第9話 アイテムを取引しよう!

 市場の門を潜る頃には、すっかり日が傾いていた。


「まずは一旦、ギルドへ戻りましょう。採集した薬草を納品すれば、クエストを一つクリアしたことになります」

「そうすると、報酬がもらえるわけだな」


 オレンジ色に染まった路地を、私と勇者は連れ立って歩いていく。昼に比べると、人通りはやや少ない。既に店じまいしているところもある。


 野原で二、三時間は動き回っていたので、足に少し疲労感があった。足取りの軽い勇者に遅れまいと、私は横目に彼女を見やり――


「やあ、可愛らしい冒険者さんたち。『恵みのその』からのお帰りかな?」


 反対側の低い場所から、気安い声かけに呼び止められた。


 路上に布を敷いた露天商だ。だぼだぼの黒っぽいローブ姿で、商品と一緒に胡坐あぐらをかいている。ローブのフードを頭から被っていて、顔はよく見えない。


 商人にしては――いや、商人じゃなくても怪しい風体だ。ただ、呼びかけてくる声は、かなり若い女性のように聞こえた。


「ウチは、魔法絡みの品なら何でも扱う雑貨屋なんだけどね。どうだろう、ギルドのクエストに無関係なアイテムとか余り物があったら私に売らないかい? もちろん、買うほうのお客でも大歓迎だけど」


 魔法の雑貨屋。

 聞けば聞くほど怪しい店だが、見た目の怪しさにはそれで説明がつく。見るからに怪しい魔法使いって感じの格好である。


「私は今日が初めてで、大したものは持ってないんだが」

「ほほう、初めての戦利品ですか。それは是非ともお目にかかりたいね。今後のためにもサービスするよ?」

「む……しかし、ギルドを通さずに獲物の売り買いとかしてもいいものなのか?」


 ギルド、即ち同業組合とは利益の独占を図るために作られるものだ。横紙よこがみ破りにはうるさいだろう。


「特に禁止はされてなかったと思います。ギルドに納めれば実績にもなるので、普通はそっちを優先するみたいですけど」

「売って損になるようなものを無理に買い取るつもりはないよ。冒険者ギルドさんが欲しがりそうな真っ当な品にはこっちもあまり興味がないんでね」


 商人は勇者のセリフを引き取り、フレンドリーなセールストークを続行。


「表じゃニッチな余り物でも、しかるべきルートでさばけば金になる。こんな場所に市が立つのも私みたいな商人に需要があるからさ。まあ、試しに見せてごらんなよ」

「……そんなものか。試しというなら、見せるぐらい構わないが」


 まんまと乗せられ、アイテム欄を可視化して見せてやった。

 勇者は特にやめろとも言わず、物珍しげに商品を眺めている。


 間近で見ると、その商人はまさに少女だった。ローブの下に覗く肌は白く、まともに着飾れば見栄えもしそうだ。

 年頃は十七か、八か。勇者と比べれば明らかに上だが、トーマよりは若いだろう。


「ふむふむ……これは、薬草を集めてたのかな? バファルに、プリゼ、ナーロン。この三つはギルドへ納めたほうがいいだろうね」

「いかにも、薬草採集のクエスト帰りだ」

「コーラキアの花は毒草だよ。素材としては有用だけど、そのまま摂取するとお腹を壊してトイレから出てこれなくなる。私なら、一つ七百で引き取ろう」

「毒か……嫌なもの拾ったな」


 拾い食いは絶対にダメ、としつけてくれたご主人に感謝だ。値段の相場はわからないが、買ってくれるというのなら処分してしまったほうがいいかもしれない。


「フクロアンパンたけ。こいつは強烈な幻覚作用と依存性のあるいけないキノコだね。ヴォルザーク教会の御禁制品だから、ギルドに持ち込むのはよしといたほうがいい。下手すれば活動停止くらいの処分は喰らうかも」

「……色々とひどすぎる。恐ろしく初心者に優しくないトラップだ」


 さっさと捨てよう。持ってるだけでも害がありそうだし。


「ははは、危なかったね。ちなみに、ウチでなら一つ五千で引き取れるけど」

「……え? いや、いいのか……?」


 結構いいお値段。

 それだけに、危ないにおいがぷんぷんする。教会指定の禁制品なんて、取引しても大丈夫なんだろうか。


「お待ちなさい」


 案の定、私の横にしゃがみこんだ勇者が不審げな顔になっていた。いじくっていた売り物のみたいな木彫り人形を元の場所に戻して、


「あなた……さては、〈異端者ヘレティック〉ですね?」

「ん? ああ、そうだよ」


 勇者の厳しい問いかけに、商人はあっさりそう答えた。


「やっぱり……! 龍神にまつろわぬ者が、よりにもよってこの聖都で何を……」

「いやいや、そう喧嘩腰にならなくても。魔神信仰そのものは犯罪行為じゃないし、聖都への立入りだって別に禁止はされてないんだから」


 突っかかる勇者、まあまあとなだめるように両手を上げる商人。何を揉めているのかわからない私は一人蚊帳の外だった。


「どうした、勇者殿。何か問題か?」

「だから、この人は〈異端者〉なんです!」


 だから、それがわからんのだが。

 あまり無知をひけらかし過ぎては怪しまれるので訊くに訊けない。


 その点、商人のほうが冷静で親切だった。


「〈異端者ヘレティック〉とはすなわち、龍神ヴォルザークの敵とされている『魔神』を信仰する者のことだよ。まぁそちらの彼女が勇者様なら、敵視されるのもわかるけど」

「当然です。勇者として悪を見逃すことは断じてできません」

「別に、魔神を崇拝するから『悪』だってわけじゃないんだけどねぇ」


 誇らしげに言い切った勇者に、商人は肩をすくめて苦笑する。


「いいかい、勇者様。龍神は世界をかたちあるものとして生み出した『創世のことわり』を支配する神だ。しかし世界の裏側には、象ある世界の理とは相容れぬもう一つの理がある――混沌、あるいは『魔』と呼ばれる概念。両者は表裏一体のもので、どちらかが悪というわけじゃない」


 商人は右手の人差し指をぴん、と立てて注意を促した。


「その証拠に、この世界に生きるモノはみな『魔力』という力を生まれ持っている。君を含む聖職者でさえも、神の名において『魔法』を使う。なぜかといえば、それは龍神と魔神がともに世界の構成要素として不可分の存在だからなのさ」

「むぅ……」


 魔法商人の得意げな講釈に、勇者が眉を八の字にしてうめく。


「そうなのですか?」


 私を見て訊くな。知るわけがない。


 商人は前のめりになっていた背中を、ぐっと伸ばすように後ろへ反らせた。説明は終わりだ、というように。


「ま、傾向としては〈異端者ヘレティック〉に悪党が多いのも事実だけどね。死後に龍神の裁きを受けず、地獄に落とされることもないなんて信じられてるもんだから」

「ほう。地獄へ落ちないのか」


 今度は、私が身を乗り出す。これはちょっと聞き捨てならない。

 商人は、顔の前に立てた掌をぱたぱたと横に振った。


宗旨しゅうし替えはあんまりお勧めしないよ。本来は私のように規律より自由を愛する者の信仰だけど、今の社会では迫害の対象だ。冒険者ギルドには相手にされないし、教会からは目の仇さ。地獄云々もあくまで俗説で、本当かどうかは怪しいもんだね」

