第7話 受付嬢とライバルさん?

 神殿からたどってきた参道の出口に、目指していたギルドの建物はあった。

 煉瓦れんがではない石積みの四階建てで、ちょっとした城塞のおもむきがある。さすがに神殿の壮麗さはないが、一等地に立つだけあって見るからに堅牢で堂々たる威容だった。


 そして、その内部は……

 いきなり広いホールになっていて、雑然とテーブルと椅子が並んでいた。その席に着いて、昼間から酒など浴びているのは鎧とか着けた人たちだ。

 陽気な笑い声と、香ばしい料理の匂い。

 外観とは裏腹に、大衆向けの酒場みたいな雰囲気だった。


「一階は各種手続きを行う公共のスペースで、見ての通り冒険者の溜まり場です」

「そのようだな」


 客層は、やはり若い男が多いようだ。

 受付けのカウンターへ向かう私たちが妙に注目されたのもそのせいだろうか。


「あら、勇者ちゃん」


 連れを見るなり呼びかけてきたのは、カウンターにいるお姉さんだった。


「こんにちは、ミリスさん」


 勇者が挨拶を返す。


「はい、こんにちは……あれ? 今日って『第三』は非番だったっけ?」

「いいえ。導師様の言いつけで、こちらの彼女を登録しに来ました」

「ああ、そう……って、うわぁ何この可愛い子っ!?」


 ミリスと呼ばれた受付けのお姉さんは、カウンターに両手をついて立ち上がった。二十歳過ぎぐらいで、いかにも受付けのプロという感じの親しみやすい印象の女性。

 今、私に向けられた視線は、どちらかというと犬であった頃によく馴染んだ種類のものだが。


 警戒感に、私の耳がぴょこぴょこ動く。ミリスの目はそれを見て一層輝いた。

 ……まったく、これだから犬好きは困る。


「あなたは、勇者ちゃんのお友達? 冒険者になるの?」

「……そうするように言われてきたが、右も左もわからない」


 子供相手みたいなしゃべり方のミリスに、警戒して一歩後ずさる私。


「そうなんだぁ。それじゃあ、お姉さんがなんでも教えてあげるわ。でも、その前に……撫でていい?」


 ほら、来た。


 ご主人はわりと気前がいいから誰にでも私を触らせてしまうのだが、私はそこらの愛玩犬と違って四方八方に愛嬌振りまくようには遺伝子が造られていない。

 主への一途な忠誠、そして強い警戒心と敵に立ち向かう勇敢さ。

 そうであってこその、日本の犬である。


「……少し、だけだぞ」


 これもひとえに、主のため。ギルドへの登録を目指す私は犬好きのお姉さんに我が身を差し出した。


「やった! それじゃあ……うわぁ柔らかい……」


 カウンター越しに身を乗り出して、右手で私の頭を撫でまわす。目の前で大きな胸が揺れていた。なんで、こんなにいい匂いがするんだろう……


「んぁっ……」


 ヘンな声が出た。

 耳の裏を指先でカリカリされている。このお姉さん……ご主人よりうまい?


「ふふふ……きもちいいでしゅかぁ?」

「んっ、くぅ……」


 うわ、こら、やめろ。抱っこと頬ずりは『少し』の範囲外だッ! この体はまだ、ご主人にも触られてないのに……


「……きゃうんっ!」


 私の魂に対する凌辱は、およそ一分にも渡って続けられた。無神経な自称犬好きの何たる恐ろしいことか――


 ぐったりと憔悴した私に、ミリスお姉さんは満足げに言ってくる。


「さて、それじゃ登録の手続きね。まずはあなたの個人スレッドを見せてください」

「……これでいいか?」

「ふんふん、シロちゃん……十一歳なのねぇ。しかも、〈神徒プレイヤー〉ってことはずっと仔犬のまま……」

「あのー……ミリス殿?」


 他人の個人情報を見ながらよだれを垂らすのはやめてほしい。


「あら、失礼。いやだわ、私ったら。それではシロさん、こちらにアクセスの許可をお願いします」

「えーと……」


 ようやくまともに彼女が仕事をして、私はギルドに登録された。


「はい。これで手続きが完了したので、シロちゃんは今からFランクの冒険者です」

「ランクがあるのか」

「受けられるクエストの難易度によって、FからSまでの七段階ですね。活動の実績があるFランク冒険者には月あたり五千ミレットの奨励金が支給され、一定の仕事をこなすか満二年が経過した時点で自動的にEランクに昇格。Eランク以上の冒険者になると逆に組合費を納入する義務が発生します」

「……五千、ミレット?」


 聞いた感じだと、ミレットというのは通貨の単位のようだが。


「ギルド付属の冒険者銀行に口座が開設されていますので、セカンダリ上でチェックしてみてください」


 セカンダリ上でチェックというと……。とりあえず、スタート画面に戻ってみる。

 ……ん?

