第10話 おつかれさま!

「お疲れ様です。薬草三種類、計十一個で……報酬は、四千四百ミレットですね」


 ギルドに戻った私たちの収穫を、カウンターのミリスお姉さんが精算してくれた。時給換算でも千を超える額だ。実質、私一人で集めたことを考えると、結構な稼ぎと言えるんじゃないだろうか。


「振り込みますので、口座を確認してください」

「――ふむ。確かに」


 残高11500ミレット。

 キシャに売却した毒草の代金と合わせて、口座には私の全財産が表示されている。

 ギルドはともかく、あんな街角の露天商ですらオンライン決済ができてしまうのは驚きだった。つくづく魔法は何でもありだな。


 提示された私の個人スレッドを見て、ミリスが何かに気付いた顔をする。


「あら、いっぱい拾ってきたと思ったら。シロちゃん、探索者のクラスも取得できたのね。勇者ちゃんもいいパートナー見つけたんじゃない?」

「……はあ。別にパートナーというわけでもないんですけど」

「でも、探索者ってかなり引く手あまたなのよ? 効率よくお金やアイテムを稼げる代わりに取得が面倒でなり手も少ないから。キープしとかなきゃもったいないわよ、こんなにかわいいんだし」


 ……褒めても、もう触らせないぞ。私は愛玩犬じゃないんだからな。

 お姉さんの怪しい視線に釣られ、勇者も隣の私をチラリ。


「確かに、モノ探しの効率はいいですけどね。ヘンなのまで見つけてましたし」

「そうか。私は、ギルドの気前がいいから報酬をたくさんもらえたのかと思った」


 私たちの素朴な感想に、ミリスお姉さんはくすくす笑った。


「気前がいいのも確かかもね。Fランク向けのクエストは、ある意味初心者への投資みたいなものだから。元々、ギルドの運営自体が必ずしも収益を目的にしてないってこともあるけど」

「ふうん。それで、やっていけるのか?」


 クエストの報酬どころか、Fランクの私には月々の手当てまで支給されるという。二年で自動昇格といっても、負担は決して軽くあるまい。


「本当は……ていうか、みんな知ってることだけど。冒険者ギルドが独立の互助団体だっていうのはただの建前になっちゃってるのよね。ヴォルザーク教会が慈善事業の一環として後ろ盾についてて、実質あっちがスポンサー兼オーナーなのよ」


 なるほど。ありそうな話だ。

 特殊な力を持つ冒険者という存在は、一歩間違えれば危険分子にもなりかねない。彼らを一定の秩序下に置くため、利益や便宜を図って組織で管理する――

 冒険者ギルドは、そのための器でもあるのだろう。

 国家の枠を超えた影響力を持つ宗教組織ならば後ろ盾としても申し分ないし、その活動自体が教会の影響力をさらに高めることにもなるはずだ。


「それにねー、最近は冒険者のなり手も減ってるから。新人さんは貴重なのよ」


 と。カウンターに肘をつき、嘆くミリスお姉さん。


「へえ。そんなものなのか」

「そうそう。アーヴィエルの新生で世の中がガラリと変わって、社会システムも随分と整備されたでしょ。産業構造の大転換で好景気だから浮浪者も少ないし、高学歴化した魔法技能者には好待遇で安定してる技術職や研究職の人気が高いの。騎士階級の子弟がいるから公的機関の戦闘職が足りなくなることはさすがにないけど、冒険者となるとなかなかねぇ……」

「難しい話だな」

「まあね。その点、冒険はわかりやすいわ。自由と浪漫、一獲千金の夢とチャンス、人類を脅かす敵と戦い、やがては世界を救うヒーローに! ……って、最近の若い子にはどうもそういう気概ってものがないのよねぇ」


