第21話 強襲
「……寝たか」
オスマンに素材を受け取ってもらい、ターニャにも渡してもらえるようお願いした日の夜。
夕食も取ってまったりとし、ベッドに入って全員が寝静まった頃に俺は起き出した。
奏はルーナに抱き着いて幸せそうに眠っており、リアもソルテも俺が起きたことに気付いた様子はない。
俺は四人に気付かれないようにバルコニーへと出る。
いまだに雨は降り続いており、外を出歩く者は一人もいない。
物音を消してくれる雨は、隠密行動するにはうってつけの天候と言えるだろう。
俺は事前に皆の目を盗んで買っておいた衣装と仮面に身を包む。
変装すれば誰かに気付かれる可能性も薄くなるだろう。
監視カメラもない、顔認証もない世界だ。
特定する事は不可能なはず。
「行こう」
俺は雨の中、奴隷を解放するために動き出す。
俺が始めに向かったのは、ソルテとルーナが売られていた奴隷商店だった。
その二階建ての商店を建物の陰から窺うと、店の前には二人の冒険者らしき男達が雑談しながら警備をしていた。
警備がないことを期待したが、そうはうまくいかないらしい。
『ヴェーラ。あの二人を無力化する。魔法は任せたぞ』
『イエス、マイマスター』
俺は二人の前までゆっくりと歩みを進めた。
警備の二人は俺の登場に雑談をやめ、不審げな表情をして俺を警戒している。
俺はそんな警戒している二人の前に立ち、棒立ちして話しかける。
「中に入れてもらえないか?店主に用があるんだ」
「店主は就寝中だ。用があるなら朝になってからにしてもらおうか」
「それは困る。日中に奴隷を解放することは出来ないからな」
俺は仮面越しから二人の瞳を覗き込む。
「貴様、それはいったいどういう事だ」
『
俺の体を掴もうとしてきた二人だが、ヴェーラが魔法を唱えると二人は動作の途中で完全静止する。
精神干渉は、俺の瞳を見た者の動きを完全に止める事の出来る魔法だ。
見られていなければ効果はないが、顔を合わせれば自然と瞳は視界に入るため、仮面越しでもこの魔法は効力を発揮する。
声を発することもできないので、大声を出して仲間を呼ぶこともできない。
「悪いな。少ししたら魔法は解いてやる」
俺はそんな二人の間を通り、扉に手をかけて開こうとする。
しかし、中で閂が刺さっているのか、鍵穴がないが扉は開こうとしない。
『
カタリ、と音を立てて何かが落ちる音が聞こえてくる。
以前、奏を怒らせて締め出された際に習得したこの魔法。
やはり魔法はいろいろと習得しておいて損はないようだ。
足音を殺して店の中に入ると、檻へ閉じ込められた男女の奴隷達が薄い毛布にくるまって就寝していた。
物音に敏感な奴隷もいるようで、俺に気付いた奴隷が何人か怯えながらこちらを見ている。
「助けてやるからな」
今逃げさせては、ここにいる奴隷を全員解放する前に店主に気付かれるかもしれない。
奥にも奴隷がいる可能性も考えて、俺はとりあえず店内を通過し、競売人がハンマーを叩いていた裏にある扉へと入っていく。
予想通り、その扉の先にも奴隷はいた。
ただ、こちらは表と違い身ぐるみを剥がされた奴隷が多く、躾の後と思われる無数の生傷が多く見受けられる。
人としての扱いを受けていないのは見るからに明らかだ。
その事に怒りを覚えつつ、俺は商店の一階部分をくまなく見て回る。
奴隷は表と裏の二か所に閉じ込められているらしく、店主は存在しない事から二階にいる事が予想される。
店内に見張りはおらず、奴隷以外の物音もしない。
二階に上がるとまたしても奴隷の檻が置かれていたが、こちらは全て女しかおらず、全員が何も着ることなく檻に閉じ込められていた。
綺麗目の女しかいない事から、ここの店主がいい様に奴隷を扱っているのだろう。
去り際の一言も下種い物であったし、そういった事をしていても不思議ではない。
ルーナもされていたのだから、ここの店主は相当な事を女奴隷に強いているのだろう。
この空間には檻の先の扉しかない。
おそらく、あの先の部屋のどこかに店主がいるはずだ。
俺はその扉を目指して歩みを進める。
『マスター!後ろに敵が!』
ヴェーラの慌てた声がするのと同時に背後から鈍い衝撃を受け、俺は前に押し出されながら床に倒れ込む。
「おいおい、表の二人は何をしてるんだ。こうもあっさりと侵入者を許すなんてアホなのか?こんな変なマスク被った奴にやられたとしたら、とんだお笑いものだな」
距離を詰めるように床を踏みしめる音が聞こえてくる。
不意をつけた事で余裕があるのか、男は俺に語りかけてくる。
「にーちゃんかねーちゃんか知らないが残念だったな。奴隷を狙ってくる盗人は山ほどいるんだ。お前みたいな間抜けはこうして捕まって、新たな奴隷として調教される。これからお前の人生はどん底に落ちるんだ。哀れだなぁ?」
「何事だ!?」
ドタドタと前の扉が開かれ、ここの店主と思われる人物が姿を現した。
さすがに男が騒ぎ立てれば店主も起きて様子を見に来ざるを得なかったのだろう。
「ご主人。新たな奴隷の入荷ですぜ。どうやったかは知りませんが、表の二人を潜り抜けてのご入店だ。男でもそれなりに値段はつくでしょう」
「盗人か。警備が表の二人だけと見て油断しおったな。そんなわけないのに馬鹿な奴だ。おい、その変な仮面を取ってやれ」
「その前に、追加報酬はいただけるんですよね?もしいただけないのならこのまま逃がしても構いませんが」
「ふん、追加報酬なんて安い物だ。くれてやるからさっさとその仮面を剥がして確認させろ」
「へへっ。了解」
店主の言葉に男が俺の傍まで寄ってくる。
このままでは仮面を剥がされて終わりだろう。
だが、ここで正体がばれるわけにはいかない。
「俺は奴隷になる気はさらさらない。二人共、その場を動かないでもらおう」
「「っ!?」」
俺は
二人の目には俺が瞬間移動をしたようにしか見えないだろうが、瞬間跳躍はそういった魔法だ。
補助魔法が下に見られているこの世界で、この魔法を認知している者は少ないはず。
『マスター、遊び過ぎです。わざと攻撃を食らうような事は、お願いですのでしないでくださいませ。マスターの傷つく姿は見たくありません』
『悪い。だがこれで店主をおびき出すことが出来た。作戦が上手くいったんだから許してくれ』
表の二人以外に警備の者がいる事は
敵対の人物は赤で表示されるため、ちょろちょろと動く赤色の点が一つあれば嫌でも気付く。
それでも男を放置したのは、店主を完全におびき出すためだ。
寝ているという事もあってか、店主の色は青色で特定探索に表示されていた。
マップ上では奴隷と店主の区別がつかなかったため、あえて男に捕まろうとする事でその店主をおびきだしたのだ。
ヴェーラには無駄な心配をかけてしまったし、後で何か穴埋めでもしたいと思う。
心の中にいるヴェーラに対し、何が穴埋めになるか分からないが。
『マスターのお声を聴けるだけで十分です。いつものように、私とお話ししてくださいませ』
……話をするだけでいいなんて安い奴だな。
「くっ!たかが一人、他の冒険者を呼べばどうとでもなる!」
店主は身を翻して奥の部屋に駆け込もうとする。
こういった時のため、すぐに冒険者を呼べるように手筈は整っているのだろう。
だが、それをされると面倒だ。
俺は
銃弾はやけに硬い音と共に扉を貫通し、奥でガラスが割れるような音が聞こえてきた。
撃ち抜かれた扉を見て店主は立ち止まり、恐怖を顔に浮かべながらこちらに振り向いた。
「お前らの常識で物を考えない方がいい。俺は一瞬でお前らの命を刈り取ることが出来る。死にたくなければ二人共地面に伏せ、降伏してもらおうか」
俺の言葉に男はすぐに地面に突っ伏した。
その光景を見て、店主は慌てたように冒険者を怒鳴りちらす。
「おい!こっちは正当な報酬を払っているんだ!お前が戦わずにどうする!」
「はっ。ご主人には見えてないのか?その扉には鉄板が仕込んであるみたいだが、こいつはそれすら破壊したんだぞ。何をしたのかもわからないのに抵抗するのは自殺行為だぜ。命が惜しいならご主人も降伏した方がいい」
男は冒険者として危機察知能力はあるようだ。
それにしてもあの扉には鉄板が入っていたのか。
危機察知能力だけでなく状況把握能力もあるなんて、言葉遣いとは裏腹に優秀そうな冒険者だ。
「うぐっ……」
そう簡単に納得がいかないのか、店主は呻いているだけで行動を起こそうとはしない。
ここで降伏したら殺されると思っているのか、奴隷を連れ去られる事を危惧しているのか。
まあ動かないならそれでいい。
相手は俺を完全に視界に入れているし、魔法を使えばいい話だ。
『精神干渉』
魔法を行使した事で店主はその場から動けなくなる。
声も出せず、身動きもできなくなった店主の顔が絶望に染まっていく。
商店にこれ以上の脅威は存在しない。
後はこの冒険者を無力化すれば終わりだ。
そうすればこの焦点を自由に動き回ることが出来る。
「さあ、奴隷を解放してもらおうか」
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