第8話 クエストへ行こう!
クエスト《薬草の採取》 報酬 時価(収穫量に応じて買い取り)
それが、勇者が見繕った私の初仕事だった。回復用ポーションの原料になる野草を探すという内容らしい。
「近場で済むし、危なくないし、これぞFランクという感じの採集クエストですね」
「そんなものか」
ギルドを後にした私たちは、神殿の丘を回り込むように敷かれた道を進んでいく。アーチ型の門を潜ると、人通りが一気に増えた。
鎧姿の冒険者風、買い物かごを持ったおばさん、運搬用のカートを押すお兄さん。
鎧を除けば、人々の装いは現代日本のファッションをややシンプルにした感じだ。Tシャツにジーンズもいれば、スーツを着込んだ人もいる。
日本と違うのは人の顔だろう。髪や瞳や肌の色はさまざまで、老若男女が行き交う雑踏には、私と同じような獣人らしき特徴を持つ者もちらほらと見えた。
察するところ、ここは市場か何からしい。
道なりに小さな店が軒を連ね、路上にも商品を敷布や台に陳列した露店がいくつも出されている。
「結構な賑わいだな」
「ここは、私たちのように『恵みの
「……恵みの苑?」
「神殿の裏手に広がる森と野原のことですよ。薬草やキノコのような魔法資源の宝庫で、『試練の迷宮』への入り口もあります」
クエストで求められる資源の宝庫、それで『恵みの苑』か。さしずめここは冒険者のメッカとその門前市というわけだ。
人ごみの中、私と勇者は冷やかし半分にそこらの店を覗いて歩く。
通りの脇に八百屋があった。野菜や果物は地球と似ていたり、似ていなかったり。トゲだらけのやら、ひねくれたのやら、カラフル過ぎて怪しいのやら。
真っ白なリンゴ(?)が一つ百ミレット。高いのか安いのかさっぱりわからない。
他には、武器や用途不明の雑貨類などを置いている店もある。
「見えてきましたよ。あの先が『恵みの苑』です」
市場を抜けると、石造りの塀と門に行き当たった。入り口に立った私たちの前に、セカンダリのウインドウが自動的に立ち上がってくる。
画面に手をかざしてください、と――認証用のタッチパネル的な仕組みらしい。
訊けば、独占的な
「これでいいのか?」
勇者を真似て画面に手を触れると、メッセージは進入を許可するものに変わった。
◇
あたりは、一面の草と花。見渡せば森と湖に、小高い丘にそびえる神殿――いや、かなり広い。日本の街中にある都市公園などとはレベルが違う。
「こんなところで、どうやって薬草なんて探せばいいんだ?」
「探索のスキルを持ってるんでしょう?」
「そのはずだけど、使い方がわからん」
「……ええと。セカンダリを起動するのと同じような感じで、このスキルを使いたいと念じたりとか……で、いいと思うんですけど」
なんだかピンとこない。
アクリーとの情けない一幕のせいか、どうもこの案内役の説明がいまいち頼りなく感じられてしまう。
あのとき出した助け舟のおかげで、私に対する態度については幾分マシになった気もするのだが。
ともあれ、モノは試しだ。〈
探索、探索、探索がしたいぞ……これでいいんだろうか?
「……何も起きてない気がするんだが」
「ひょっとしたら、スキルのレベルが低いせいかも」
「失敗したということか?」
「多分、そうじゃなくて、探索できる範囲が狭いのではないかと。歩きながらスキルを使えば、魔導性アイテムの近くにきたときに反応するんじゃないでしょうか」
要するに、探索用レーダーの電波が届く範囲がレベルによって違うということか。説得力のある推論ではあるが、魔導性アイテムって何だろう?
「魔導性アイテムですか? うーん……」
歩きだしながら質問すると、勇者は少し頭を悩ませて、
「魔力を帯びた品物……みんな、普通は略して『アイテム』と言っちゃいますけど。例えば、今私が着ているこの服もそうです」
白いコートの襟を引っ張る。
「普通の服と何か違うのか?」
「原材料とか、作り方とか。そのおかげで、防御ステータスが上昇する魔法的効果が備わってるんです。防具としては、単なる鉄の鎧よりよっぽど頼りになりますよ」
「敵の攻撃をはね返すためじゃなく、ステータスを上げるための防具か」
「戦いのレベルが上がれば上がるほど、素材の硬さや肉体の強さはただの誤差でしかなくなりますからね。神の加護であるステータスの数値が決定的に重要なんです」
物理的な機能<<<<<ステータス。
『てつのよろい』より『まほうのビキニ』が強かったりするアレのことか。ゲームのアイテムではお馴染みの謎現象だ。
「でも、その服には反応してないぞ?」
「それは、私が装備してる所有アイテムだから……じゃないでしょうか。獲得不可能なアイテムを探索してもしょうがないですし」
「いちいち便利にできてるものだな、スキルとかいうのは」
「それはもう、聡明にして慈愛に満ちた女神様のお恵みですから」
……なんか一気にありがたみが失せたな。純粋に神様を信じてるっぽいキラキラな表情がとても目に痛い。
いたたまれないのでよそに目を逸らすと、地面に別のキラキラが見えた。とん、と何が目に見えないものが私の体に触れて消えていく。
ソナーの音波が物体に当たって跳ね返ってきたら、こんな感じだろうか。
「あそこ、何か光ってないか?」
「さあ、私には何も……」
近寄ってみる。草むらの中で、一本の草だけが蛍でもとまらせたように小さな光を放っていた。
「これは、バファル
「わかるのか」
周りの草と比べても、何が違うのか私にはわからない。
こいつ、こんなんでもやっぱり本職の冒険者なんだな。
「あ、そうでした。あれをまだ渡してませんでしたね」
勇者が持ち上げた手の中に、見覚えのある光が生まれた。地下室で剣を出したのと同じだ。
現れたのは、さっきギルドでもらった手帳だった。
「どうぞ。これをアイテムとして使ってみてください」
「……どうやるんだ?」
「魔力を繋いで、起動させるんです。自分の体の一部みたいにして、手や足の先端を動かすようなイメージ。セカンダリの操作と似たような感覚です」
「むう……」
受け取った手帳を強く握ってみる。集中させた意識をそこへ向けて流し込む。手足を動かし、セカンダリを操作するように……
できた。
……ていうか、何だこりゃ?
