第11話 再会です

 神殿に古文書があると知った翌日。


 俺達は再びメトロポリスの街に繰り出していた。

 神殿はいつでも行けるという事なので、とりあえずもう少し街を見て回ろうという話になったのだ。


「朝だというのに凄い賑わいですね」

「昼とは違った屋台もいっぱいある。おいしそう」

「朝市のようなものか。こうもいろいろとあると目移りするな」


 街は相変わらず活気に溢れており、朝の眠気を吹き飛ばしてくれるほどの熱気に包まれていた。

 店の品ぞろえも生鮮食品が多いようで、一昨日は見られなかった牛乳の屋台なんてものもある。


 冷蔵庫のないこの大陸では、牛乳という物はあまり出回らない。

 大抵はチーズなどに加工されるのだが、その場で牛乳を提供する物は初めてだ。


「牛乳おいしい」

「リアは牛乳好きなんですか?」

「好き。でも飲み過ぎるとお腹が痛くなる」


 リアが屋台で牛乳を購入し、ちょびちょびと飲みながら笑みを浮かべる。


 飲み過ぎると腹を壊すなんて本当に猫みたいだな、と微笑ましくなりながら、俺達は店にちょっかいをかけながら、屋台でいろいろつまみつつ街を歩く。

 この街は誘惑が多く、こうも買い食いをしていると昼はいらなくなりそうだ。


「それにしても本当にいい街ですね。獣人ものびのびとしていますし、皆楽しそうです」

「皆やりたい事やってる感じがする。だから雰囲気も楽しい」

「向こうと違って自由に商売ができるみたいだからな。その代わり揉め事も多そうだが、そこも冒険者を使って上手く何とかしている。よくできた街だ」


 道中で何度か揉め事も遭遇したが、冒険者らしき人物が上手く事を収めているのは目撃している。


 商売で金を稼ぎ、何か揉め事があれば冒険者へ、そうして稼いだ金は羽振りよくこの街で使われる。

 経済が回っているという事は、それだけ自分にも金が巡ってくるチャンスなのだ。

 それを求めこの街を訪れる者も増え、その者達もこの街の経済に貢献する。


 上手く経済が循環しているおかげで、この街はこれだけ発展しているのだろう。


「あのカジノ、営業してない」


 リアの目線の先に目を向けると、一昨日俺達がイカサマを暴いたカジノがあった。

 そのカジノの扉は固く閉ざされ、リアの言う通り店を開いていないようだった。


「成功すれば稼げても、一つでも失敗してしまえばすぐに転落するという事なんですかね」

「実力と才能だけが物を言う街だからな。不正がばれた時点であの店は終わりだったんだろう。だがカジノは金だけは持っているし、また新店舗としてオープンするだろう。今度は不正なくやってもらいたいな」


 そうでなければあそこまでした意味がない。

 次の経営は心を入れ替え、客に正々堂々と勝負してもらいたいものだ。


「……?」


 俺達は街を歩いていると、大通りから一つ入った通りの店に人が集まっていた。

 どうやら店に入りたいようだが、そのキャパティシもオーバーしてしまっているようだ。


 銀貨何枚!とか言っているので、何やら競りが行なわれているのだろう。


「競りなんてあるんですね。どんなものが売られているんでしょうか」

「いってみるか」


 何が売られているのか見に行くが、その競りの対象を見て、俺と奏は顔を顰めてしまった。


「奴隷か……」

「こんな大っぴらに……」


 そこで行なわれていたのは奴隷の競りだった。

 鉄格子に囚われた、薄っぺらい布切れ一枚に身を包んだ男女の奴隷が店先には並べられている。


「ここはどんな商売も自由にできる。向こうじゃ隠れてやってるけど、こっちだとこれも普通」

「初めて見ますが、嫌な感じです……」


 奏の不快そうな視線は奴隷にではなく、その店事態に向けられたものだろう。


 奴隷制など廃れた国から来た俺達としては、強制的に人を従わせるなど倫理に反する。

 アクロポリスでも人攫いをして奴隷を売り出すという話があるが、そんな事をされるぐらいなら奴隷制を廃止してしまえと思ってしまう。


 奴隷なんていなくても世の中が回ることは分かっている。

 今すぐここにいる奴隷達を解放してあげたいが、解放した後の責任を俺は取る事が出来ないのだ。

 ここで開放しても俺が全員を養うなんてことは出来ないし、解放して終わりなんて無責任な事も俺にはできない。


 それに、生活苦を理由に身売りする者もいるという。

 そういった者からすれば金が入らなくなってしまう可能性もあるため、解放されても困るだろう。


 今ここで俺が出来る事は何もない。

 奴隷制が蔓延っている世界は変えてやりたいと思うが、今の俺にはどうすることもできないのだ。


 出来る事があるとすれば、フェルに諫言することぐらいか。

 次にフェルに遭った時、奴隷制をどうにかできないか伝えてみよう。


「行こう。今の俺達にできる事は何もない。いい雇い主に遭えることを願おう」


 奴隷がいる事は知っていたが、こうもおおやけにやられると気分が悪い。

 そして、その光景を目の当たりにして何もできない自分に無力さを覚えた。


「おい。あのエルフの女が流れてるって本当かよ」

「ああ。さっき一度中を覗いてきたが、あれは本物だぞ。あのカジノのディーラーだった」


 俺達がその場を立ち去ろうとすると、客の一部からそんな声が聞こえてきた。


 カジノのディーラーが奴隷に流れてきた?


 俺はその二人の話が気になり、足を止める。


「あのカジノ、もう営業出来ないだろう?昨日店を開けてまともな客は一人も入らなかったって話だ。店をそこまで追い込んだ腹いせに売られたんだろうな。体中傷だらけだったぜ」

「一番人気だったのに簡単に切り捨てられるなんてかわいそうな話だよな。しかも顔も知られてるから、この街の奴に買われたらもっと悲惨な事になりそうだ」


 その言葉を聞いて俺は焦心にあてられる。


 営業できなくなった店のディーラーで、エルフであった女性。

 俺はその人物に心当たりしかなかった。


「渉?どうしたの?」

「すまない。二人はここで待っていてくれ。すぐに戻る」

「あ!兄さん!」


 俺は二人にそう言い残し、俺は人込みをかき分け店内に入っていった。


 俺があの店を追い込んだせいで、あのディーラーが奴隷に落とされているかもしれない。

 俺のせいで不幸に落とされたものがいるかもしれない。


 そう思うと俺は焦燥感を覚えずにはいられなかった。


「通してくれ!」


 俺は人込みをかき分け、その人物の居場所を探る。

 そして、競売人の見える最前列まで移動した時、俺はようやくその人物を見つけることが出来た。


「ソルテ……」


 そこには、鉄格子に囲われ、痛々しいほどの傷を負ったカジノのディーラーの姿があった。

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