第13話 ひとまず納得してくれましたかね?

「私を買ってくださりありがとうなのです。これからよろしくお願いするのです」

「分かった、分かったから頭を上げてくれ。見ていて気分のいいものじゃないんだ……」


 服を買い旅館に戻った俺達は、獣人の少女、ルーナに平伏をされ続け途方に暮れていた。

 何を言っても頭を上げようとしてくれない頑なな態度に、俺も奏もどうしたものかと頭を抱えている。


「奴隷は従順になるまで暴行される。この子もそうされたんだと思う。だから頭を上げさせるなら命令するしかない」

「命令っていうのは相手を従わせているようであまりしたくないんだよな……」


 奴隷は従順でなければならない、それを体に叩き込まれているという事なのだろう。

 だが、リアの言うように命令というものはあまりしたくない。


 俺はルーナの元に寄っていき、優しく語りかける。


「大丈夫だ。ここには暴力を振るう奴なんていない。みんな優しい奴らばかりだ。だから安心してくれ」

「……」


 しかし、ルーナは顔を全く上げようとしない。

 優しくされた後に殴られたことがあるのだろうか。

 そうなるとルーナの警戒も仕方ない事だ。


「っ!」


 俺はルーナの説得を諦め、横腹を持って持ち上げる。

 突然の行動にルーナは体を震わせるが、抵抗をしないのはその躾がそれほどまでに酷いものだったからなのか。


 俺はそのままソファに身を落とし、ルーナを膝の上に乗せて大きな狼耳を撫でまわす。


「俺達は酷い事をするつもりはないから。ゆっくり慣れてくれればいい」


 びくびくと体を震わせているが、これで痛い事はしないと分かってもらえたらと思う。

 少し怯えているようだし、ルーナの事を詳しく聞くのはもう少し慣れてからにしよう。


「やりますね兄さん。優しく接しつつ柔らかモフモフな狼耳を堪能するとは。策士です」

「否定はしない。リアの猫耳もいいが、ルーナの狼耳もなかなかなものだ」


 立派な狼耳は触り心地抜群で、重量感のあるその耳に惚れてしまいそうなぐらいだ。

 猫耳もいいが、狼耳も素晴らしいものだ。


「ソルテも警戒するのは分かるが、俺は何もする気はない。だからこっちに来て会話に加わってくれないか?」


 狼耳を堪能しつつ、俺は部屋の隅でこちらの様子を窺っているソルテに話しかける。

 傷は奏によって治療されて今は健康体だが、商店を出てから俺は警戒されて近寄ろうともされていないのだ。


「……私を買ってどうするつもりよ」


 俺を睨みつけるように見てくるソルテ。

 その気持ちは分かるが、こうも離れられているとまともに会話もできない。

 せっかく用意した紅茶も冷めてしまうし、どうせなら会話に加わってもらいたいのだ。


「何度も言っているが、俺はどうするつもりもない。が、あの後いったい何があったのか聞かせてくれ。言いたくなかったらそれでもいい。ただ、こうなってしまった経緯を知りたいんだ」

「……別にいいわよ。どうせ私の人生はここで終わりなんだから」


 そんなネガティブな発言の後、あの後何があったのかソルテは語ってくれた。


 要約するとこうだ。


 控室に連れていかれた後、あの管理人は辺りに八つ当たりをし、その手がソルテまで伸びたそうだ。

 それから逃げ出したはいいものの追手に捕まり、一日の間暴行を受け続けたらしい。


 気絶したら叩き起こされ、寝る事も許されず一日中ずっと。


 それでとりあえずは気が収まったのか、最後の腹いせとしてソルテはあの商人に売り飛ばされたそうだ。

 そこでも再び暴行を受け、精神がやられたところであのオークションに出品させられた。


 それを俺が見つけ出し、今に至るとの事だ。


 それを話す時のソルテの体は小刻みに震えており、どれだけ苦痛だったのかが如実に表れている。


 苦痛を味合わせてしまったのは、やはり俺のした事が原因だった。

 それを聞いている俺もあの行いが間違いだったと認識し、心が締め付けられる。


 だが、今更それを嘆いてもこの事実は変わらない。

 俺は顔を上げ、真っ直ぐにソルテを見つめて発言する。


「こうなってしまったのは俺の行動のせいだ。だから、ソルテが前までの生活が出来るまで、俺にできる限りの事はさせてもらう」

「なら、私が今すぐ解放しろって言ったらさせてくれるのかしら?」

「それも自由にしてくれて構わない。だが、出来る事なら俺にサポートさせてもらいたいんだ。自分勝手で悪いが、俺にソルテを苦しませた事への贖罪をさせて欲しい」

「それを信じろっていうの?」

「信じてもらえなくても構わない。むしろ、俺を利用するだけしていなくなってくれてもいい。もう一度ディーラーとして働きたいのなら、今すぐに開放しよう。俺はソルテの意思に従う。ソルテはどうしたい?」


 俺が問いかけるとソルテは俯き、暗い表情を浮かべて言葉を吐き出す。


「……一度失った信頼は取り戻せないのよ。カジノの世界は狭い。私が腕を磨いてきた物が発揮されるカジノで働く事はもう出来ないの。それに、私が奴隷に落ちた事はもうこの街には広まっているはず。私はもうこの街で活動することもできないわ」

「なら俺達についてきてくれると嬉しい。幸い俺達はアトランティスに本拠を構えている。そこでならカジノで活動することもできるだろう」

「言ったでしょう、カジノの世界は狭いって。それは国をまたいでも変わらないわ。それに、私は故郷に仕送りをするために働かなくちゃいけない。カジノぐらい稼げる職なんて、今の私には不可能よ」


 ソルテは俯きながらそう呟く。

 立派な事に、ソルテは仕送りをするために働いているらしい。

 カジノで働いていたのだから、相当な額を稼いでいたはずだ。

 

「カジノではどれぐらい稼いでいたんだ?」

「月で銀貨15枚」


 この大陸の月収は大体銀貨で5、6枚だという。

 それを考えると相当稼いでいたようだ。


 だが、幸いな事にミアからは毎月奏と合わせて金貨一枚が渡されている。

 そのうちの半分を渡せば丁度それぐらいになるから支払う事は出来るだろう。


「なら屋敷で家事手伝いをしてくれればそれだけ出す。心配しなくてもいい」

「……渉は奴隷を何だと思っているの?」


 ソルテからそんな疑問が飛んでくる。


 確かに、俺の提案する待遇は奴隷とはかけ離れているものである。

 しかし、俺は奴隷にするためにソルテを買ったわけではない。


 ソルテに対する贖罪。


 この一点に尽きるから、俺はソルテが想像しているような無給でこき使うなんて事は考えていない。


「奴隷はなくなればいい制度だと思っている。奴隷制は人の尊厳を踏みにじる悪しき風習だからな。奴隷として買ったからといって、俺は奴隷のような扱いは絶対にしない。勿論二人共な」

「……変な奴」


 ルーナの頭を撫で回す俺を見て多少は気を許してくれたのか、ソルテはちょこんと一人がけの椅子に座って紅茶を飲み始める。


 初めは慣れないかもしれないが、数日も経てば俺達との接し方も分かってくるだろう。


 償いきれるかどうかは分からないが、ソルテの負った心の傷が少しでも軽くなればと思うのだった。

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