑問に答えて吐き捨てる。

 こいつ、上司が相手でもこうなのか。トーマにはあんなメロメロだったくせに。


「アクリー、だから言っただろう。一人で歩き回っては危ないと。私のそばを勝手に離れるな」


 ナガテと呼ばれた隊長が小言をぶつ。

 実際、隊長というからには、こちらさんもトーマと同格なのだろうけども。


 年は多分トーマより若く、高校生ぐらいに見えた。大司教の例もあるので、少しもアテにはできない情報だが。


 一つ確実に言えそうなのは、龍神とやらの性別は男だ。あの神殿に仕える〈神徒プレイヤー〉には、見た目二十歳以下の美少女しか多分いない。


 強くて凛々りりしい美形サムライ少女の上司に、アクリーはつんとそっぽを向いた。


「イヤです。そんな馬鹿みたいな格好をした人と一緒に街を歩きたくありません」

「……アクリー。お前は、まだそんなことを」


 ナガテが一転、情けない声を出す。

 対照的にはしゃぎだすのは、我らが小さな勇者殿だった。ナガテの着たTシャツを指さして、


「あっ、ピヨのすけ! うわあ、帽子もお揃いなんですねっ」

「おおっ、やはりわかってくれたか。さすがは小勇者殿だ」


 描かれた絵柄は、勇者の部屋にぬいぐるみがあった黄色いひよこのキャラクター。よく見ると、帽子の前面にも同じキャラのワッペンがついている。


 これは……まあ、ちょっとばかりイタいかもしれない。着ている本人の素材がいいだけに、全体としてかえって無惨だ。


「あぁ、もうこの人たちは……ッ」


 意気投合して盛り上がる二人に、アクリーは苛立いらだたしげに歯噛みをした。

 気持ちはわからないでもないな……さすがに、これに関しては。


「ところで、そちらが噂のシロ殿か?」


 ナガテは、私に目を向けた。


「いかにも。お初にお目にかかる。遅ればせながら、危ういところをお助けいただき感謝の言葉もない」

「いやいや、何の。こちらこそ、アクリーがお世話になっているようで」

「なってませんけど」

「して、ナガテ殿たちはこちらで何を?」

「ふむ、実は……」


 ナガテは思案顔で、親指をあごにこすりつける。


「さる犯罪組織のアジトがこの近辺にあると匿名のタレコミが入ったものでな。私服で密かに探っていたところだ」

「ほほう、それは剣呑けんのんな」


 アクリーの言っていた『仕事』がそれか。

 わざわざ彼女らが出張でばるほどの案件だ。相当に凶悪な連中なのだろう。


「ええと、何と言ったかな……ホクロザンパンたけとかいう違法なキノコを……」

「フクロアンパン茸です、隊長。何度も説明したでしょうが」

「そう、それだ。フクロアンパン茸。シロ殿たちは、何か知らないか?」


 ぎくり。


 知らないどころか、市場で怪しげな商人に売り飛ばしている。実を言えば、昨日もまた一本見つけてドッグフードと換えてもらった。


「さあ……残念ながら、心当たりがない」

「そうか。何でも、強い幻覚作用のある危険な代物らしい。さっきの連中はおそらくその中毒者だろう」


 ああ、それで脳ミソがどっか飛んでるようなトンチンカンばかり言ってたのか。

 思った以上におっかないキノコだ。今後の扱いはちょっと考えよう。


「ところで、シロ殿たちこそ、このような場所で一体何を?」

「ああ、それは……」


 尋ねられた私が事情をかいつまんで説明する。

 大司教の指示で修行のためにギルドへ通い、そして本日の猫探し――


「なんと、そうだったか」


 ただそれだけ。本当に簡単な説明だったのだが、なぜだかナガテ隊長殿はその内容に一方ひとかたならぬ感銘を受けてしまったらしい。

 しかつめらしく腕組みなどして、彼女は一人で何度も頷いた。


「さすがは、トーマ隊長だな。目の中に入れても痛くないであろう小勇者殿をあえて自分から手放すとは。成長を促すためには、時に厳しい試練も必要ということか」

「試練て。草むしりと猫探しのどこが」


 冷やかなアクリーのツッコミを、ナガテは熱っぽい眼差まなざしでスルー。


「部下を預かる者として、私も先達せんだつを見習わなくては。手元において可愛がるばかりでは、アクリーがいつまでも大きくなれない」

「もしもーし」


 アクリーが引き気味に声をかける。ナガテは明後日のほうを向いて頷いた。


「よし、決めた。これも上官の務めだ。私も心を鬼にしよう……アクリー」

「何です?」


 やっと振り向いてもらえたというのに、アクリーの返事は鬱陶うっとうしげだ。


「本日はこれでおやく御免ごめんとする。シロ殿たちを手伝わせてもらえ」

「……は? なんで私がそんなこと」

「試練だ。私に頼らず、自分の力で道を開くことがお前にとっての成長につながる」

「お言葉ですが、私がいつ隊長に――」

「アクリー」


 不満をこぼすアクリーをナガテは強い口調で黙らせる。目の前で振り上がる上官の手に、少女は身をすくませた。


 ぽん、と。その手は、頭を優しく撫でて――


「お前を愛おしく思うからこそ、私はお前を突き放す。辛いときには私を思い出せ。お前にどれほど恨まれようとも、私はお前を応援しているぞ」

「…………っ」


 声も出せず、握った拳を震わせるアクリー。首筋が赤くなってるし、まぁ満更まんざらでもないんだろうけど。


「というわけでシロ殿、迷惑かと思うがアクリーのことをお頼みしたい」

「……はぁ」


 迷惑だと思うが、断りづらい。助けてもらった手前もあるし、ここまで大真面目にひと合点がてんされて今更「それ違います」などと誰が口を挟めようか。

 付き合いが長そうなアクリーでさえ、あのザマだ。

 この人は、他人の話をそもそもあんまり聞かない人なのだろう。


「では、アクリー。一人でもくじけず頑張るんだぞ」

「ちょっ、待って……そっちこそ、捜査対象の把握はあくすら怪しいのに一人でどうやって指揮するつもりですか!?」

「案ずるな。ツブレアンマンいもの件なら私にどんと任せておけ」

「イモじゃなくてキノコ! 名前も全然違うッ」

「はっはっは。小勇者殿とも仲良くな」


 最後までロクに話を聞かず、ひよこTシャツのサムライは悠然と去っていった。

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