第22話 解放
「これで全員か」
俺は檻の南京錠を全て外し、店内にいた奴隷を全員解放することに成功した。
冒険者と店長は
半日もあれば手の届かない所まで逃げる事も可能だろう。
一応全員にこの店にあった服と硬貨を渡したため、少しの間は生活もできるはずだ。
「あの、貴方が次に私たちのご主人様になるのですか……?」
檻から解放され、適当な服を着た少女が俺に問いかける。
半数以上は檻を開けるとすぐに逃げ出したが、店内にはいまだに無数の奴隷が残っていた。
残りの者は解放されても、どうしていいのか分からないようだ。
「俺はお前達を奴隷から解放するために動いたにすぎない。主なんてものはもういない。これからはいいなりの奴隷としてではなく、自分の意思で動ける人として生きるんだ」
俺はここにいる全員がすぐに生き方を変える事が出来ないのは分かっている。
ルーナは骨の髄まで奴隷としての生き方を刷り込まれていた。
奴隷商に調教され、自分の意思で動けない者も少なからずいるはずだ。
ここに残っているのは、そういった精神を壊された者達なのだろう。
「ご主人様がいないと私たちは生きていけません……貴方が私たちのご主人様になってくださいませんか……?」
「俺は主になれない。そんな器は俺にはないからな」
全員を俺が面倒を見る事は出来ない。
解放しておいて無責任だと、やるなら最後まで責任を持てと言われるだろう。
だが、その責任を放棄してでも、俺はこの現状を……奴隷として酷い扱いを受けている事実を放っておく事が出来なかったのだ。
「主を失った私たちはどうすればいいのですか……私たちには何もありません……一人で生きていくなんてできません……」
「そうやって悩みながら生きていくのが人としての本来の在り方だ。この国は貴族制もなく、誰もが自由に生きることが出来る。奴隷としての生き方だけじゃなく、何か他の生き方も見つかるはずだ」
「そんな生き方出来ないのです……」
そういうと少女はおもむろに下を脱いだ。
性的に誘惑してくるのかと思ったがそうではなく、少女は下腹部を指さす。
そこにはハート形をしたような焼印が押されており、俺は仮面の下で顔を歪めていた。
「この烙印は奴隷になった時に押されます……この烙印がある限り、私たちは奴隷としての運命から逃れられません……この烙印が押された時から、私たちは奴隷として生きる事しか出来ないのです……」
目を逸らしていたから気が付かなかったが、奴隷には焼き印が押されるようだ。
もしかしたらソルテとルーナにもこの烙印があるのかもしれない。
一度焼き付いたそれは、完全に治癒されることなく体に残り続ける。
何の罪のない者をどこまで貶めればこんな事が出来るのだろうか。
それはもう人の扱いではない、と思うと怒りが込み上げてくる。
「……なら隠して生きていけばいい。普段生活している分にはそこを見られるなんてことはない。その烙印を見られない限り、奴隷であることは隠し通せるはずだ」
俺はそれ以上少女の裸体を見ないよう、体を半回転させて商店の出入り口へと歩みを進める。
これ以上喋っていると情が移ってしまいそうだ。
いくらここの店主が憎くなったとはいえ、殺してしまってはやっている事に変わりがなくなってしまう。
次の商店にもいかなければならないし、ここに長居するのはよろしくないだろう。
「あの……」
「お前達も早く逃げろ。外の世界は残酷かもしれないが、ここで飼われているよりずっといい。ここでの扱いに耐えられたお前達なら、きっと外の世界でも上手くやっていけるだろう。お前達が二度と奴隷にならない事を願う」
そう言い残して俺は商店を出る。
後をつけてくる者達もいたが、建物の陰に入って
残酷な事をしているかもしれないが、俺にできる事はこれ以上ないのだ。
奴隷から解放された者達がこれから先どうなるのかは分からない。
上手く生活できるかもしれないし、逆に奴隷に戻る者もいるかもしれない。
俺が奴隷から解放したせいで、スラムに落ちて死んでいく者もいるのかもしれない。
希望を持っていた奴隷達は、外の世界の厳しさに絶望してしまうかもしれない。
マイナス方向にばかり考えがいってしまうが、俺はその思考を振り払う。
俺がしている事は正しいはずだ。
奴隷制が間違っている事は、その制度が淘汰された俺達の歴史が証明している。
奴隷から解放される事で一方的な扱いを受ける事もなくなり、人として本来の生活を取り戻せる。
俺はそのきっかけを作っているのだ。
現に、囚われていた奴隷の半分以上はすぐに逃げ出している。
それは、奴隷から解放されたいという願いがあったからこその行動のはずだ。
俺がしている事は正しいはずだ。
俺は次の奴隷商店に向かう。
他の店の情報は店主から聞き出しているが、もし誤情報を掴まされていたらもう一度危機に戻ればいい。
あの気弱そうな店主が嘘をついているとは思えないが、二度目なら正直に話してくれるだろう。
「次だ」
俺は自らを信じ、正しい事をしていると自分に言い聞かせながら、次の商店へと駆けていく。
日が昇る時間になり、俺は旅館に戻ってきていた。
あの後、三つの奴隷商店を潰して回り、解放した奴隷は100人以上に達した。
そんな数の奴隷がいる事には驚いたが、それはこの国がそれだけ奴隷に依存しているという事だ。
俺が個人で動いた所で何も変わらず、また新たな奴隷が生まれるだけなのだろう。
だからといって、俺に動かないという選択肢はない。
奴隷を解放していく事で変わる事もきっとある。
それがいい方向に向かってくれる事を信じて、俺はこれからも奴隷商店を潰していくだけだ。
俺は寝間着に着替えてベッドに倒れ込む。
軽い仮眠を取ったとはいえ、コーヒーもなしにほぼ二日の徹夜は体に響く。
雨で濡れた体も風呂で流したいが、今はそんな気力もない。
奏たちには悪いが、今日の所はこのまま寝かせて貰おう。
俺は羊皮紙に「自由行動」と書いて枕元に置いておく。
これで奏は間違いなく気が付いてくれるはずだ。
きっと俺の事も起こす事なく勝手に行動してくれるだろう。
明日も夜は動き詰めになる。
今日は怪我をする事もなかったが、疲れていては判断ミスでどうなるか分からない。
昼はゆっくりと眠り、明日も奏達に気付かれないよう行動しなければ。
そんな事を思いつつ、俺は意識を失うように瞼を閉じた。
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