第20話 謁見
エレフセリアの首都・メトロポリスに存在する国家中枢司令部、通称NCHの応接室。
高級家具に囲まれたこの空間で、フェルティナはある人物を待っていた。
「すまない、遅れたな」
「お久しぶりですフィオレンツァ閣下。お元気そうで何よりですわ」
フェルティナは部屋に入ってきた人物に対し、深く頭を下げる。
入ってきたのは身長150cmにも満たない非常に小柄で勝気な少女だった。
緩やかなウェーブのかかった金髪をたなびかせ、少し大きな耳が特徴のハーフエルフ。
エレフセリアの国家首元、フィオレンツァ・エレフセリア・ラザラスと合議するため、フェルティナは謁見を事前に申請していたのだ。
「そっちもな。さて、面倒な話は早く片付けよう。まずは税制の話だったか」
「相変わらずさっぱりされておられますわね。もう少し近状報告などを交えてもいいのでは?」
「重要な事を先に片づけておかないと落ち着かないんだ私は。それは知っているだろう」
「そうでしたわね。では先に案件を潰していきましょう。提案のあった増税の話ですが……」
席に着いたフィオレンツァに書類を渡し、国家間のやり取りを始めるフェルティナ。
その内容は多岐に渡るが、その中で最も取り上げられたのは魔王軍に関する話題だ。
「ここの所、国境沿いでは魔王軍の侵攻が著しく、我が国でも一進一退の攻防を繰り広げております。つい先日、砦の一つが陥落し、数年ぶりに前線を下げる事になってしまいました。捨て砦なので問題はありませんが、この噂は
「そちらも余り状況はよくないようだな。こちらは何とか前線を維持できているものの、流れの魔物が数を増してきている。冒険者がこぞって討伐してくれているからいいものの、このままだと国民に影響が出てしまいそうで恐ろしい。それに伴い、エレフセリアでは防衛費の増額が決定した。これで多少は現状も変わってくれる事を期待している」
「羨ましい話ですわ。そちらに支援している事もあり、こちらは財政がかつかつで防衛費をそれほど増額できませんの。少しそちらの商人をアトランティスに誘引してくれませんこと?」
「ははは。相当する代わりの物を用意できるのなら声はかけようが、人に代わる物などこの世には存在しない。それに、声をかけたとしても、自由を売りにしているこの国の商人は動かんだろう。まあ、獣人を手酷く嫌うお前さんには人材の重要性など分からんだろうがな」
笑いながら鋭い視線を送るフィオレンツァ。
フェルティナの獣人嫌いは国を超えて知れ渡っている。
その事を引き合いに出してフェルティナを揶揄しているのだ。
「そうですわね。人がいなければ国は立ち行かない。その国民を蔑ろにしてきた私が要求できる事ではなかったかもしれませんわ」
「……ん?お前、何か変わったか?」
フェルティナの発言に違和感を持ったフィオレンツァ。
獣人を差別する言葉が帰ってこなかった事に違和感を持ったのだろう。
その違和感を探るように、フィオレンツァはフェルティナに問いかける。
「今はまだ変わってはおりませんわ。獣人の事は苦手ですし、触れるのもままなりません。でも、そのままではいけないと気付かせてくれたお方がおりますの。その方のため、私は変わろうとしているのですわ」
「……ほう、面白そうな話だな。詳しく聞かせて貰おうか?」
「失礼ですが遠慮させていただきますわ。その方は私にとってはとても重要なお方。閣下に誘惑されて取られてしまっては嫉妬で気が狂ってしまいますわ」
人物の開示を笑顔で棄却するフェルティナ。
しかし、その発言の裏には隠された意図が存在していた。
もしその人物を取ろうものなら、気が狂ってこの国と断交、もしくは敵対する事も考えるとフェルティナは暗喩しているのだ。
エレフセリアは三つの国の中で最も魔王領に近く、国境の接する面積も広い。
その事もあり、エレフセリアは二国から多額の支援金を受けているが、どちらか一つでも欠ければ国の存続が危うくなる。
もし断交という事になればその支援金もなくなり、魔王軍に対抗する策を取れなくなって国は崩壊するのだ。
フェルティナにその決定権はないと分かっていても、そのような思想が生まれる事はエレフセリアにとってよろしくない。
「それは残念だ。ではフェルティナ第三王女が話をしてくれるまで気長に待つとしよう。さて、もう時間も差し迫っているな。今日はこれぐらいにしておこうか」
その意図を完全に読み取ったフィオレンツァは笑いながら話を打ち切る。
「そうですわね。次は三日後でしたか?」
「ああ、夜会の次の日だな。本来なら王女を待たせるべきではないんだが、こちらも忙しくてな。今日まで接見出来なかった事は大目に見てくれ」
「閣下がお忙しい事は重々承知しておりますわ。私のために時間を取っていただけるというだけでありがたい事ですの」
「第三王女様にそう言っていただけるとありがたい話だ」
「失礼いたします」
フィオレンツァがそういうと、応接室の扉がノックされて一人の官僚が入ってきた。
官僚は書類を持っており、フィオレンツァに急ぎの用があるようだ。
「なんだ。今は謁見中だぞ」
「申し訳ありません。至急ご確認いただきたい書類がございまして」
「構いませんわ。ちょうど話も終わった事ですし、私はお暇させていただく事に致します。閣下、ではまた夜会にてお会いいたしましょう」
「そうか、すまないな」
フェルティナは立ち上がり、応接室を出ようとする。
しかし、扉をくぐる前に立ち止まり、振り返って忘れていた、というようにフィオレンツァに顔を向けた。
「ああ、閣下に一つだけ報告をさせていただく事がありましたわ。ここへ来る道中、亜種と遭遇しましたの。ですがご安心ください。亜種の方は討伐させていただきました。ですのでこの国に来ることはございませんわ」
「何?こちらではそのような報告は入っていない。アトランティスではそんな事態が起こっていたのか。それにしても随分と上手く討伐した物だな。逃げられる事もなく、こちらに支援要請が来る事もなく討伐するなんて」
フェルティナの報告にやや眉を顰めて探りを入れるフィオレンツァ。
亜種の討伐は時間がかかるという認識があり、通常なら他国に支援を要請する案件である。
それがなかった事に、フィオレンツァはそれが狂言なのか真実なのかどうかを見極める事が出来ずにいた。
それが真実ならばそれだけの軍備が整っているという事、それが狂言ならば国が弱体化しているという裏付けになる。
「私の国は心強い方々が支えてくださっていますので。では失礼いたしますわ」
フィオレンツァが嘘か誠か理解する間もなく、フェルティナはそう言い残して応接室を後にした。
その意図を見抜けなかった事に、フィオレンツァは機嫌を悪くする。
フェルティナに深く頭を下げてそれを見送った官僚はフィオレンツァの前まで行き、手に持った書類を渡す。
「本日までにご確認いただきたい書類です。内容は書かれている通りに」
「その前に一つ聞きたい。今の王女の発言、お前はどう思った」
「捨て置いてよろしいかと。真実でも虚言でも、我が国が軍備を拡張すれば済む話。防衛費を拡大した今、お悩みになる事はないかと思います」
「そうだな。そんな些末な事に振り回される事もないか」
些末な事と切り捨て、フィオレンツァは渡された書類に目を通す。
そしてその書類を見ていくうちに、表情に浮かべていた不機嫌さが消えていった。
「……ほう。カジノを潰した人物が特定できたのか」
目を通した書類には、カジノが取り潰されるまでに至った経緯と、その中心人物についての情報が記載されていた。
国でも有数のカジノが経営出来なくなり、その理由を調べさせていた結果が届いたのだ。
「はい。対象者は現在コンフォタブルに宿泊している冒険者となっております。パーティー名はノーネームで、リーダーは西条渉という男のようです」
「西条渉……名を聞くにアトラスの人間か?」
「いえ、出自は不明ですが、どうやらアトランティスの貴族のようです」
「貴族?貴族で冒険者なんてとんだ物好きがいたもんだな。金に物を言わせて潰しにかかる辺りは実に貴族っぽい。だが、面白い奴だ」
「この街の住人は噂に敏感ですが、これだけの大金を賭けなければ噂も広まらず、このカジノは潰れなかったでしょう。そこを見越してやったのならば流石と言わざるを得ません」
「この国の風潮にドンピシャだ。引き抜きは難しいかもしれないが、接触してみるのはありかもしれないな」
「では明後日の夜会の招待状を送りますか?」
「そうしよう。間に合うか?」
「間に合わせましょう。閣下からの招待状ならば応じる事でしょう」
「内容は任せる。カジノを潰すほどの人材だ。絶対に逃すなよ?」
フィオレンツァは笑みを深くし、官僚に書類を押し付けて立ち上がる。
「明後日が楽しみだ」
そんな言葉を残しつつ、二人は応接室を後にした。
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