「……そうなのか」


 残念。ご主人には耳寄りな情報かと思ったのだが。まあ、龍神と敵対する神様への信仰なんて、ウチの自称神様が許してくれるはずがないけれども。


「で……話を戻すようだけど。そのキノコ、譲ってもらえないかな? どうせ持って帰れないなら、せめて有効に利用すべきでしょ?」

「そうだなぁ……」


 悩む私を、横から勇者がジト目で見つめてくる。

 一つ五千で、二万ミレット。魅力的な条件ではあるが、勇者様の御不興を買うのもあまりよろしくない気がする。

 そもそもこの人、そんな脱法キノコなんか買い取って何に使うつもりなんだろう? 考えてみると、ロクでもなさそうだ。


 さて、どうしたものか。


 私が答えを出す前に、商人のほうがぽんと手を打った。


「なら、こうしたらどうだろう。持ち帰れない禁制品を、私が引き取って処分する。代わりに、私からもお近づきの印として心づくしの品を進呈する――ね?」


 事実上の物々交換。直接取引をするよりは、まだ言い訳が立ちそうではある。


「どう思う、勇者殿?」

「うーん……」


 勇者はうなったきり、黙り込んでしまう。性格的にも知能の面でも、この種の持って回った理屈は彼女に向いていないようだ。


 商人が、背後に積んだ商品の山をがさごそと漁り始めた。


「そうそう、ちょうど君にぴったりの品があった。これなんだけど……」


 取り出されたのは、一つのパッケージ。


 あれは…………まさか?


「なっ……あ、あなたという人は……ッ」


 それを見て、憤慨したのは勇者だった。


「いくら何でも失礼でしょう! 相手が獣人だからといって――」


 立ち上がって、口から泡を飛ばす。

 信仰を巡る論争よりも真剣に、勇者は私のために抗議してくれている。なのに、私は聞いてもいなかった。


 目を奪われたのだ。


 つやつやのビニールでコーティングされた、密封パックの紙袋。表面には、白い犬のイラストと、お皿に盛ったの写真がプリントされている。

 丸くて、茶色で、つぶつぶで、カリカリの……ああ……ッ!


 ぐきゅぅ、とお腹の虫が鳴く。


 思えば、この体になってからというもの、私は未だ飲まず食わずだった。腹が減るのも道理というものだ。


「くれるのか……? おいしそうな、ドッグフード……」

「ちょっ、えぇぇ!? 食べるんですか!? 犬用ですよっ?」


 よだれを垂らして手を伸ばす私に、勇者が絶叫する。


 ……やれやれ。騒がしい奴め。


 言われなくとも私は犬だぞ?

 ドッグフードが犬用でなければ何だというのだ。アホらしい。


「お気に召していただけたようで。これで取引成立だね」

「ちょ、ちょっと待ちなさ――」

「ああ、そうだった。キャンペーンのオマケが確か……」


 なおも抗議する勇者の鼻先に、商人は何やら小さなものを差し出した。

 丸くて平べったい、日本の五百円硬貨ぐらいの……


「……缶バッジ? って、ピヨのすけ!?」


 途端、勇者が目を輝かす。

 バッジに描かれたイラストの絵柄――黄色いひよこのキャラクターがハートを直撃したようだ。


「おやおや、勇者様もお好きですか? 女の子には人気ですもんねぇ」

「い、いえ。私は別に……」


 ニヤリとする商人、慌てて目を逸らす勇者。


「いいんですか? レア物ですよ? ペットフード会社とコラボしたものの、肝心の商品に鶏肉が含まれてることが判明して即お蔵入りになったという幻の逸品。ここで逃せば二度と手に入らないかも……」

「……ううぅ」


 ここぞとにじり寄る商人の押しに負け、勇者はかくんと項垂うなだれた。


「はーい、お買い上げけってーい!」


 キノコ四つで、1キログラム入りの袋三つとオマケに缶詰を四つ、それとひよこの缶バッジ。これで当面、食事の心配はいらないだろう。


「毎度あり、と言っても初めてだけど。しばらくはここで商売してるから、また何かあったらどうぞご贔屓ひいきに。私の名前はキシャ、よかったら覚えておいて」

「キシャ殿か。世話になったな、私の名前はシロだ」

「…………。」

「さよなら、シロちゃん。また今度ね」

「うむ。さらば」


 腑に落ちない様子の勇者をよそに、名乗りを交わし合って私たちは別れた。


「♪~」

「…………。」


 ドッグフードはアイテムではないので、アイテムボックスには入らないらしい。袋を抱えて浮き浮きの私に、勇者は若干引いているようだった。

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