第17話 日記を考察します
「なんだこれは……」
「戦争……兵器……?」
日誌を読み終え、俺と奏の頭には疑念が渦を巻いていた。
タイトル通り、この日記は科学者による日記だ。
だが、その内容が俺達に衝撃を与えている。
「戦争。でもこの大陸の事じゃなさそう」
「妄想でも書き綴っているんじゃないの?ニュークリアなんちゃらとか、NS決戦兵器とか聞いたことないわよ?」
「……内容の趣旨が理解できませんね。何を目的として古文書が残っているのでしょうか」
「少し怖いのです……」
朗読を聞いていた4人がそれぞれの感想を抱く。
この大陸にすむ4人には理解できないだろうが、日本から来た俺達にはその日誌の殆どの意味が読み解けてしまう。
「すまないが奏とリア以外、席を外してくれないか?」
俺は3人に部屋を出て行ってもらうようお願いする。
この話は3人に知られる訳にはいかない内容を孕んでいる。
この話を掘り下げるには、俺達の出自を知っているリアだけしか参加させる事が出来ないからだ。
「……何やら深い事情がおありのようですね。分かりました。私は退席させていただきます。しかし、古文書の方は丁寧に扱ってください」
「私たちもお邪魔みたいね。行くわよ、ルーナ」
「はいなのです」
3人は状況を察してくれたようで、キーラに続いて部屋を出て行ってくれた。
これで心置きなくこの古文書について話し合うことが出来る。
「よし、じゃあまずは状況整理に分かっている事を上げていこう。まずこの古文書。これは科学者による日記である事は確定だ。そしてその内容も、俺達は大半が理解できる」
「科学者って、神奈みたいな人が書いたって事でいいの?」
「その認識で合っている。俺達が使っている銃なんかを開発したりする者、それが科学者だ。それでこの中に書かれている物は、その開発途中の日記って事だな」
神奈も似たようなものを書いていれば、おそらくこんな感じの日記になるのだろう。
だが、それが分かったところで、この日記の疑問点は紐解く事は出来ない。
「ここに書かれている言語。これは私たちの国でも使われる事のある非常にポピュラーな物です。兄さんが読み解けたのも、過去に私たちがこの言語を学んでいたという事が大きいでしょう」
「学んでた?ならこの古文書は渉たちの国の物なの?」
リアの疑問に対し、俺もそうではないかと考えたが、それは読む前から否定されている。
「いや、それだけは絶対にない。この古文書の損傷具合は数年で片付けられるようなものではないからだ。これはキーラの言っていた通り、この大陸に古くからある古文書のはずだ」
「つまり、この古文書を考えるにあたって、私たちの国から持ち込まれたという考え方は捨てていいという事ですね」
奏の言葉に俺は頷く。
数年前に出現したアトランティスに、古くからあると言われている古文書が日本、ないし外国から持ち込まれたと言われると、完全に時系列が合わなくなってしまう。
その線は捨てて構わないはずだ。
だが、それにしてはやけに符合する点が見つかってしまうのが、この古文書を読み解くのに厄介な点である。
「問題はこの内容だ。まずこの皇記という点。これはかつて日本が使用していた記年法であると考えられる。そうなると、なぜか俺達の歴史と重なる点が出てくるんだ」
「日本の記年法ですか?」
記年法が分からないのか、奏はそれに疑問を持ったようだ。
日本の記年法は第二次世界大戦終戦であまり使われなくなった。
歴史に興味がない限り、基本的には知る事のない年の数え方だろう。
「ああ。西暦はキリスト起源を元にしているが、皇記の始まりはそれの紀元前660年を軸としている。つまり、この日記の皇記から660年を差し引いたのが西暦となるが……」
「……まさか、第三次世界大戦の始まりと?」
「そう。合致するんだ」
俺の抱えていた謎に気が付いた奏が、深く考え込むような仕草を取った。
ありえないと思えるような事だが、この日記にはそのありえない事が描かれている。
俺達の歴史と合致するのに、この日記は俺達の歴史より遥か昔に存在していたという事になるのだ。
「渉。大戦って何?」
状況が呑み込めないのか、リアがそんな問いを投げかけてくる。
そういえばリアは俺達が日本から来たことは知っているが、歴史について詳しく話したことはなかったな。
「俺達の世界では西暦2044年に大きな戦争があったんだ。その年に660を足すと、2704年。つまりこの日誌に書かれている皇記と一緒になる。つまり、この日記には、俺達の経験した戦争と同じようなものが書かれているんだ」
「なら、この日記は渉たちの経験したっていう戦争と同じ事が書かれてるの?」
「いえ。年号は一致するのですが、書かれている事に差異はあります。兵器として出てきている
「よく分からないけど、渉たちの歴史とは違うって事でいいの?」
「そう思ってくれて構わない。構わないんだが、やけに符合する点があるのが気になるところだな……」
兵器という面で、この科学者の日記は俺達の歴史の物ではないことは分かる。
だが、戦争の開始された年、核戦争へと発展した日付、それらは俺達に何かを語り掛けているようにしか思えないのだ。
「私たちの歴史では戦争開始が2044年。核が使われ始めたのは翌年の8月6日。そして、戦争の終結が翌年の3月末……少々偶然にしては出来過ぎているように思えます」
「それに加えてこの搔き消されたような文字。3つとも同じ単語ではなさそうだが、少なくとも2つは同一の単語のように思える」
「それは世界を作り替えることが出来るとありますが、本当にそんな事が可能なんでしょうか?」
俺もそこが一番引っかかっていた。
世界を作り替える科学力とはいったい何なのか。
それに、種を滅亡させ、作り替えるとはいったい何を指すのか。
「普通に考えればあり得ない事だ。だが、小型のブラックホールを作り出して兵器転用したと書いてある。俺達の想像を遥かに超える科学力があると考えると、もしかしたら可能なのかもしれない」
俺達の常識では考えられないが、俺達の常識外にいるこの科学者ならそれを成し得たのかもしれない。
そうなると、この大陸には世界を変える力が既に存在する事になる。
「もしかしたらアテナはこの事を言っていたのか?」
魔法の源。
魔法という存在はこの科学力の延長線上のもの?
魔物という存在。
魔物はこの科学力によって生み出された突然変異種?
アトランティスに各国が攻め入る事が出来なかった理由。
攻め入ることが出来なかったのは、この大陸をその科学が守っているから?
そう考えれば腑に落ちる点はあるが、それだけではまだ謎は残っている。
この大陸が戦時中にどうして出現したのかという事。
この大陸はいったいどこから現れたのかという事。
遥か昔に科学力があったにもかかわらず、その科学力がここまで落ちた理由。
それに加え、やけに符合する年代とこの英語で綴られた日記。
今は廃れたはずの皇記を使用している点。
日記の最期が掠れきって読めなくなっているのも気になる。
いったいこの科学者の身に何が起こったというのだろうか。
考えれば考えるほどに泥沼へ嵌まっていくような感覚。
この日記は世界の秘密を探るために必要な情報が書き記されているが、どれも核心を突くようなものではない。
核心を突きそうなのは、掻き消されたようなこの文字。
これを読むことが出来れば掘り下げる事もできそうだが、現状ではそれも不可能だ。
「考えても埒があきませんね……」
「訳が分からない」
「そうだな……秘密に一歩近づいて、二歩ぐらい下がった感じがする」
アテナの謎に上乗せするよう積み重なった謎。
アテナの提示した謎には仮の答えは出たものの、その答えも合っているか分からない。
とはいえ、俺達が何か重要な手掛かりを掴んだのは事実だ。
謎自体は増えてしまったが、間違いなく世界の秘密には近づいている。
「だが、この古文書が読み解けたのは大きい。この大陸では遥か昔、大戦のような大きな出来事があった事は分かった。それはきっと、この世界の謎を読み解く重要な手掛かりになるはずだ」
「そうですね。これを素直に読めば、第三次大戦を通して科学力が衰えたのでは、と考える事が出来ます。アテナ教の歴史も、もしかしたらこの大戦に当て嵌まっているのかもしれません。手掛かりは以前に比べて段違いに増えましたね」
そうか、この日記の歴史だけでなく、アテナ教の歴史と照らし合わせても何か見つかるのかもしれないのか。
そう考えると思考の幅は格段に上昇しそうだな。
「よし。話し合いはこれぐらいにして戻ろうか。あまり待たせすぎるのもよくないからな」
「ですね。現状把握できただけで十分そうです」
「じゃあ神殿は終わり?」
「そうだな。神殿を出て散策かギルドに行ってみる事にするか」
まだ日は南中していないし、飯を食ってからどうするか決めようと思う。
どうせすぐに分かる事なんてないのだ。
ゆっくり、地道にやっていけばいいだろう。
神殿にあった古文書を読み解いた俺達は一旦謎を保留しつつ、外で待っている三人を呼び戻しに行くのだった。
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