『個人スレッド』の項目と並んで、新しく『預金口座』の項目ができている。開いてみると、冒険者銀行の口座に『5000』の数字が記録されていた。


「確認した。ちなみに、この額だと何ができる?」

「……そうですね。例えば、メーカー製のポーションや毒消しだとおおよそ一個三百ミレット、バスの初乗りが二百ミレット、転移ゲートの利用料は三千ミレット」

「ここで夜の食事をしたら?」

「お酒抜きだと、安くて五百。二、三千も出せばもう大抵お腹いっぱいね」


 食費については、日本円の感覚とあまり変わらないような気がする。一月五千で、何もせずに暮らすのは無理そうだ。


「それと……ギルドの仕組みや冒険の基本については、この手帳にも載ってるから」


 カウンターに差し出されたのは、一冊の本だった。

 日本の規格では四六判に近いサイズで、表紙の文字は『冒険者手帳』と読める。革の装丁で質感も悪くない。安物ではなさそうだ。


 もらっていいのだろうか。

 まじまじ観察していると、横から勇者がそれを拾い上げた。


「お手間をかけました。後は、私がついているように言われていますので」

「そう。じゃあ勇者ちゃんにお任せね」


 ミリスお姉さんにお礼を言い、私たちはカウンターを離れる。



「受けるクエストは、あっちの掲示板で選ぶ仕組みです」

「ふうん」


 飲食スペースから離れた一角に、その掲示板はあった。同じのが四つ並んでいて、形状は日本でも見たようなスタンド式の動かせるやつだ。

 ただ、日本では板に紙を貼るところがここではホログラム画面になっている。


「えーと、Fランク相当の採集クエストは……」


 勇者のリクエストに応じて画面が切り替わっていく。

 どうもこの世界、魔法という要素がある分だけ情報通信関連の技術は輸入元よりも遥かに進んでしまっているらしい。


「――あら? 第三のひよこ勇者じゃない。こんなところで何してるのよ?」


 背後から女の声がした。


「うげっ……」


 勇者が心底イヤそうにうめく。

 後ろにいたのは、ちょうど彼女の同年代と見える少女だった。


 栗色の長髪と、勝ち気そうな釣り気味の目。整ってはいるのだろうが、敵意と侮蔑を隠そうとしない表情も手伝ってややきつい印象の外見だ。

 着ている服は神殿で見た門番たちと同じもので、兵士のような鎧ではなく魔法使いみたいなマントを羽織っている。


「……アクリー。何か私に用ですか?」

「別に、用はないけど? でも、今週は第三が警備担当でしょう? いくら戦力外の味噌っカスとはいえ、大司教の守護騎士様が油売ってちゃまずいんじゃないの?」

「だっ、誰が味噌っカスですか!」


 いちいち語尾を上げて煽り口調の『アクリー』さん。言い返す勇者は……本人には悪いが、ムキになる様子が図星にしか見えない。


「カスじゃなかったら、何してるのよ……っと」


 アクリーは背伸びして、勇者の肩越しに掲示板を覗き込み。


「ぷっ。Fランクの採集クエスト? ああ、もしかしてそれでワンちゃんと一緒に?  ずっ、ずいぶんと立派な勇者様ですこと……」


 わざとらしく笑いをこらえつつ、イヤミったらしい皮肉を浴びせかける。

 いやはや、実に堂に入った意地悪美少女っぷりである。


「……うぅ」


 勇者はすっかり涙目だった。


「啓示を受けて一年足らずでも、あなた一応〈神徒プレイヤー〉でしょ? 自力でEランクに上がれないようじゃリリディア大司教の面目にも関わるわよ」

「わっ、私は……」


 ほう、この勇者もやっぱり〈神徒〉なのか。しかも一年足らずというと、ご主人と中身も大差ないということだ。

 だから、というわけでもないが……


「どうも、誤解があるようだが」


 とても見ちゃいられないので、私は横から割って入った。


「勇者殿は初心者の私を案内するよう大司教様に言いつかってきたのだ。Fランクの採集クエストも、私に経験を積ませよとのご指示によるもの。勇者殿が馬鹿にされる謂れなど全くない」


 突然の援護射撃に、やり合う二人の目がこちらへ向く。勇者の間抜けな驚き顔と、冷やかに見下ろすアクリーの横睨み。


「……あなたは?」

「花坂シロ。つい先刻、導師リリディアより洗礼を賜り、サクラ神の啓示を受けた者だ」

「大司教自らの洗礼……しかも、即、啓示を……?」


 アクリーは目を細めて、私を胡乱うろんげに品定めする。


 あれ?

 アレってもしや、そんなに珍しいことだったんだろうか。私の素姓を怪しまれると神様の危惧したような事態にもなりかねなくて困るのだが。


「――ふむ」


 アクリーはマントの裾を揺らして、私へ向き直った。


「私は、ローウェル大司教に仕える第二聖護騎士隊のアクリーよ。もしよかったら、覚えておいて。長い付き合いになるかもしれないもの――お互い〈神徒プレイヤー〉同士ならね」


 導師リリディアとは別の大司教に仕える第二ナントカ。普通に考えれば『第三』の勇者と類似した、あるいは競合する部署の所属ということだ。


 ライバルと一緒にいた奴=敵、とでも思われたのかもしれない。

 思わせぶりな捨て台詞だけを残し、新たな〈神徒〉は立ち去っていった。

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