第19話 亜種の話と飲み会の時の話
適当な店で昼食を取り、俺達はオスマンの借りているという
集合住宅はアパートのような物で、オスマン達の寝泊まりしている集合住宅は、簡素ながらも非常に大きかった。
冒険者150人近くを収容しなければならないので、大きくなければ意味がないのだろう。
中に入るとエントランスがちゃんとあり、集合住宅というよりホテルという方が正しいかもしれない。
「ここなら誰の邪魔も入らない上どんな話でもできる。では本題に入るとしよう」
俺達はエントランスの休憩スペースに腰を下ろし、オスマンとテーブルを囲んでいた。
ただ、ルーナは未だにオスマンの事が怖いらしく、仕方なく俺の膝の上に乗せて宥めながらの対談だ。
「お前達は知らないようだが、亜種の討伐はギルドに報告していない。その理由は二つ。市民の不安を煽らないため、そして面倒事を避けるためだ」
「面倒事ですか?」
奏はその理由に首を傾げる。
市民の不安を煽らないというのは分かるが、討伐されたのだから不安も何もないように思える。
それに、討伐して起こる面倒事というのも大雑把過ぎてよく分からない。
「面倒事というのは、まあ簡単に言ってしまえば勧誘だ。強力な冒険者がいる国というのはそれだけで影響力がある。冒険者の多くは魔物を狩るのを生業としているが、魔物を狩るという事はその国で魔物の恐怖に怯える必要が少なくなる事に繋がる。それを求めて移住者が増えれば街としては嬉しい事だろう。それゆえに、どこの国も強力な冒険者を呼び入れようと躍起になるのだ」
「そういう事か。確かにギルドへ報告すると少し面倒な事になりそうだ」
冒険者が重視されているこの街でその報告をすれば、ギルドはこの街へ移住させようと手を打ってくるかもしれない。
昼夜問わず勧誘が来ると考えると、それだけでノイローゼになる事は必至だ。
せっかく来たこの街を、自由に出歩く事も出来ずに終わってしまうだろう。
それはもったいない。
「それに加え、冒険を共にしていると俺も忘れそうになるがお前達は貴族だ。事情は知らんが、親衛隊からも絶対に面倒事は起こすなと言われている。だから、亜種の素材を売るならアトランティスに戻ってからにして欲しいとの事だ。素材が出回った時点で、亜種を討伐した事を説明しないといけなくなるからな」
「危ない所でした。ちょうど素材をギルドに売ろうとしていた所なんです。オスマンさんがいてくれなかったら大変な事になっていましたね」
「面倒事回避」
あのまま亜種の素材を売っていたら旅館に缶詰にされるところだったようだ。
そうなる前に知れてよかったと思う反面、先に伝えておいて欲しかったと思ってしまった。
ただ、俺達はこの街に来てすぐ街に繰り出して話を聞かなかったという事もあるし、伝える暇もなかったという事だろう。
何はともあれ、素材はアトランティスに着くまで売るのはお預けという事だ。
「ならこの素材は向こうに着いてから渡した方がいいか? 忘れそうだし、出来るなら今渡しておきたいんだが」
そう言って俺は革手袋をし、
亜種の外殻は未だに瘴気を孕んでいるが、人体に影響するような毒性は消え去っている。
解体して分かったが、体内にある毒袋がなければ亜種は毒を発しないらしい。
そんな禍々しい素材を見てルーナが小さな悲鳴を上げたが、俺はルーナの頭を撫でて安心させる。
オスマンはというと、その素材を目の前に息を飲み、険しい表情をして俺を見る。
「お前は本当にそれでいいのか? 正直な話、この素材は破片だけでも金貨一枚はくだらないだろう。それに、一度手を離れてしまっては取り戻す事も難しい代物だ。そんなものを何もしていない俺達が受け取っていいのか?」
「この素材も解体を手伝ってくれなければなかった物だ。それに、持っていても使い道がないからな。装備も整っているし、金もそんなに欲しているわけじゃない。なら、必要としている者に渡すのが一番のはずだ」
「全て自分の物にしてしまってもいいというのに欲がないんだな。いや、欲ではなくて底抜けのお人好しなのか。奴隷に首輪もつけずに歩き回るなんて、逃げてくださいと言っているようなものだぞ」
「人を縛るのは好きじゃない。それに、俺は二人を奴隷じゃなく仲間だと思っている。勘違いしないでくれ」
俺はルーナの狼身をモフモフしながらオスマンに注意する。
経緯はどうであれ、二人が大切な仲間であることには変わりない。
大切な仲間を奴隷呼ばわりされる事には、俺も少し不快感を持ってしまう。
「そうか。渉がそういうなら俺もそのように接しよう。改めてよろしく頼む。ソルテと……」
オスマンはルーナの顔を見て言葉が止まる。
そういえばルーナの自己紹介はしていなかったな。
「怖くないから大丈夫だ。もし怖い事をされたら俺が懲らしめてやるから、ちゃんと自己紹介するんだぞ」
「酷い言われようだな」
俺がルーナを持ち上げて体勢を整えると、オスマンは苦笑しながらそう口にする。
見た目のいかつさがなければ、俺もこんなことは言わなかっただろうな。
「る、ルーナなのです。よろしくお願いしますなのです……」
やはり少し怖いのか、ルーナは頭を下げて身を縮こまらせながらもちゃんと挨拶をした。
そんな小動物的な仕草に可愛いと思ってしまったが、これでもルーナは怖がっているのだ。
俺は怖がりながらも挨拶できたルーナをわっさわっさと撫で回した。
「ルーナか。俺の名前はオスマンだ。気軽にオスマンと呼んでくれ」
「よろしくお願いします、オスマン様」
「別に敬称なんて必要ないぞ。自分の話しやすいように喋ってくれ」
「えっと……」
ソルテが俺を窺うようにこちらを見てくる。
オスマンがいいと言っているのだか気にする事もないだろう。
俺が頷くと、ソルテは少し戸惑いながらも喋り方を変えた。
「じゃあよろしくするわ。オスマンさん」
「お、お願いするのです」
ルーナはまだ怯えているようだが、ソルテはそんな事ないようで安心した。
ルーナももう少し普通に接する事が出来るようにしないといけないな。
そう思いながら俺は再びルーナの狼耳を堪能する。
奏とリアの視線がだんだんと痛くなってきているが、膝に乗っているとどうしても撫で回したくなるのだから許して欲しい。
「二人共渉とはまだそんなに暮らしていないだろうから、俺がいくつか面白い話をしてやろう。もしかしたら気味悪くなるかもしれんがな」
「おい、何を吹き込むつもりだ」
俺は笑いながら口走ろうとするオスマンに少し焦りを覚える。
気味悪がられるような事は何もしていないはずだが、ある事無い事吹き込まれては俺の信用にかかわってくる。
「いや、飲んだ時の渉が痛快でな。こいつは飲むと特定の人物に絡み付く習性があるんだ。その時の渉といったら普段からは想像がつかない程に甘々だったんだが、渉を知ってもらうにはいい話だとは思わんか?」
「ちょっと待て……全然覚えてないぞ……」
そんな恥ずかしい事を他人の目がある時にやるなんて考えられない。
しかも甘々とは、いったい俺は飲みの席でいったい何をしていたんだ。
「私も全く覚えていませんが、その話は気になります!誰にくっついていたんですか!?」
「言っておくが奏も同じだったからな?」
「えっ?」
奏が俺と同じように体を硬直させる。
俺だけではなく、奏も何かやらかしてしまっているらしい。
「三人は一緒のベッドで寝ると言っていたが、あの後渉も含めて本当に一緒に寝たのか?」
「ちょっと待て!本当にそんな事言っていたのか!?」
リアの猫耳を堪能しながら眠りにつきたいと思った事は幾度となくあるが、それは表には出さないよう気を付けてきたはずだ。
そんな倫理的にアウトな事を俺は表に出してしまっていたのか!?
「うん。少し三人で寝て、二人が寝た頃にそれぞれのベッドに移した。寝てても二人共引っ付いてきて大変だった」
「リア!言わなくていいです!恥ずかしいのでやめてください!」
奏が慌ててリアを止めに入る。
リアが普通に反応している辺り、オスマンは全く嘘を言っていない事になる。
そんな恥ずかしい事を俺達はあの席でやってしまっていたのか。
「なんだか面白そうな話ね。もう少し詳しく聞きたいわ」
「ご主人様、言ってくだされば私はいつでも一緒に寝ますよ……?」
「やめてくれ!これ以上俺を追いつめないでくれ!」
興味津々のソルテに一緒に寝る事を提案してくるルーナ。
このままオスマンに話を続けられたらどうなるか分かったものじゃない!
「ははは!まだまだ話はあるぞ!存分に話をしてやろうじゃないか!」
俺と奏はオスマンの話に身悶えながら、ソルテとルーナとの仲を少しだけ深めたのだった。
……深められたよな?
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