第XX話 発覚したみたいだ

「ふぁぁ。よく寝ました」


 朝の日差しを受け、私はその眩しさに目を覚ましました。

 こっちに来てからというもの、照明がないせいか夜は早く、朝も早くなった気がします。

 健康的だからいい事だと思いますけどね。


 隣ではルーナがまだ寝ており、無防備に狼耳を晒しています。


「もっふもふです~♪」


 私はその狼耳に顔を埋め、凶悪に至福な時を過ごします。


 この狼耳は私を誘惑してくるとても悪いものです。

 だから、私がその誘惑に負けてしまうのも仕方ないんです。

 ……私はいったい誰に言い訳をしているのでしょうか。


 そんなちょっとした幸福に包まれつつ、私は名残惜しくもルーナから鉄の意思で身を話します。

 やり過ぎるとルーナが起きてしまいますし、何より私もやらなければいけない事があります。


 トイレに行った後、洗面所に籠って私は肌を整えるために顔のマッサージをします。

 むくんでいたりくすんでいたりしていなくても、朝はマッサージをするのが習慣になっているので自然と体が動きます。

 これも将来への投資のため、欠かす事はできません。


 本来ならパックをしたいところですが、さすがにこの大陸で手に入れる事は出来ません。

 炭酸パック、したいんですけどね。


「これでよし、と」


 髪も整え、日課の作業が終わりました。

 これで兄さんにも顔向けできるというものです。

 日も完全に上っているでしょうし、そろそろ皆を起こす頃合いでしょう。


「あ、奏。おはよう」

「おはようございます。リアは早起きですね」

「冒険者は皆朝早い。任務の更新があるから」


 洗面所から出ると、リアがすでに起き出していました。

 冒険者という職業柄、自然と朝が早くなるのでしょう。

 寝起きも凄くいいですし、私がリアを起こす事はなさそうです。


「ふふ、リア、寝癖が酷いですよ?私が直してあげましょうか?」


 ただ少し寝相が悪いのか、リアは毎朝寝癖が凄い事になります。

 いつも物静かなリアですが、こういった面を見ると微笑ましくなりますね。


「ん、今日は自分でやる」

「分かりました。では私は兄さんたちを起こしておきますね」


 昨日までは私が手入れをしていたのですが、今日はさせてもらえないようです。

 リアの猫耳を合法的に堪能できるチャンスだったんですが……。


 少し残念に思いながら洗面所に入っていくリアを見送り、私は兄さんたちを起こすために動きます。


「兄さん、朝ですよ。起きてくだ……さい……?」


 ベッドのそばまで行って起こそうとすると、兄さんから鼻につくような匂いがしてきました。


 身を寄せて嗅いでみると、やはりそれは気のせいではありません。

 数か月前までは知らなかったですが、冒険者になって毎日のように嗅いできた匂い。


 これは間違いなく硝煙の匂いです。


 ですが、昨日は銃を使う場面なんてなかったはず。

 お風呂も入っていましたし、昨日までの兄さんから硝煙を漂わせる要素は一つもありません。


 これだけ強い匂いとなると、考えられることはただ一つ。

 私たちに秘密で、銃を使うような危険な事をしているという事。


 隠し事は嫌だと言ったのですが、どうやら私からの忠告は聞き入れてもらえなかったようです。


「王女様の時といい、そんなに私は信頼できないんでしょうか……」


 兄さんの事ですから、また自分一人で抱え込もうとしているだけなのでしょう。

 巻き込みたくないという気持ちは分かるのですが、それでも頼られないと私の力不足を感じます。


 しかしそんな事より、私は兄さんが一人で危険な事をしているという事が不安でなりません。


 銃を使用したという事は、何らかの戦闘を行なったという事。

 タイミング的に、兄さんは奴隷に関する事に関わっていると思われます。


 ルーナとの出来事で、兄さんは眠れない程に悩んでいました。

 何をしているのかも大体想像がつきますが、それを聞いても兄さんは隠し続けるのでしょう。

 それは少し寂しいと感じてしまいます。


 私は床に落ちていた羊皮紙に気が付き見てみると、そこには「自由行動」と一言だけ書かれていました。

 いつもの兄さんの字とは違ってよれており、これを書いた時は限界だったことが窺えます。


 昨日はろくに寝られなかったというのに、眠気をおして行動したのでしょう。

 今日は一日中、兄さんは寝ている事になりそうです。


 そんな状態で戦闘をして怪我をした時、兄さんはどうするつもりだったのでしょか。

 ただ、これに関しても大まかな予想は立ちます。

 危険な事をしていると私たちに悟られないため、怪我を隠すか誰か別の人に頼むのでしょう。


 ですが詰めが甘いですね、兄さん。

 悟られないようにするのなら、せめてお風呂は入っておくべきでした。

 硝煙の匂いも気にならないぐらい、帰ってきた頃には疲れていたんでしょう。


 兄さんが危険な何かをしていると知ってしまった以上、私はその何かを突き止めなければいけません。

 兄さんだけに危険な事をさせるのは、妹として許されないのです。

 今の私は昔と違って兄さんを支える事だって出来ます。


 もう、あの頃の弱い私とは違うのです。


「まだ渉たち起こしてないの?」


 寝癖を直したリアが洗面所から出てきて、そんな疑問を投げかけてきます。

 リアの髪からは水が滴っており、お風呂場でバッとお湯を浴びて直したんでしょう。

 雑なところはなんともリアっぽいです。


「兄さんは疲れて寝たいみたいです。自由行動って書かれた紙がベッドの下に落ちていました」

「昨日徹夜だったみたいだから仕方ない。ゆっくり寝かせてあげよ?」

「そうするつもりですが、ちょっと事情が違うみたいです」

「?」


 首を傾げるリアに私は気付いた事を伝えます。

 話をするうちにリアも不安に思ったらしく、少しだけ表情が曇りました。


「一人で危険な事をしてるのは見逃せない」

「リアもそう思いますか。では一緒に兄さんが何をしているか突き止めましょう」

「突き止める」


 リアと意見が一致し、兄さんが何をしているか探る事になりました。

 リアがいてくれるなら戦闘面でも心強い味方になります。

 私だけで動くより、リアもいてくれた方が安心感は倍増です。


「戦闘があったって事は街で何かあったかもしれない。渉は疲れて寝てるし、情報を集めに街に出るのがいいと思う」

「そうですね。ではソルテとルーナの二人だけ起こして、一緒に行動するか決めましょうか。二人だけで勝手に行くのはちょっと気が引けます」

「それがいい」


 事前情報があるのとないのとでは、夜に兄さんを付け回すのに大きな違いが出てくるでしょう。


 町の散策で情報を収集しつつ、今夜に備える事に決まりました。


 集まればいいなと思いながら、私はソルテとルーナを起こしにいくのでした。

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