第3話 勇者様登場!

 聖都サクラトリカ、アーヴィエル中央大神殿。

 それが現在地の名前らしい。ほとんどお城みたいなサイズの白亜の大殿堂である。


 丘の中腹にあった広場から、更に階段を登ること数分。正門らしき扉の前に、私と神様はたどり着いていた。


「いきなり訪ねていって大丈夫なのか?」

「任せなさいって。私を誰だと思ってるの? この神殿で祀られてるご本尊よ」


 ああ、知ってるよ。役立たずだけどな。

 冷やかな目線で、私は先行する案内人を見送った。


「やあやあ、お役目御苦労様」


 荘厳さのカケラもない偉そうな態度で、神様は門番の二人組に声をかける。あちらは、赤い軍服みたいなスーツに金属鎧を組み合わせた格好だ。


「な……、あ、あなたの、そのお姿は……」


 目を丸くして、硬直する門番A。まるで『葵の紋所』を見せられたお役人だ。

 あんなのでも神だけのことはあるんだな、やっぱり。


「し、しばしお待ちを。おい、勇者殿と隊長をここに……」

「わ、わかった」


 指示を受けて、慌てて門番Bが神殿の中へ駆けていく。……それはともかく、今『勇者』とか言わなかったか?


 勇者。

 ご主人がやっていたゲームでは主人公がそう呼ばれていた。


 今更ながら、何かただ事ではない予感がしてきたぞ。


 そしてこれも今更だが、私にはこの世界で用いられる言語が理解できるらしい。

 門番たちの会話が聞き取れたということは、そういうことだろう。ちなみに多分、日本語ではない。


 考えてみると、これも不思議だ。


 地球にいた頃の私には、人間の言語を理解すること自体がそもそも不可能だった。それが今の私ときたら、日本語で思考をしながら日本語とは違う響きの言語で神様と会話すら交わしている……

 人間の姿になった影響だろうか。『説明のため』だと神様は言っていたが、この体になってからの私は仔犬にしてはちょっと知恵が回り過ぎる。我ながら不気味だ。


 ほどなくして、三つの人影が中から現れた。

 一人はさっきの門番B。あとの二人は、若い女だった。


 手前は、裾長の白いコートを纏った少女だ。金色の長髪で、年格好はご主人と同じくらい。身長150センチ程度の十三、四歳というところ。


 もう一人は二十歳ぐらい。男の門番にも引けを取らない長身だった。装備も門番を豪華にしたような感じで、少女の後ろに従って歩いている。


「お待たせしました。なるほど、あなたが……」


 口を開いたのは、やはり少女のほうだった。


「ええ。私が龍神ヴォルザークの従神、この世界を司る女神のサクラよ」

「……わかりました。お二人とも、どうぞこちらへ」


 少女と長身の女に導かれ、私たちは地下へ通された。


 ……そう、なぜか地下なのだ。

 階段を下りて、廊下に並ぶ黒い鉄の扉を潜った先は狭い小部屋。

 外にビルなど建っていたわりにこっちの灯りはランタンで、薄暗いし嫌に涼しい。


「そこに座って」


 促されるまま、石の床に敷かれたむしろに私たちは正座する。

 少女が虚空に手を翳し、そこに眩い光が生まれた。まるで、神様が姿見の鏡や服を出してくれたときのように――


 現れたのは、一振りの剣だった。


 少女は、重々しく言う。


「……では、処刑の前に何か言い残すことは?」


 …………。


「って、こらぁぁっ! 何かおかしいと思ったら、処刑ってどういうことよ! この私を誰だと思ってるの!?」

「だまらっしゃいっ! 恐れ多くも神の名を騙り、姿まで真似て神殿を冷やかすとは神をも恐れぬ罰当たりの所業! 断じて見過ごすわけにはいきません!」


 神様が絶叫し、少女が怒鳴り返す。


 ああ、こりゃアレだ。葵の御紋を信じてもらえずに『田舎じじいの分際でご老公を騙るとは不届き千万!』とか言われちゃうパターンのやつだ。

 まあ、あの時代劇だと大抵の場合、ご老公の顔を知っているお殿様とかが青い顔で駆けつけてくるわけだが……


 大前提としてこの神様、本当に本物なんだろうか。

 なんか、また自信がなくなってきたような。


「……む」


 不意に声を上げたのは、扉の前に控えていた長身の女だった。視線は喚き合う二人ではなく、あらぬ方に向いている。

 まるで、ポケットに入れた携帯電話が震えだしたときのご主人みたいな反応だ。


「勇者殿」

「何です、トーマ?」


『勇者』と呼ばれたのが小柄な金髪で、呼びかけた長身は『トーマ』というらしい。


「その二人を執務室へお連れするように、と大司教様が」

「……導師様が?」


 勇者が怪訝な顔をする。テレパシーじみた言動にではなく、おそらくその内容に。様子からして、『大司教』とやらは彼女たちよりも格上の存在なのだろう。


 勇者の手に握られた剣が光の粒となって掻き消えた。


「ふっ……」


 勇者は片頬を不器用にひくつかせ、皮肉のつもりらしい笑みを形作る。


「これで助かったとは思わないことです。リリディア大司教のお説教を六時間ばかりも聞いていれば、今ここで斬られておけばよかったと後悔するようになるでしょう」


 六時間て。

 それはそれでかなりイヤだが、とりあえず処刑は免れたようだった。

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