第6話 冒険者ギルドへ行こう!

「お呼びでしょうか、導師様」


 直立する勇者ともう一人の女騎士に、リリディア大司教は視線だけで頷いた。


「神のお告げがありました。まずは、トーマ。あなたの部隊に人を探してもらわねばなりません。ここにいるシロの連れの少女です」

かしこまりました」


 トーマは私を一瞥いちべつして、大司教に頭を下げる。


 折り目の正しい挙措きょそではあるが、そこから感情は読み取れない。

 鋭い眼差しを持つ精悍せいかんな顔立ちと、無造作にくくった砂色の長髪。若いながらに歴戦の風格じみた空気を感じさせる女性だった。

 もしかすると、彼女も〈神徒プレイヤー〉なのかもしれない。


「導師様、私には何か……何か、使命はないのでしょうか?」


 お預け喰らった犬のように、トーマと並んだ勇者が勢い込む。


「もちろん。とても大事な使命です」

「そ、それは一体……」


 思わせぶりな大司教のセリフに、勇者はごくりと唾を呑んだ。


「連れが見つかるまで、あなたがシロの面倒を見てやりなさい」

「……え?」


 勇者は、あからさまに拍子抜けした反応を見せた。

 名指しされた私も予想外だったが、勇者は目をくれようともしてこない。


「し、しかし導師様。私には、導師様の守護騎士として――」

「私のことは心配無用です。しばらくはトーマに兼務してもらいましょう」

「そんな……なぜです? なぜ、私がそんなことを……」


 そんなこととは、失礼な。


 私的わたしてきにもいい面の皮だが、勇者本人にしてみれば左遷も同然の指示なのだろう。

 愕然とする彼女に、大司教は諭すように告げた。


「同じ導師から洗礼を受けた仲は、血を分けた兄弟姉妹に等しいもの。助け合うのは当然のことでしょう」

「洗礼……まさか、そんな!」


 勇者は俄然、色をなして大司教に訴える。


「大司教リリディアともあろう方が、どこの犬とも知れぬ輩に洗礼を施すなど……! 私は、私はそんなこと――」


「ピュオネ」


 それは、勇者の名前だったのだろうか。

 大司教の冷厳な声音に、勇者ははっと表情を強張らせた。


「私はあなたに、人を種族や出自で判断するような教えをしていましたか?」


 はっきりと怒ってみせたわけではない。

 問いかけは、むしろ静かですらあった。ただ……傍から見ている私でさえも背筋が寒くなるような視線だ。


「いいえ……お許しください、導師様」


 泣きそうな声で勇者は詫びた。六時間コースと顔に書いてある。


 大司教は、良いとも悪いとも言わなかった。


「まずはシロをギルドに登録して、探索スキルを伸ばせるような採集系のクエストを受けなさい。あなたにもいい修行になるでしょう」


 そっけなく命じて、後はトーマへの指示に戻る。


 私の記憶を元にして〈第二魔導帯域セカンダリ・チャネル〉上にご主人の画像を生成し、ネットワークで共有するとかなんとか……

 仕組みはよくわからないが、色々と便利にできているらしい。



 神様は大司教に預けてきた。

 無責任とは言うなかれ。大司教から言い出したことである。あんな神聖さが微塵みじんもない神にその辺を無闇にほっつき歩かれたら神殿の人たちも困るのだろう。


「お気をつけて。勇者殿」


 私と勇者はトーマに見送られ、さっきも潜った正門を後にする。


 ここからは二人きりだ。

 勇者はまだ不満らしく、むくれたまま一言も口をきこうとしない。そんな表情でも絵になってしまう、目鼻立ちは至極しごく端麗な美少女である。

 もちろん、私にはご主人が一番だが。


「ええと……ピュオネ殿、でよかったか?」


 黙っていられると困るのは私なので、とりあえず話しかけてみた。


「ピュオネティカです。気安く愛称で呼ばないでください」


 ピュ、ピュオ……呼びづらいな。愛想も悪いし、勇者でいいか。


「それは失礼、勇者殿。ところで、私たちが向かっている先だが」

「ギルドは神殿の外にあるんです。そんなことも知らないんですか?」

「知らん。そもそも、ギルドって何だ?」

