第23話 ルーナと一緒にお風呂へ入るそうです
「ん……」
「あ、ご主人様。おはようなのです」
俺が目を開けて声のする方を向くと、ルーナが俺を覗き込むようにして見つめていた。
立派な狼耳に可愛らしい顔を向けられ、寝ぼけ眼の俺の目覚めはとてもいいものになった。
「おはよう。ルーナ以外はいないのか」
俺は起き上がってルーナの狼耳を撫でながら辺りを見渡すが、そこには奏たちの姿はない。
「はいなのです。奏様たちはお出かけしているのです」
「ルーナもついていけばよかったのに。一人でいてもつまらなかっただろう」
日はまだ昇っているようだが、相当な時間俺が寝ていた事は間違いない。
奏の事だから朝から出て行っただろうし、一人でここに残ってもやる事はなかったはずだ。
「ご主人様を置いていくなんてできないのです。奴隷はご主人様に命じられて動く物。勝手に行動するのはいけない事なのです」
そんな言葉と共に、きゅるるる、とルーナの腹から訴えかけるような音が鳴る。
「もしかして昼も食べてないのか?」
「はいなのです……」
腹に手を当てて少し恥ずかしそうにしているルーナ。
俺が食べてないからと律儀に待っていたのだろう。
「これからは俺の事は気にせず自由に行動してくれ。だけどありがとな。とりあえず飯にするか」
ぽんぽんとルーナの頭を撫で、俺はクレアに頼んで飯を用意してもらう。
俺のために一緒にいてくれるのは嬉しいが、お腹を空かせてまで待っていて欲しいと思うほど俺は酷い奴じゃない。
ルーナはもう少し勝手な事をしてくれるといいんだがな。
そんな事を思いつつルーナと共に食事を取り、おいしそうに食べるルーナに癒されながら腹がいっぱいになった所。
俺は体のべたつきに昨日風呂へ入ってない事を思い出す。
この時間なら大浴場には誰もいないだろうし、旅館自慢だという大浴場を独占できるかもしれない。
「ルーナ、俺は今から風呂に入ってこようと思う。何かあったらクレアを呼んで対応してもらってくれ」
「私もご主人様と入るのです」
俺が適当に用意して大浴場に向かおうとすると、ルーナも同じように風呂に行く用意を始める。
「いや、無理して一緒に入る事はないぞ?奏が戻ってこればルーナと入りたがるだろうし、俺よりも奏と一緒に入った方が」
「私はご主人様と入りたいのです。ダメなのですか?」
「うっ……」
上目遣いで悲しそうにお願いされては嫌という事も言えなくなってしまう。
ルーナの事を考えると男と風呂に入るのはよろしくないが、俺が気を付ければいいだけの話か。
「分かった。じゃあ大浴場に誰もいなかったら一緒に入ろう。ただ、誰かいたら諦めてくれ」
「はいなのです♪」
悲しそうな表情から一転し、笑顔を見せるルーナ。
何がそんなに嬉しいのか分からないが、喜んでいるからよしとしよう。
ルーナくらいの年齢なら男湯で一緒に入っていてもなんも言われないだろうし、言われたらルーナに諦めて貰えばいい。
俺達は風呂に入る用意をして大浴場に向かった。
一応男湯の脱衣所は確認したが、誰かが入っている様子もない。
これならルーナも問題なく入れるだろう。
脱衣所に入ると、ルーナはきょろきょろと辺りを見渡していた。
こういった浴場を利用するのも初めてなんだろうな。
ただの脱衣所だというのに、ルーナの目はきらきらと輝いているように見える。
「脱いだ服はここに入れて、タオルだけは体に巻いておくんだぞ」
「分かったのです」
俺が風呂に入るために服を脱ぎだすと、ルーナもそれに続いて服を脱ぐ。
そして俺が腰にタオルを巻くと、ルーナもまた同じように腰へタオルを巻いた。
「……ルーナ。女の子がタオルを巻く時は上も隠さないといけないんだ」
「上?」
何を言っているのか分かっていないルーナに対し、やっぱり奏に任せるべきだったかなと思いつつ、俺はタオルの巻き方を教える。
その際、へその下あたりに奴隷の紋章を見てしまい、やっぱりかと俺は心の中で悪態を吐いた。
ルーナにもやはり奴隷の紋章が焼き入れられている。
これができて近しい傷ならば奏でも治せるが、時が経っていると治すことが出来ない。
つまり、ルーナはこの傷を一生背負ったまま過ごす事になるのだ。
こんな物を考えついた奴に嫌悪感を抱きつつ、タオルを巻き終えた俺達は旅館の自慢であるという大浴場へと足を踏み入れた。
「広いのです……!」
「本当に広いな」
檜風呂……ではないと思うが、木風呂は屋敷の風呂の二倍はあろうかというほど広く、とても落ち着く雰囲気が漂っている。
至る所が木張で温かみもあり、ほっと感じる空間がそこにはあった。
「不思議な匂いなのです。でも、嫌じゃないのです」
「木の香りとお湯の匂いが混ざってるんだ。リラックス効果があるから、落ち着く感じがするだろう?」
「はいなのです」
確かフィトンチッドという木の香りがリフレッシュ効果を持っているとかいないとか。
詳しい事は覚えていないが、森林浴などで気分がよくなるのはその香り成分のおかげだった気がする。
「じゃあ風呂に入る前に体を洗うか」
「お手伝いするのです」
そう言うとルーナは石鹸を手で泡立てて俺の体を洗おうとする。
タオルを使おうとしない辺り、素手で体を洗おうとしているみたいだ。
「待て。先に俺がルーナの体を洗う。それを真似して洗ってくれ」
「?分かったのです」
俺はルーナを前に座らせ、シャンプーを手に頭を洗っていく。
大きな狼耳は洗いごたえがあるが、シャンプーや水が耳に入らないように気を付けなければいけない。
洗うのに気は使うが、それ以上にこの耳を洗っていると癒される。
やっぱり獣耳はいいものだなぁ……。
「はぅ……気持ちいいのです……」
ルーナは気持ちよさそうな表情をし、なすがままに俺に頭を洗われている。
美容室理容室でもそうだが、他人に頭を洗ってもらうのは気持ちいいんだよな。
「よし、お湯かけるぞー」
声をかけると狼耳がぴょこんと伏せられる。
いつお湯をかけられるのかをぷるぷるしながら待っている姿を見ると、このまま焦らして眺め続けたい衝動に駆られてしまう。
だが、さすがにそれは可哀そうだなと思い、そのままお湯をかけて髪を洗い流す。
ルーナはふるふると頭を振って水を飛ばすが、そういった仕草もまた可愛らしい。
「次は背中だな」
俺はタオルで石鹸を泡立たせ、ルーナの背中を洗っていく。
小さな背中には無数の鞭打ち痕があり、どんな仕打ちを受けてきたのかが想像できてしまう。
こんな小さな体で頑張ってきたんだなと思いながら背中を洗い、お湯で流して俺は終わりを告げる。
「これで終わりだ。ルーナは背が低いから背中だけ洗ってくれればいい。頭は自分で洗う」
「前はやらないのですか?」
「普通前はやらないんだ」
前を洗おうとするルーナを諫めつつ、俺はルーナに背中を向ける。
「洗うのです」
ルーナは背中にタオルを当て、ゆっくりと洗い始めた。
力は弱いものの、頑張って洗ってくれているのが伝わってくる。
そんなルーナを微笑ましく思いつつ、子供が出来ればこんな感じになるのかな、などと今は縁もない事を考える。
「これでよかったのですか?」
「ああ。ありがとな、ルーナ」
背中を流し終わったルーナの頭を撫で、残りの洗っていない所を洗っていく。
そして全身を洗い終えると、俺はゆっくりと木風呂に身を沈める。
「ふぅ……」
やっぱり木でできた風呂は一味違う気がする。
大理石は大理石でまた違った良さがあるが、やはり日本人としては木の方が安心できる。
「あの、入ってもいいですか?」
「許可なんて取らなくてもいいぞ。好きに入ってくれ」
風呂の縁で問いかけてくるルーナに苦笑しつつ、俺はルーナに風呂へ入るよう促す。
「ご主人様。出来ればお膝の上に乗せて欲しいのです」
「膝?なんで膝の上なんだ?」
「ご主人様のお膝の上はとても安心するのです。嫌だったら諦めるのです……」
「いや、別にいいぞ。こいこい」
「はいなのです!」
そういうとルーナは嬉しそうに風呂に入り、膝の上に腰を落とす。
なんだかルーナはオスマンの話を聞いてから甘えてくるようになった気がする。
オスマンには恥ずかしい話を聞かされて悶えたりしたが、あの一件でルーナが懐いてくれたならよかったと思う。
ルーナを膝に抱えて頭を撫でていると、前方から誰かがやってくる気配がした。
岩に隠れて見えていなかったが誰かいたようだ。
脱衣所には服もなかったし、この旅館の清掃員か何かだろうと思う。
しかし、俺の予想は見事に外れる事になる。
「かかっ。久しいの、西条渉。壮健そうで何よりじゃ」
そこにいたのは、護衛依頼の道中で会った謎の少女、クーニャンだった。
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