 この人、いくつなんだろう。

 口ぶりからすると、彼女の言う『古き良き時代』とやらは下手をすれば二十年以上昔のことになってしまいそうだ。


 聞いていてそう思ったが、深く詮索するのはやめておく。私だって、こんな見た目で中身は生後七か月だしな。無闇に藪をつつくのはよくない。


 よいの口を迎えた冒険者ギルドは、受付け嬢の嘆きに反して酒盛りやら夕食のお客ですこぶる盛況の様子だった。



 かくして一日目の冒険は終わり、我が異世界生活の第一日も――と、締め括るにはまだ早かった。


 神殿に戻り、報告がてらリリディア大司教の部屋に顔を出す。


 ご主人の捜索については、まだこれという成果は出ていないようだった。何も連絡がなかったから、多分そうだろうとは思っていたが。


 落胆しなかった、と言えば嘘になる。


 近くにいるなら、とうに見つかっていておかしくない。

 私といるのとは別の『サクラ神』がご主人を導いている可能性もある、とは大司教の見立てだが、それもあくまで一つの可能性だ。半分は私への慰めだったろう。


 一方、私にいているほうの神様はといえば、変なところで妙に鋭かった。


「むー……なんか、イヤな気配がするわ。あなた、変な奴と会ったりしなかった?」


 神様が嫌う変な奴。

 報告するのははばかられていたが、〈異端者ヘレティック〉のキシャを指しているに違いない。


 決して悪い人ではなかった。

 しかし、龍神に仕える女神様にしてみれば、彼女は許されざる背教の徒。もう既に不機嫌な今の顔を見る限り、付き合いがバレたら大激怒も有り得る。


 ……誤魔化そう。貴重な食料の供給源を代わりのアテもなく失うのは痛い。


「実は、教会で禁忌とされているヘンなキノコを拾ってしまったんだ。それを教えてもらったお礼に、その店で買ってきたんだが……食べるか?」


 犬みたいにふんふん鼻を鳴らす神様に、ドッグフードの包みを差し出す。


「……いらない」


 うげ、と後ずさる神様に別れを告げ、私はそそくさと部屋を後にした。



 かくして我が第一日目を――締め括る前にまだ、問題がある。


 寝床がないじゃないか。


 大司教の部屋から出てきた私に、外で待っていた勇者が声をかけてくる。


「どうでしたか?」

「一通り今日の報告はしたが、あちらの進展はないようだったな」

「そうですか……。では、部屋へ行きましょう。トーマが待ってます」


 どうやら、ちゃんと部屋があるらしい。


 神殿を出た私たちは、参道の階段を途中で横に曲がった。

 整地された丘の中腹に、何やらの施設がずらりと軒を連ねている。向かった先は、神殿などに比べるとはなはだ簡素な三階建てだった。


「神殿に仕えている職員の女子寮です。私も先月、導師様から独立して自分の部屋をいただけたんですよ」


 自慢げに胸を張る勇者。うん。聞けば聞くほど半人前だな。


「ピュオネティカ、戻りました」


 通されたのは、二階の部屋だった。ノックをすると、中からトーマがドアを開けてくる。


「お疲れ様です、お二人とも」


 内部はざっと六畳くらいで、入口のところが日本のアパートみたいに上がりかまちになっていた。ベッドとコタツ型の低いテーブルに、クローゼット。こざっぱりしたフローリングの単身向け物件という感じだ。


「差し当たって、予備の寝具と着替えを用意しました。洗面所とトイレはそのドア、浴室は共用で一階にあります。食事も一階の食堂で取れますが、こちらは朝の一時間と夜の二時間しか開いていませんので、遅れないよう気を付けて」


 ラフなジーンズにエプロンをしたトーマは、昼間とはやや印象が違う。アパートの管理人とか寮母さんみたいな。

 頭を覆っていたバンダナが解かれ、砂色の髪がはらりと風に乗る。


「それと――勇者殿。失くしたと騒いでいたブラシがクッションの下にありました。脱ぎ散らかしてあったパジャマは洗濯しましたから、今夜は別のを出してください。コップも食堂に返しておきましたが、あまりいくつも溜めこまないように」

「え、ああ……はい」

「そもそも部屋が散らかっているから、掃除が億劫になるんです。モノを使ったら、すぐ元の場所に戻しましょう。今日は仕方ありませんが、あんまりしょっちゅう私に任せているとまた導師様に連れ戻されてしまいますよ」

「……ごめんなさい」


 というより、あんたはどこぞのオカンか。

 説教喰らってたじたじの勇者様は、まんまダメな女子中学生だった。見ていると、在りし日のご主人とおかあさんのやり取りを思い出してしまう。


「では、私はこれで。食堂はもう開いていますから、よく手を洗ってきてください」


 トーマが出ていき、後には私と勇者が残った。

 あえて確認するまでもない。十中八九、ここは彼女の部屋だ。缶バッジに描かれたひよこのぬいぐるみがそこいらじゅうに鎮座している。


「また、世話をかけてしまうようだな。礼を言う。この通りだ」

「いいんです。気にしないでください」


 粛然しゅくぜんと頭を下げる私に、勇者は何の気負いもなくそう言った。


が決められたことですから。血を分けた兄弟が助け合うのに遠慮も理由も必要ありません」


 それが、この世界の人の在り方か。


 心に温かな火が灯るのを感じた。

 冷たい雨の中、ご主人に拾われたあの日。あのときはおっかなびっくりだったが、人と言葉で通じ合えるというのはなかなかに悪くないものだ。


第一章 おわり

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