第15話 兄さんの決意

「に、兄さん?大丈夫ですか?」

「凄い隈。寝てないの?」

「少し考え事しててな」


 起きてきた奏とリアに心配され、自分が酷い顔をしていると気付いた翌朝。


 一晩中悩み続けた結果、俺は一つの結論に達した。

 奴隷商店を一つずつ潰していく事にしたのだ。


 この世界は変えられないが、現状から奴隷達を解放することはできる。

 解放した後の事に責任は持てないが、奴隷として飼われ続けるよりはいいはずだ。


 正しいかどうかは分からない。

 助けておいて見捨てる事が正しいとは思えない。

 だが、動かなければ何も変わらないのだ。


 だから、俺は奴隷を解放するために動こうと決意した。


 だが、俺がしようとしている事は非常に危険な事だ。

 奴隷を解放するという事は、その奴隷を売っている商店を敵に回すという事。

 商店も冒険者を雇い、大切な商品を失わないために万全を期しているはずだ。

 そうなると、奴隷を解放するのに戦闘となる事は避けられないだろう。


 それに、この件は間違いなく人の闇に触れる事になる。

 ここにいる四人を巻き込むわけには絶対にいかない。

 やるなら俺一人で、何かあった時に四人が被害に遭わないように動かなければ。


「ご主人様、やっぱりお辛いのですか?今からでも私が」

「心配するな。俺は平気だから」


 俺はルーナの言葉へかぶせるように頭を撫でる。

 こういうルーナの意識も変えていきたいが、これは時間をかけていくしか方法はないだろう。


「寝た方がいいんじゃない?徹夜は体に毒よ」

「いや、問題ない。それより今日は神殿に行きたいと思っているんだが、ルーナとソルテはどうする?」


 心配してくれているソルテにそう返しつつ、俺は二人に問いかける。

 日中は人も多く、解放するために動くのは難しいため、行動するのは夜の方がいい。

 皆に気付かれないためにも、日中は普通に行動しようと思う。


「私はご主人様についていくのです」

「私もついていくしかないんでしょう。奴隷なんだから」

「別に自由に行動してくれていいんだぞ?」

「別にやることもないしいいわよ。それに、神殿までの道のりは知ってるの?」

「……奏が知っていると思うぞ」

「リアにお任せです」

「渉が何とかしてくれる」

「誰も知らないんじゃない……」


 ソルテがため息をつきながら呆れたように俺達を見る。

 神殿の場所は行きがけに尋ねながら辿り着ければと思っていたし、初めての街なので知らなくても仕方ないだろう。


「なら私が案内するわ。朝食を食べたら出発でいいのかしら?」

「そうしようか。ソルテが案内してくれるなら安心できるな」

「頼りないご主人様ね……」


 そう言いながらソルテはクレアを呼び出し、朝食を用意するよう頼んでくれる。

 自然とご主人様といっていたが、多少俺達に心を許してくれたのではないかと思う。

 嬉しい事だ。


「兄さん、ちょっと」


 奏に呼び出され、俺は三人から少し離れて密談する。


「ルーナから話は聞きました。今までさせられていた事とか、その……兄さんとしようとしていた事とか」


 複雑そうな表情を浮かべる奏。

 どうやら昨日の夜にルーナを任せた時、何をさせられてきたのかを聞いたらしい。

 俺が一人になりたがった理由も察しがついているだろう。


「あまり叱らないでやってくれ。ルーナは今まで強要されていた事をしようとしただけで、きっと自分の意思じゃないんだ」

「それは分かっているので安心してください。私も誰彼構わず嚙みつくような人間ではありませんから。ちゃんとあの後フォローして一緒に寝ました。狼耳もモフモフで最高です」


 むしろその一言でルーナの身を心配しなければいけなくなった。

 ルーナが食べられないよう、逆に見張っておかないといけないかもしれない。


「私が心配しているのは兄さんの方です。私には兄さんが何かを抱え込もうとしているように見えます。それはルーナの事ですか?それとも別の何かですか?」


 何かを見透かすような瞳に、俺は一瞬言葉が詰まった。

 さすが妹というべきか、隠そうとしてもその気配を敏感に察知してくる。


「ルーナの事を深く考えすぎただけだ。気にするな」


 俺は奏の頭を撫でて誤魔化す。


 この件で奏を巻き込むわけにはいかない。

 俺一人で動くと決めたのだ。

 ここで悟られるわけにはいかない。


「……あまり抱え込み過ぎないでくださいね。一人で出来る事なんてたかが知れています。私たちをもっと頼って、絶対に無理はしないでください。妹の私に隠し事なんて嫌ですよ?」

「心配かけさせて悪かったな」


 そう奏に言うと、ちょうどクレアが料理を運んできてくれたので話題を打ち切る。


 奏には悪いが、妹だからこそ巻き込むわけにはいかないのだ。


 嫌われるのは嫌だなあと思いつつ、俺は皆と一緒に朝食を取るのだった。

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