「……そうですか。まあ、洗礼すら受けていなかった未開の獣人さんですしね。教養がないのも当然かもしれません」


 いちいち失礼だな、この小娘は。また導師様に言いつけるぞ。


「これから行くのは、冒険者ギルドです。冒険者として登録すれば、クエストという形で色々な仕事を斡旋してもらえるんです」

「仕事というのは?」

「それは……魔物とか、魔族とか、魔王とか、魔神とか。とにかく、邪悪な者どもをやっつけるんです」


 ずいぶん多いな、邪悪な者ども。ここって結構、物騒な世界なのか。


「導師様は、採集系のクエストとか言っていたが」

「それは、素材を集めるやつです。他にも、調べ物をしたり、猫を探したり、ゴミを拾ったり、お年寄りの話し相手になったり……世のため人のために働く仕事です」


 わりと何でもアリらしい。私はご主人を探したいだけだから、魔族だの魔神だのに関わり合うこともないだろうが。


 スタート地点の広場を通り抜け、更に下へと道を降りていく。

 左手にめた腕輪から、ふと波動のようなものを感じた。


『魔導の腕輪』。出がけに大司教からもらったものだ。

〈第二魔導帯域〉の起動を補助し、アクセスに要する装備者のMP消費をゼロにしてくれるアイテムらしい。MPに余裕のない一般人はこれを使うことが多いそうだ。


 起動すると、表示ウインドウが通信の許可を求めてくる。神様からだった。


『やっほー、シロちゃん聞こえてるー?』

「何です、神様?」

『うん。今リリディアと話してたんだけど、ちょっと言い忘れてたことがあって』


 今更、何だろう。こいつの言い忘れはわりとシャレにならないから不安になる。


『まあ、基本的なお約束だけど。あなたが地球の日本から来たってこと、他の人には言わないほうがいいわ』

「やっぱり、変に思われるのか?」

『それもあるけどね。日本にあった技術でも、影響が大きすぎて秘匿されてるモノが結構あるらしいのよ。軍事とか航空とか。実際、ピストルもミサイルもないし』

「いいことじゃないか」

『まあね。でも、おかしなやつがあなたの持ってる日本の知識を悪用してやろうとか考えたらマズいことになるでしょ』


 なるほど、それは確かにマズい。私は武器の作り方など知らないが、知っていると思われるだけでも危険だ。というか……


「その点、ご主人は大丈夫なのか?」

『何とも言えないけど……リリディアはそれも心配して本気で探すって言ってるわ』

「そうか。では、こちらも気を付ける」

『うん。じゃまたねー』


 通信を打ち切った。

 隣で、勇者が怪訝けげんそうに見ている。さては、こっちの世界でも歩きながらのネットはマナー違反だったか。


「さっきのサクラ神コスプレの人ですか?」

「ああ、そうだ」


 日本での電話通信と同様、彼女には私の声しか聞こえていない。私が日本から来たということも彼女にはまだ知られていない。


「努力と再現度は認めますけど、あまりに度が過ぎると思いますよ。神殿で神を自称するなんて」


 聞きとがめたのは、私が最初に『神様』と呼んだところか。

 そこは、勇者としてこだわりがあるらしい。何しろ、いきなり処刑しようなどと暴挙に及んでくれたほどである。


 はて、説明しようにも私の正体に触れるのははばかられるし……

 ここは適当に誤魔化しておこう。嘘も方便、というやつだ。


 私は、意識して視線をうつむかせた。辛気くさい声を作って言う。


「あの人は風邪で意識が朦朧もうろうとしているときにお酒で薬を大量に飲んで昏倒して、頭を強打してああなってしまったんだ。自分を神様だと本気で思っている」

「……そう聞くと、ちょっと可哀想ですね。打ち首にせず慈悲をかけられた導師様の判断は尤もかもしれません」


 勇者は顔を曇らせる。深い憐憫れんびんと同情がそこにあった。


 我ながらムチャクチャ言ったものだが、嘘みたいにあっさり真に受けてくれたな。

 頭はともかく、根はそんなに悪い奴じゃないようだ。

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