第10話 二日酔いです……

「頭いてぇ……」

「グラグラします……」


 オスマンとターニャ達との打ち上げの翌朝、俺と奏は初めての二日酔いに頭を悩ませていた。

 初めての酒だというのに飲み過ぎたという事なのだろう。


 宴会は非常に楽しかったが、二日酔いがここまで酷いものだとは想定していなかった。

 おかげで全然頭が回らず、二人で呻き続けるゾンビのような様相を呈している。


「水を飲む。とりあえず飲んでおけば、少しは楽になる」

「ありがとう……」


 俺と奏はリアから水を受け取り、ゆっくりとその水を口に運ぶ。

 吐き気がないのが救いか、アルコールを薄める意味でも、水は飲んでおいて損はないはずだ。


「回復魔法を使っても効果ないの?」

「それが全くないんです……お酒の知識がないせいで、二日酔いを治すイメージが湧かないんです……」

「回復魔法が効果あればよかったんだがな……」


 この苦痛がどれぐらいの時間続くか分からないが、すぐに収まる気配は全くない。

 今日一日はこの部屋から身動きできないだろうという予感がする。


「リアは好きに行動してくれていいぞ……俺達に付き合ってもらう事はないからな……せっかくの外国なんだから、街の散策でも依頼を受けに行くのでも好きにしてくれ……」

「嫌。渉たちと一緒にいる。一人でいても面白くない。どこか行くなら、渉たちと一緒がいい。だから、渉たちが動けるようになるまで一緒にいる」

「ふふ。リアは優しいですね……」


 俺達と一緒にいたいという嬉しい発言に、奏が弱弱しくリアの頭を撫でる。

 こんな状態の俺達でも一緒にいてくれるなんて、優しい仲間を持ったものだ。


 迷惑をかけないよう、この二日酔いも出来る限り早く回復したいものだ。




 リアが懸命に看病してくれたおかげで俺達は二日酔いを克服したが、完全に治ったのは日が落ちかけた頃だった。


 二日酔いで一日潰してしまうとは、非常にもったいない事をした。

 次からは酒を飲むときは気を付けようと心に決める。


「お加減もよろしくなったようで何よりです。ではご夕飯は普通にお出ししてもよろしいでしょうか?」

「ああ。いろいろ注文を付けてすまなかったな。」

「いえ、私はお客様の快適な生活をサポートさせていただくのが務め、何でもお申し付けくださいませ。では夕飯の方ご用意させていただきます」


 クレアはそう言って部屋を出ていった。


 クレアにも二日酔い中はよくして貰っており、風呂に入るといいだとかトマトジュースが効くなど、いろんなアドバイスをしてくれたのだ。

 昼が食べられないというと粥を作ってくれたし、二日酔いに効くという物は何でも用意してくれた。

 望んだ物は用意してくれる辺り、さすがは最高級旅館といったところだ。


 その後、普通に出されたワイバーンのステーキに驚きつつ満喫し、まったりと過ごしていた所。

 扉がコココココンっとすごい勢いでノックされ、俺達は何事かと扉の方を見やる。


「渉様!フェルです!扉を開けてくださいまし!」

「あ、ああ。フェルか」


 何かあったのだろうかと俺は扉を開けると、フェルが部屋に飛び込んでくるのと同時、俺はフェルに抱き着かれた。


「渉様!お体の方は大丈夫なのですか!?寝込まれていると聞きましたが、歩き回って本当に大丈夫なんですの!?」


 体をペタペタと触ってくるフェルに、俺はそっと距離を取りながら乾いた笑いを浮かべる。


「あ、ああ。大丈夫だ。ちょっと二日酔いでやられていただけだから心配するほどの事でもない。心配かけさせたみたいで悪かったな」

「そうですか。お酒で安心しましたわ。ですがもっと自分のお体をいたわってくださいまし。無理をしてもいいことなど一つもありませんわ」


 引いた身へさらに詰め寄り、スリスリと体を寄せてくるフェル。


 フェルはこんなに積極的な奴だったろうか。

 フェルのあまりの変わりように、俺は戸惑いを隠せないでいる。


「渉から離れる」


 俺が戸惑っているのを見て、リアがフェルの間に割って入ってくれる。

 獣人と仲良くすると言ってくれたフェルだが、未だに獣人の事が苦手なのか、リアが間に割って入ると身を竦めて距離を取る。


「ご、ごめんなさいですわ。まだ慣れていなくて……」

「いい。でも、渉は私たちの仲間だから。渉はあげない」

「そ、それとこれとは関係ありませんわ!渉様とお付き合いする方は渉様がお決めになる事!貴方に決められる事ではありませんわ!」

「では妹の私から言わせていただきます!付き合ってもいないのに兄さんとべたべたしないでください!いくら王女様でもそれだけは許せません!」


 奏も割って入り、フェルVS奏リアの構図が出来上がる。

 これは止めに入った方がいいのだろうか。


「それも渉様がお決めになる事ですわ!渉様、私にべたべたされるのはお嫌ですか?」

「嫌ってわけではないが……」

「ほら!渉様も嫌ってはおりませんわ!ならよろしいではありませんか!」

「兄さん!遠慮しないで言ってください!そうしないとこの王女様は一生分かりませんよ!」


 遠慮しているわけではないし、実は内心で嬉しいと思ってしまっているから否定しづらいのだが……。


 そんな感じで白熱する三人を宥めつつ、クレアにお茶を用意してもらって、何とか雑談できる形に持ち込むことが出来た。


 俺の向かいにフェルが一人、俺の両隣にリアと奏が座っている。


「昨日もお伺いしたのですが、打ち上げに行っておられたのですわね。こちらでの生活を楽しんでおられるようで何よりですわ」

「宿もすごくいいからな。でも本当に良かったのか?ここは俺達に不釣り合いな気がするが」

「そんなことはございませんわ。それに、この宿は私が勝手に手配したもの。渉様たちはお気になさらず、二週間お楽しみいただければ嬉しく思いますわ」

「そうか。それならいいんだが」


 普通に泊まったらどれぐらいかかるのか気になるが、聞いたら額に呑まれそうだからやめておこう。


「渉様たちはこちらで何かするご予定はおありですの?」

「まずは神殿に行きたいと思ってる。向こうでも神殿は綺麗だったからな。こっちの神殿がどんなものか気になってるんだ」

「神殿ですか。そういえばこちらの神殿には古文書があると聞いたことがありますわ。なんでも、いまだに解読されていない謎の古文書らしいですの。もし興味がおありでしたら紹介状を書かせていただきますわよ?」

「それは紹介状がないと読めないんですか?」

「ええ。一応神殿の宝という扱いになっているらしいですわ。他国ですので私の紹介状が使えるかどうかは分かりませんが、あっても損はないでしょう」

「それは助かるな。読める読めないは別として、どんな物かは凄い興味がある」

「では一筆書かせていただきますわ。羊皮紙はおありですか?」


 俺は次元収納ディメンションボックスを漁り、羊皮紙とペンを取り出してフェルに渡す。

 フェルはそれを受け取ると、慣れた手つきでさらさらと何かを書き、その紙をくるくると丸めて俺に渡してくる。


「これを神殿の管理者に見せれば対応も変わると思いますわ。向こうほどではないですが、こちらの神殿も立派だと聞きます。楽しんできてくださいまし」

「ありがとな、フェル」

「い、いえ、感謝など。渉様のためだったら私、なんでも致しますわ。私にできる事は何でもおっしゃってくださいまし」


 頬に手を当て、テレテレと頬を染めるフェル。

 初めの頃と随分対応が変わったなあと思いつつ、俺は羊皮紙を受け取った。


「そういえば神殿はどこにあるんですかね?アクロポリスだと街の中にありましたが、メトロポリスも街の中にあるんでしょうか」

「メトロポリスは少し街から外れたところにあると伺っておりますわ。なんでも岩石の中にあるとのことですが、行ったことがないので詳しい話は分かりませんわね」

「石の中に神殿」

「凄いところに建っているんだな」


 どんなものか想像もつかないが、アクロポリスのような神殿を期待することにしよう。


「フェルはこっちではずっと公務なのか?」

「そうですわね。昼は挨拶回りで夜は晩餐三昧。挨拶回りはいいのですけれど、晩餐は少し疲れますわ。食事も満足に取れませんし、何より媚びるのは性に合いませんの」

「食べられないのは辛い」

「リアはいっぱい食べますからね。でも、満足に食事をとれないとなるとフェルティナ様は今お腹がすいているのでは?」

「一応晩餐の前に食事をとっているので、そこまでお腹がすいているわけではありませんわ。それと、私の事はフェルとお呼びください。奏様もリア様も私の命の恩人なのですから」

「それでしたら、私も様付けはお控えいただきたいのですが……」

「いえ。これは私の中のけじめのようなものですの。助けていただいたリア様に私は酷いことを言い、奏様はそれを私に認識させていただけました。敬称をつける事で、その事を忘れないようにと思っております。お付き合いいただけると助かりますわ」

「そういう事ならば無理にとは言いませんが……」

「むずむずする」


 奏もリアも慣れていないのか、様付けされることに違和感を持っているようだ。

 俺も様付けはやめて貰いたかったが、そういう事なら我慢しようと思う。


「それにしても公務というのは大変ですね。昼も夜も拘束されてしまうなんて」

「そうですわね。ですがこれも必要な事。投げ出すわけにはまいりませんわ。ただ、つまらない話ばかりで飽き飽きしてしまうのも事実なのですわよね」


 うんざりとした様子でため息をつくフェル。


 国の偉い人相手に機嫌を損ねないよう会話をするというのは、はっきりとものを言うフェルからしたら苦痛なんだと思われる。

 言いたいことも言えないようではストレスも溜まっていくはずだ。

 うんざりするのもよく分かる。


「ですので、ぜひ皆様のお話を聞かせていただけませんか?政務の話より、皆様の冒険のお話の方が面白そうですの」


 うんざりした様子はどこへやら、目を輝かせて話をせびってくるフェル。

 こんな時まで仕事の話はしたくないという事なのだろう。


 ずっと政務の話を聞かされていたのなら、あまり関わる事のなかった冒険者の話は新鮮なはずだ。


「そうだな。じゃあ初めて別の村に任務へ行った時の話でもするか」


 俺達はフェルに今までの冒険の話をしながら、二日目の夜が過ぎていった。

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