手帳が淡く光を放ち、何かが私へ流れ込んでくる。肺の奥底に空気とは違うものを深く吸いこんでしまった気分だ。
「成功ですね。個人スレッドを確認してみましょう」
「ん、うん……」
違和感にのどを鳴らしつつ、言われた通りやってみる。
スタート画面を可視モードで起動。『個人スレッド』の項目の隣に、『更新あり』という表示が点滅していた。
【花坂シロ 獣人 女 11歳 ※〈
基礎Lv1
クラス:探索者Lv1
スキル:「観察」「アイテムボックス」「探索Lv1」「索敵Lv1」
加護パラメータ… 】
クラスとスキルが追加されている。ステータスも少し上がったような……?
「冒険者手帳は、アイテムとして使うと基本的なスキルを習得できるんです。探索者クラスの獲得は、探索スキルを使ったことによる効果でしょうね。ステータスが上昇したのも探索者のクラス補正が働いた結果だと思います」
と、いうことだそうだ。
アイテムを使ってスキルを覚える、というシステムは神様も言ってたな。
試しに観察がしたいと念じてみたら、『冒険者手帳』と『バファル草』という表示が例の如くにウインドウ表示の画面で出てきた。
やってみると実に簡単だ。勇者を見直して損した気さえする。
「この、アイテムボックスというのは?」
「魔導性アイテムを魔力に還元して、意識内に収納しておくスキルです。さっき私がやったように、好きなタイミングで手元に呼び出せます」
「なるほど」
しまうときには『アイテムボックス収納』と念じ、呼び出すときはそのアイテムを手の中に強く思い浮かべればいいらしい。
手帳を何度か出し入れして確かめてから、薬草を
スタート画面に新しくできた『アイテム』の項目へアクセスすると、冒険者手帳とバファル草が一つずつ記録されている。
「……さて。ここまでできるようになれば、私はいてもいなくても一緒ですね」
「帰るのか?」
「いえ、帰りはしませんけど。これ以上は役に立てることもないので、剣の修行でもしていようかと」
「そうか。私はしばらくその辺を探してくる」
「ここは聖域だから魔物は出てきませんけど、『試練の迷宮』には入っちゃダメですよ。中は危険な魔物でいっぱいです」
「わかった」
私が離れて歩きだすと、勇者は剣を呼び出して一人でぶんぶん素振りを始めた。
「とうっ」
「てやーっ!」
「せいぃぃっ!」
気合いの声が聞こえてくる。私はまた、バファル草を見つけた。
「さあ、悪しき者どもよ! 正義の剣を受けてみなさい!」
今度はセリフ付きか。
私の今度は、プリゼ
「ずばーん!」
「うぎゃあああ!」
「つ、強すぎる……これが、勇者の力なのか……」
効果音と敵のセリフまで自分で言いだした。
私はその間に、ナーロン
冒険者手帳を
「勇者とは、神の正義を代行する者……正義の剣に斬れないものなどありません」
「ふっふっふ――それはどうかな、勇者ピュオネティカ」
「なっ、何者!?」
…………お次は、またバファル草。
勇者様、幼稚園児の一人遊びみたいになってきちゃってますよ?
そういえば、在りし日のご主人もよく『なにィ』とか『おーっと、ここで花坂君のドライブシュート!』とか一人サッカーごっこをやってたっけ。
私がボールに飛びつくと、『前脚はハンドだよー!』なんて文句をつけてきたり。
「…………。」
思い出すと、胸が苦しくなる。
ご主人……今どこで、何をしている?
こんなところでこんなことをしていて、私は彼女を見つけられるのだろうか。
私がその日見つけられたのは、数種類の草の他に変な花とキノコだけだった。
【アイテム
バファル草×8
プリゼ草×2
ナーロン草×1
コーラキアの花×3
フクロアンパン
「ぐぉぉ……見事だ、勇者よ……だが、覚えておくがいい……世界に光がある限り、闇もまた滅ぶことはない……次なる魔王が、やがてお前を……ぐふっ」
「……ふぅ。厳しい戦いでした。正義のために、私はもっと強くならなくては」
……うん。なんかすごくダメそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます