scientist’s diary

皇記2704年・5月3日


 第三次大戦が開始されたらしい。

 世情に疎い私からしてみればどうでもいい事だが、新たな兵器開発をと国の役人から要求されている。


 私はこの国などどうでもいい。

 研究さえできていればそれだけでいいが、研究費を上乗せされると言われてしまえば仕方ない。

 今行なっている実験が最終段階に入った所だが、この実験には莫大な費用がかかる。


 前々から考案していた核融合ニュークリアフュージョンを用いたブラックホールの生成を、兵器に組み込めないか考えてやろう。


 面倒な話だが、これも私の研究のためだ。


 私の悲願である世界が作り出される日も近い。




皇記2704年・11月27日


 仮名『重力の特異点ニュークリアシュバルツシルト』が完成した。

 NS決戦兵器と名付けられたこの兵器は、水爆などとは比べ物にならない脅威を生み出すことが出来るだろう。


 水爆は放射能を撒き散らして甚大な被害を与えるが、NS決戦兵器は「全てを消し去る」事が出来るのだ。

 人がいた痕跡も、そこに住む人々も、そこにあったはずの大地すら、ありとあらゆるものを巻き込み、なかった事にされる。


 つまり、小さなブラックホールの兵器運用に成功したのだ。


 この兵器を用いれば、敵国に多大なる被害を与えることが出来るだろう。


 長期的被害を鑑みれば水爆の方が優秀だ。

 放射能の洗浄には莫大な費用と時間がかかる。

 今の技術で言うと、一年分の税収と大体5~6年ぐらいか。

 敵国の国庫を圧迫する事、人民に多大な被害を与えるという点において、NS決戦兵器は水爆には遠く及ばない。


 だが、NS決戦兵器は超々短期的にその国へ多大なる被害を与えることが出来る。

 落とされた地域の住民と国土の消失は、国の存続を危うくさせるのだ。


 国というものは人と土地がなければ成立しない。

 その根本を根こそぎ消し去るのが、NS決戦兵器の最大の特徴だ。


 さらに、一瞬で全てを消し去るNS決戦兵器は非常に人道的な兵器と言えるだろう。

 巻き込まれた時点で全てが消え去ってしまうのだから、人民は苦痛もなくこの世から消え去ることが出来る。

 それが人道的と言えずして、どんな兵器が人道的と言えるのだろうか。


 人道的であり、かつ他国を根本から破壊する事の出来る兵器。


 なんと素晴らしい兵器を開発してしまったのだろうか。


 これにより戦争はまた大きく変わる。

 新たな兵器を前に人々が戦々恐々とし、ひれ伏す姿が浮かんでくるようだ!


 我を恐れよ!

 我を崇めよ!


 さすれば汝らに苦痛なき幸福を与えようぞ!


 ……

 ……少し興奮しすぎたようだ。


 ここのところずっと徹夜だったためか、どうも精神が高ぶってしまっているようだ。

 今日のところはゆっくりと寝て、再び私の研究に力を入れる事にしよう。

 予算も増えたし、当分は研究に没頭できる。


 もう少し、もう少しで完成するのだから。




皇記2705年・8月6日


 私の研究室に国の役人が来て、本日より核戦争が開始されたとの報告があった。


 それを私に伝えて何がしたいというのだろうか。

 私に責任を擦り付けるために来たのだとしたら、それは見当違いというものだ。


 私は人民が死のうと生きようと知った事ではない。

 私はただ、自分の研究に没頭するだけ。

 その環境さえ整っていれば何の問題もないのだ。


 幸いこの研究室は海底の地下に埋没された核シェルターに存在する。

 ステルス性もあり脱出の経路も整っているため、ここを襲撃されたとしても何の問題もない。

 ここが見つかる事など、万が一にもあり得ないがな。


 私の研究もあと一歩の所まで近づいてきている。


 私の夢が、実現しようとしている。




皇記2705年・12月24日


 NS決戦兵器が使用されたとの報告を受けた。

 その被害はやはり甚大なもので、各国は新たな兵器の登場に戦々恐々としているようだ。


 そんなものは当然だ。

 私が作った兵器なのだから、恐れおののいてもらわなければ困る。


 すでに量産化は完了しており、降伏を申し出ない国には嵐のようにNS決戦兵器を投入していくらしい。

 あまりやり過ぎると世界の資源がなくなるぞ、と言ってやりたかったが、そんなものは俺に関係ないと思い放置した。


 資源なんて『核』が一つあれば十分だ。

 後はどうとでもなる。


 そんな事よりも、明日は待ちに待った最終実験を行なう日だ。


 現状で出来る限りの事は尽くした。

 明日の実験で、その成果が現れるはず。


 これほどまでに明日が待ち遠しいと思えたのは初めてだ。


 早く明日にならないものだろうか……。




皇記2705年・12月25日


 実験は失敗だ。


 製造過程で暴走を起こし、研究室が一つ消えてしまった。

 やはり『核』を操るのは難しいという事か。


 命からがら逃げ延びたものの、成果が出なかったことに私の心は疲れ切っていた。


 しかし、今回の失敗からいくつか学んだこともある。

 それをフィードバックさせていけば、いつかは辿り着けるはずだ。


 落ち込んでいる暇などない。

 他にも研究室は用意している。


 この失敗を糧に、私はまだまだ進まなければならない。


 神はまだ、私に新たな世界を見せてはくれないようだ。




皇記2706年3月--日


 ははっ、はははははっ!

 ついに私は成し遂げた!


 幾度とない失敗の末、私はようやく成し遂げたのだ!


 念願だった世界!

 この世の全てを構成する物を操る術を、私はとうとう生み出したのだ!


 これがあれば世界は大きく変わる!

 これがあれば世界を変える事だってできる!


 今もなお続いている戦争だって一瞬にして終わらせることも可能だ!

 この―――― ―――――neがあればどんな世界だって作ることが出来る!


 N――― ―――――――など目じゃない!

 今ある種を滅亡させる事も!

 新たに種を作り出す事も!


 この時を以って世界は生まれ変わる!

 ―――― ――――――eが世界を変えるのだ!


 どれほど待ち望んだろうか!

 どれほどこの時を夢見ただろうか!


 私は…………せ……かい………を……………


 し……い…………ち…………ら……を………………


 ………………

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