第2話 異世界に行こう!
風に、においがついている。草木や花に土埃、そして生き物の発するにおい。ただ真っ白なあの世界では感じられなかったものだ。
「ここは……」
私が立っているのは、ちょっとした高台の広場みたいなところだった。人間と同じ二本の足、より正確には革の靴で石畳の地面を踏みしめている。
空は青く晴れ、気候はほどよく温かい。
眼下に広がる街並みは、私が知る日本とは明らかに違う。中世ヨーロッパに詳しくない私が安易に『中世ヨーロッパ風』などと形容するのは不適当かもしれないが……
レンガ造りの建物と、石畳を敷き詰めた道。
まあ、あえて例えるとしたなら、ご主人が好きなファンタジーゲーム風の街並みといったところだろうか。
「……ん?」
と、思ったら。視界の奥に、おかしなものが見えた。
情緒ある街並みを柵で囲うように、日本の高速道路みたいな高架の陸橋が渡されている。あの無骨さは、木でも鉄でも石でもない。鉄筋コンクリート製だろう。
私がそう推測したのは、高架道路に区切られた向こう側が容赦なく現代的なビル群だったからだ。
まさに、都会の摩天楼。全面ガラスのおしゃれなやつとか、日本の某電波塔に似た高層のタワーらしきものまで見える。
……なんか、えらいチグハグな世界だ。私は、ひょっとしてテーマパークか何かのアトラクションにでも迷い込んだのだろうか。
「どう、私の世界もなかなかのもんでしょ?」
背後から、いきなり声をかけられた。神様だ。さっきと同じように、普通にそこに立っていた。
「ええと……」
何から訊けばいいのかわからず、私はリアクションに詰まる。
神様はふふんと得意げに笑った。
「ま、安くない代償を払わせたわけだしね。アフターケアはちゃんとするわよ。安心しなさい」
「ついてきてくれるのか?」
さすがにちょっと恐れ多いというか、神様にそんなヒマがあるのか疑問だ。
「ああ、いいのいいの。神っていうのは、世界法則そのものを概念化した存在? ていうか……まあその、実体なんてあってないようなもんだから。複数の場所で同時に存在するとかも余裕なわけ」
「ふうん」
よくわからないが、同じ神様がいっぱいいるのか? 一家に一体とか、一人につき一守護神とか。何にしろ、有り難い話ではあるが。
「神だから直接の手助けはできないけど、水先案内は任せてくれていいわよ」
「……なんだ、案内だけか」
「何か文句でも?」
「いや、ないよりは無論有り難いが……ご主人は一体、どこにいるんだ?」
案内の神に、私は尋ねた。
「ああ――」
と、神様は右を見て。
「ええ――」
左を見て。
「あれ――?」
後ろを振り返って。
「――どこ?」
私に尋ねてきた。
「私が知るわけないじゃないか。ご主人はどうなったんだ?」
「いや、ちゃんとここに転送したはずなんだけど……なんで、いないんだろ?」
……おいおい。これじゃ話が違うぞ。わざわざこんなところまで来たのに、肝心のご主人がいないのでは何も始まらない。
いや、それどころか……
「大丈夫なんだろうな? こんな異世界でいきなり迷子になんてなったら、せっかく生き返ったばかりでまた死んでしまうぞ」
「うん、まあ。大丈夫……なはずだったんだけど……」
歯切れの悪い、尻すぼみの声。
「こら! なんだその無責任な答えは! 神様だったらちゃんとしろ!」
「わ、わかってるわよ。ちょっと待ってて」
尻尾を逆立てて抗議する私から、神様はたじたじで距離を取る。
「むうっ……」
目を閉じて、何やら精神を集中させるような表情。これは、アレか。神通力とか、そういう感じの……
「……っ、ダメだわ。やっぱり能力が制限されてるみたい」
「やっぱり、ってなんだ? 神様なのに」
「神様だから、よ。生き返った後にまであれこれ手を貸したりしたら、えこひいきになっちゃうじゃない」
うわ、使えねえ。神のくせにチートの一つもできないのかコイツ。
「それで『安心しろ』とかよく言えたものだな。水先案内が聞いて呆れる」
悪態をつく私に、神様もカチンときたらしい。
「ちょっと、神様にそういうこと言っちゃう? あんまりだと思うわよ」
「そっちこそ、あんまりだ。これじゃあ何のためにいるんだかわからない」
「だって、しょうがないじゃない! 私だってたまには自分が作った世界をこの足で歩きまわってみたいわよ!」
「物見遊山じゃないか! そんなことのために私たちを利用したのか!?」
「あぐ……苦ひい……神様の、首は……締めちゃダメなのぉ……」
ぜぇぜぇ、はぁはぁ。
詰め寄った私も、詰め寄られた神様も、息を切らして一時休戦した。
「ここで争っても仕方がない。ご主人を探す手立てを考えなければ……」
「そうね……こっちの世界には間違いなく来てるはずなんだけど」
揃って腕組みをしながら考える。やがて、神様はおもむろに言った。
「まずは、神殿に行きましょう。あなたに洗礼を受けさせなきゃいけないし、きっと助けも得られるはずだわ」
「……神殿?」
「そう、あそこ」
くるりと振り返って、上を指さす。神様が見上げる先には、壮麗な石造りの建造物がそびえていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます