第24話 再会です

「久しぶりだなクーニャン。だが、なんで男湯にいるんだ」


 俺は恥ずかしげもなく裸体を晒しているクーニャンに問いかける。

 脱衣所には誰の衣類もなかったが、男湯まで全裸で来たとでもいうのだろうか。


「ここの浴場は混浴じゃぞ。お主もそれが目当てで来たのではないのか?」

「いや、初めて知った。というより俺はそんな事をする奴だと思われているのか」

「そうじゃろ?お主も男じゃし、何より見せつけるのが好きなようじゃからの?」


 確かに出合い頭では隠すのを忘れていたが、俺に露出癖があるわけではない。


「なら今のクーニャンはどうなんだ?」

「かかっ。興奮するかの?今晩のお供にしてもいいんじゃぞ?」

「アホか。もっと成長してから言うんだな」

「かかかっ!もっと成長してからか。期待に沿えるか分からぬが、努力させてもらおうかの」


 爽快に笑いながらクーニャンは俺の隣に腰を下ろす。


 混浴だとは思っていなかったが、クーニャン以外に誰かいる様子はない。

 見た目が見た目だけにどう思うという事はないが、ルーナの情操上あまり大っぴらなのは控えてもらいたいものだ。


「それで、この街はどうじゃ?アトランティスと違って面白い街じゃろう」

「そうだな。向こうよりも活気があって生き生きとしている。落ち着いた雰囲気もいいが、こっちもそれも負けないぐらいにいい街だ」

「そうかそうか。こっちの街もいいが人の多さにわしは滅入ってしまう。神殿はアトランティスのように落ち着いた雰囲気で好きなのじゃが、神殿には足を運んだかの?」

「ちょうど昨日行ったところだ。洞窟内にあったのは驚きだが、こっちの神殿もなかなか良かったな」

「かかっ。その様子じゃとこの街を楽しんでおるのじゃな。楽しんでいるようで何よりじゃ」


 タオルで顔を拭き、ふう、と一息つくクーニャン。

 やる事なす事おっさん臭いが、不思議とそれが様になっている。


 幾つなのか本当に気になるところだ。


「それにしても冒険者がこの宿を使っておるとはの。それにその娘、お主の子供か?」

「俺はそんな年じゃない。ルーナは俺の仲間だ」

「ルーナと言うのか。可愛らしい立派な狼耳の獣人じゃの。私の名前はクーニャン。よろしく頼むぞ」

「よ、よろしくお願いしますのです」


 クーニャンに挨拶され、慌てて頭を下げるルーナ。

 この狼耳の良さが分かるとは、クーニャンも分かっているではないか。


「そうだ。前に貰った情報のおかげで任務も上手くいった。ありがとな」

「役に立ったようで何よりじゃ。これで貸しが一つ作れたかの」


 かかっ、と八重歯を光らせるクーニャン。

 ぜひ返したいところだが、これといって返せるものが浮かばないな。

 何か考えておかなければ。


「クーニャンもこの宿に泊まっているようだが、いつこっちに着いたんだ?」

「わしは昨日着いたばかりじゃ。じゃが、ちいとばかし着くのが遅かったようじゃの。数日前に表のカジノが閉店するような騒ぎがあったと聞いておる。その騒動を目の当たりにできなかったのは残念な事じゃ」

「そ、そうか」


 意外とミーハーなのか、そういった事には大変興味をお持ちのご様子だ。

 あのカジノが閉店したのは、自分の思っている以上に大きな事らしい。

 どんな噂が流れているか気になるが、探られても面倒だし放置しておこう。


「だがまあ何とか夜会に間に合ってよかったわ。余裕を持って出たにも関わらず間に合いませんでしたでは話にならんからの」

「夜会?」


 クーニャンは夜会、というものに出るためこの街に来たようだ。

 初めて聞く単語だが、いったい何をするものなのだろうか。


「なんじゃ知らんのか。明日の夜、この国では年に一度のパーティーが開かれるのじゃ。顔合わせや情報交換が主となるが、国の方針が変わる事もある大きな晩餐会じゃぞ。お主の国の王女様も夜会に参加すると聞いておる。常識だと思うのじゃが、噂ぐらい耳にしておろう」

「悪いな。世間や常識には疎いんだ。だが、そんなものに出席できるなんて、やっぱりクーニャンは大物じゃないのか?」


 夜会というのは、言ってしまえば貴族のパーティーみたいな物みたいだ。

 フェルがこの国に来たのも、その夜会に王族を参加させるためだったのだろう。


 そんな物にお呼ばれされるとは、クーニャンはいったい何者なのだろうか。


「かかっ。わしはただの遊民よ。合縁奇縁も全て縁。その過程で出会った者達との交友関係が広いから、わしも呼ばれておるだけじゃ」

「なら俺とは奇縁だな」

「かかかっ。そうじゃの。お主のような出会いをした人間は初めてじゃ」


 快活に笑うクーニャンには全く嫌味を感じない。

 正体は依然として知れないが、これもクーニャンの魅力の一つなのだろう。


 こういった人柄も、夜会に招待される一つの要因なのかもしれないな。


「それはそうと、そっちはそっちで上手くやっておるるようじゃの。この宿に泊まっておるという事は、親衛隊か王女様からの推薦があったからじゃろう?」


 笑みを残したまま問いかけてくるクーニャン。

 この宿は高く、普通の冒険者では止まれないという予想からその推測をしたのだろう。


「聡い奴だな。俺は向こうで貴族って扱いになってるんだが、それを配慮してくれたんだろう。おかげで分不相応な宿に泊まれている」

「なんじゃ、主は貴族じゃったのか。じゃが、理由はそれだけではないのであろう?」


 普通は貴族というだけでここまで厚遇したりはしないんだろう。

 不敵な笑みを浮かべながら探りを入れてくるが、フェルに惚れられている事はあまり話したくない。

 一国の王女が特定の人物に肩入れしている話など、対外的によろしくないのは俺でも理解できる。


 もう一つ亜種討伐も思い当たるが、亜種が出たという噂は聞かないためフェルも隠しているのだろう。

 亜種の件は喋らないように言われているし、貴族だからと貫き通すしかないだろう。


「貴族以外に思い当たる節はないな。他に何かあると思うか?」


 俺は静かなルーナの狼耳をちょこちょこ弄りながらクーニャンに問いかける。

 逃げるように動いたり、触れと言うように動いてきたりと可愛らしい狼耳だ。


「そうじゃな。わしが思い当たるのは亜種討伐、かの」


 クーニャンの言葉に俺は手が止まり、どう返せばいいか分からなくなっていた。


 オスマンもターニャもフェルも俺達も、亜種の件は誰にも言っていないはずだ。

 言っていたとしたら、この街で大騒ぎになる事はオスマンから聞いている。

 だから、あるとしたら噂話ぐらいしか流れないはず。


 それに噂が流れるにしても、亜種が出た、亜種が逃げた、といったような噂になるはずだ。

 討伐するのに相当な期間を要すると言われている亜種に対し、討伐と言い切ったクーニャンは、いったいどんな根拠をもってそんなことを言いだしたのだろうか。


「ご主人様……?」


 動きの止まった俺に対し、ルーナが心配そうに声をかけてくる。

 ルーナの言葉で引き戻された俺は、再びルーナの狼耳を撫でながら会話を続ける。


「どうしてそう思ったんだ」

「簡単な事じゃ。ここに来る道中、至る所に亜種が暴れたと思われる痕跡を見つけたのじゃ。それらを辿っていくと、ある草原で魔物の解体が行なわれた跡があった。周りは毒に浸食され、明らかに普通の魔物の解体跡ではない。そうなれば答えは一つ。ここで亜種が討伐されたのでは考えるのが普通じゃろう」


 亜種は解体して持ち帰ったと言っても、さすがに戦闘の痕跡まで消していくのは難しい。

 それらの情報から常識に囚われず、討伐したと言い切ってしまうのはクーニャンの経験からだろうか。


「他の誰かが討伐したんじゃないか?痕跡があったとはいえ、俺達が討伐したという証拠はないだろうに」

「お主らが討伐したという状況証拠はあるぞ?」


 そう言ってクーニャンは人差し指を立て、その状況証拠を上げていく。


「まず一つに亜種の素材が流れていない点。亜種が討伐されたら必ずと言っていいほど素材は流れるじゃろうな。それがないという事は、討伐者がそれを流す事を嫌っているという事じゃ。しかし、亜種ほどの討伐品なら相当な値が付くのは必然。それを売り出さないという事は、金に執着を持っていないという考え方が出来るの」


 オスマンも言っていたが、亜種の討伐品は貴重で相当な金になるという。

 それを流さない冒険者など存在しない、とクーニャンは言いたいのだろう。


 そしてクーニャンは中指も立て、二つ目の証拠を上げていく。


「二つ目に情報が流れない点。亜種が出たとなれば必ず国がとんちき騒ぎを起こしだすはずじゃ。しかし、それがないという事は、討伐品と同じように討伐者が情報を流すのを嫌った。それに加え、出現の報告がされる前に討伐されたという事になるじゃろうな」


 情報が流れないという事は普通あり得ない、とクーニャは言外に言っている。

 常識的には、討伐に軍を率いて時間をかけなければいけないような相手なのだから、そう言われるのも当然だろう。


 クーニャンは薬指を立て、三つ目の理由を説明する。


「そしてこれらを嚙合わせると、どうも討伐者は亜種を討伐したという情報を流したくないと見える。しかし、この国の住人ならそんなことは考えん。あるとして他国の冒険者。または、その冒険者を他国に明け渡したくないと考える、とても大きな権力を持った冒険者の雇い主、といったところじゃろう」

「……だからと言って、なぜ俺達が討伐をしたと?確かに条件は当て嵌まるが、護衛依頼に着いた冒険者は他にもいるんだが」


 俺は半分諦めながら最後の抵抗を見せる。

 もうほぼ分かっているが、クーニャンは俺達が討伐したと確信しているのだ。

 なら、その考えを最後まで聞いてみようと思う。


「それこそ簡単な話じゃな。お主らだけがこうして厚遇されている事。それに、お主は見たこともない武器を持っているという事。フォルテスやタルナーダ、ポリウーコスのような奴らでは、亜種の討伐など出来んのは目に見えておる」


 どうやら護衛に着いた者達の情報も掴んでいたらしい。


 情報網が厚いななどと考えている俺にクーニャンは身を寄せ、顎を掴んで顔を向けさせた。


「多くの者と接してきたが、わしは今までお主のような人間に会った事がない。お主が亜種を討伐したのは分かっておる。わしは強い物にしか興味はないが、お主にならこの身を委ねてもいいと思ってしまう。こんな気持ちは初めてじゃ。どうじゃ、お主さえよければ、わしと身を重ねてはくれまいか?」


 俺はそう口にするクーニャンの瞳に吸い込まれていた。

 先ほどまでは普通の色をしていたと思ったが、今は紅く燃え上がっているように見える。


 小さくとも柔らかな感触が腕に当たっているが、その幼い容貌とは裏腹に漏れる吐息は妖艶で、不思議な魅力をクーニャンに感じていた。

 今の俺は、クーニャンに身を任せてもいいか、なんて考えてしまっている。


 普通ならばそんな事をは思いもしないだろう。

 しかし、今の俺はクーニャンに吸い込まれそうになっている。


 どこかで感じた事のあるようなこの感じ。

 思考を誘導されているような、自分の意思が捻じ曲げられているような、そんな感覚。


 何かがおかしい。


 そう分かっていながらも、俺はクーニャンの瞳から目を逸らせない。


 もういいかとクーニャンの言葉に頷きかけたところで、目の前にぴょこんと大きな狼耳が現れて視界を遮った。


「だ、ダメなのです。ご主人様を誘惑しちゃダメなのです」


 俺とクーニャンを引き離し、間に入ったルーナ。

 そのおかげでクーニャンの誘惑から逃れる事が出来たが、ルーナの狼耳がぴくぴくと震えており、怖がっているのが分かる。


「お主は奴隷じゃったのか。あるじのために体を張るとは健気じゃの」


 そんなルーナを見て少し驚いていたクーニャンだが、今は笑みを浮かべてその頭を撫でている。

 奴隷だからと言って態度を変えるような事をクーニャンはしないようだ。


 目を瞑ってびくびくとしているルーナを見てか、クーニャンは立ち上がって風呂から上がった。


「お主の主を取ったりはせんよ。今のは忘れてくれ。渉もいい奴隷を持ったな」

「奴隷じゃない。俺の大切な仲間だ」

「かかっ。やっぱり変わった奴じゃの。怖がらせるのも可哀そうじゃし、わしは出る事にしよう。わしはしばらくこの宿を借りるつもりじゃ。いつでも訪ねてくれて構わぬぞ」

「待て、出る前に頼みがある」


 クーニャンは俺達が亜種を討伐した事を知っている。

 その事は現状において伏せられているが、それを言いふらされるとこの街で動きづらくなってしまう。


 奴隷解放のために動き出した今、余計な手間は増やしたくないのだ。


「かかっ、分かっておる。討伐の話は伏せておこう。なんでも言いふらす真似はせんから安心せい。その少女、ルーナといったか。大切にするんじゃぞ」

「当然だ。また貸しを作ることになるがよろしく頼む」

「返してもらえる時を楽しみに待つとしようかの」


 そう言い残し、軽快に笑いながらクーニャンは風呂を出ていった。

 最後の最後まで隠そうともしなかったな。


 それにしても、クーニャンにあんな魅力があるとは思わなかった。

 いったいどのような人生を歩んできたら、あの見た目であの妖艶さを演出できるのだろうか。


「ルーナ、大丈夫か?」


 俺は未だに震えているルーナに声をかける。


 ルーナが自分の意思でクーニャンに対抗するなんて思っていなかった。

 だが、ルーナのおかげでクーニャンの魅了から抜け出すことが出来たのだ。


 あれがいったい何だったのか分からないが、あのままだったら俺は駄目になっていたような気がする。


「怖かったのです……でも、あのままだとご主人様がいなくなってしまう気がしたのです」


 震えながらも抱き着いてくるルーナ。

 直感のようなものなのだろうか、ルーナには俺とクーニャンのやり取りがそのように見えていたらしい。


「ルーナのおかげでクーニャンの誘惑に惑わされずに済んだ。ありがとな」


 俺はルーナの頭を丹寧に撫でる。

 そのおかげかルーナの震えはすぐに収まり、先ほどまでと同じように膝の上にちょこんと座る。


「ご主人様。いなくならないでくださいなのです」


 撫でてない方の手を握り、そう口にするルーナ。


 過去に何かを失った事があるのだろうか。

 震えてはいないものの、今のルーナはやけに怯えているように見える。


「いなくなんてならないぞ。だから安心してくれ」


 俺はルーナの手を握り返す。


 ルーナの過去を聞いてみたくはあるが、今はまだ時期尚早な気がする。

 焦ってトラウマを掘り起こしてしまっては意味がない。


 時間はいくらでもあるのだ。

 少しずつでいいから、そういった事にも踏み込んでいこうと思う。


 そんな事を考えつつ、風呂に身を沈めながら、俺はルーナと風呂を満喫するのだった。

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