第二章 迷い猫おーばーどーず?

第13話 緊急クエスト、猫探し!

 ご主人が見つからないまま、三日が過ぎた。

 リリディア大司教の命を受け、トーマが捜索を指揮してのことである。


 私もその間、この世界を少し勉強した。


『聖都』の行政権はヴォルザーク教会にあり、治安警察に関する権限も当然そこには含まれている。ご主人の行方不明が単なる迷子であるのなら、騎士団のネットワークにそろそろ引っかかっていなければおかしい。単純な事故や事件でもそうだ。


 この点について、大司教とトーマの見解は一致している。


 ご主人は、誰かと一緒にいる可能性が高いのではないか――


 そうであるなら、いいと思う。無事に生きていてくれるのなら。親切な誰かと一緒なら、なおいい。


 私はただ、再会を願うばかりだ。



 勇者と一緒に冒険者ギルドへ来るのも、今日で四日目になる。


 昨日も一昨日もやったことは変わらず、『恵みの苑』で薬草探しだ。こちらの成果は無駄に上々で、私の預金残高は現在二万五千を超えている。


 それと、『探索』スキルがLv2になった。


 神様に聞いたら、何度も使うと成長する仕組みらしい。軽く試してみた感じでは、ちょっと離れた場所のものでも感知できるようになった程度だが。


 一方、この聖都は世界最大級の都市であり、何百万もの人口を抱えているという。私のしょぼい探索能力ではまだまだ役に立ちそうにない。


 今日も、修行と割り切って薬草探しをするしかないのか。クエスト選択の掲示板に向かう私たちを、不意に誰かが呼び止めてきた。


「あっ、シロちゃん。よかった、来てくれた!」


 声でわかる。ミリスお姉さんだ。というか、私を知っているような相手がここには他にいないしな。


「二人にお願いしたいことがあるの。ちょっと、お話しできないかしら?」


 この人にあんまり歓迎されると嫌な予感しかしないところだが、どうもいつもより切実な様子だ。誘われるまま、私たちは客席のテーブルに着いた。


「……猫探し?」

「ええ、そうなの」


 やや拍子抜けした勇者の反問に、ミリスは深刻な表情で頷く。


「私の友達の猫なんだけど、行方不明になっちゃったらしくて。『探索』のスキルを持ってる冒険者に捜索を依頼したいんですって」

「それで、猫か」


 まあ、話としては私にもわかるが。猫なんて大概マヌケな生き物だからな。


「そういうことなら、私みたいな駆け出しよりも腕利きの熟練者に頼むべきでは?」

「えっ、ああ……うん……そうかもしれないけど、他の人じゃダメなの」

「なぜ?」

「それは……ええっと………………」


 ミリスの返答に長い間が開く。今、理由を考えてるんじゃないかというぐらい。


「それは、そう! その猫ちゃんは好き嫌いが激しくて、金髪で可愛くて十三、四歳くらいの女の子じゃなきゃ見つけても多分逃げちゃうのよ!」


 だん、と激しくテーブルを叩いて彼女は私の隣に目を向ける。そこには、確かめるまでもなく、金髪で可愛くて十三、四歳くらいの女の子が座っていた。


「ええと……。そんなの、私で大丈夫なんでしょうか?」

「うん。全然大丈夫。勇者ちゃんなら絶対イケる」


 ……どういう猫なんだ、それは。

 ちっとも納得できない私を置きざりにして、勇者は真顔で頷いた。


「わかりました。私で、お役に立てるのなら」

「おい、今のを本気にするのか?」


 お人好しも過ぎればただの阿呆だ。ミリスが私たちを騙すとは思わないが、何かが怪しいとは思わないのだろうか。

 表に出せない訳アリの事情とか、知り合いを安く使ってやろうとか、こういう形で依頼するからにはそれなりの裏があってもおかしくない。


「だって、かわいそうじゃないですか」


 勇者が私をまっすぐに見つめる。


「迷子になって、独りぼっちでご主人様と離れ離れなんて……きっと、不安で寂しい思いをしてるに決まってます」

「うっ……」


 ……いかん。

 あんな綺麗な目でこんなことを言われたら、私にダメだと言えるはずがない。


 シロよ。おお、シロよ。

 他人にご主人を探させておきながら自分は猫すら助けてやらぬとは、お前はなんと自分勝手な犬なのか。


 彼女がここまで親身になるのは、他ならぬ私の境遇をあわれんでその猫と重ねているせいだろう。私が猫を見捨てることは、彼女の厚意を裏切ることに等しい。


「それじゃ、今そっちのセカンダリに猫の画像データを送るから」


 すかさず、ミリスが駄目を押してくる。通信リストに登録した彼女から、私てにメッセージが送られてきた。


 ネコ画像。

 飼い主に溺愛できあいされるコロコロの仔猫みたいな愛玩猫を予想していたが、違った。


 思いのほか大柄で、若々しい印象の成猫せいびょうだ。砂色がかった毛並みの手入れもよく、背中から尻尾、脚へと続くしなやかな曲線には野性的な優美さがある。


「わぁ、きれーな子!」


 のぞき込んだ勇者が歓声を上げた。

 まあ、猫にしては悪くないほうだろう。どっかで見たような気もする猫だが。


「いなくなった場所はわかってるし、今のシロちゃんのスキルならこのイメージから特定の対象にまで絞って探索することもできるはずよ」

「そんなこともできるのか」


 さすがはLv2。我ながらあなどれないな。ご主人を探す練習にもなりそうだし。

 断る気ももう失せたので、私からも一つ提案をした。


「毛布とかブラシとか、何かその猫のにおいがついたものを飼い主から借りられないだろうか。探すのに役立つと思うんだが」

「におい、ねぇ……」


 何度も言うようだが、私は犬だ。猫などと違って役に立つ動物だ。

『探索』スキルを使うのはいいとして、犬としての生まれもった能力を活用する方法も検討すべきだろう。


「わかったわ。訊いてくるから、ちょっと待っててね」


 ミリスのおごりで軽くお茶をして、私たちは約一時間後にギルドを出発した。



 アーヴィエル中央大神殿の統括下で、聖都は二十の教会区に分かれている。

 大雑把に言うと、大司教のいる中央大神殿が都庁、各地区を管轄する教会が区役所みたいなものだろう。


 私たちがやって来たのは、そのうちの第四教会区だった。


 原則的に、番号が若いほど中央大神殿に近い旧街区となる。石や煉瓦造りの建物が主体で、道路も狭く複雑なため公共交通以外の車輛は進入を制限されている地域だ。


 異世界情緒じょうちょ溢れる街並みに、たくさんの歩行者が行き交っている。


「……この中で、たった一匹の猫を探すのか」


 気が遠くなりそうな話だが、やってみるしかない。

 例の猫を脳内にイメージして、いつもやるようにスキルを使ってみる。反応がない――ということは、感知できる範囲にはいないということだろうか。


 飼い主から借りてきたタオルもあったが、同じにおいは感じられなかった。むしろ妙にいい匂いがして、ちっともけもの臭くないのが困る。

 ひょっとしなくても、これは飼い主さんに由来のものだろう。シャンプーだか香水だかわからないが、どこかで嗅いだことがあるような気がしてますます混乱する。


「仕方ありませんね。もっと歩いてみましょう」


 勇者の言う通り、私たちは大通りから猫のいそうな裏通りへと入っていった。

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