第9話 逃亡
「はぁはぁ……」
「待てやソルテ!逃げるんじゃねぇ!」
「逃げ切れると思うんじゃねぇぞ!」
「先回りしろ!」
私は夜の帳が下りた暗い街の中、複数の追手から逃れるように駆け回っていた。
追手はこの街の冒険者、それも、荒事専門のカジノに雇われた者達である。
夢に破れた者達が夜逃げする事は、この街ではよくある事だ。
あいつらもそれを捕まえる事に特化しているため、私はその冒険者を振り切れずにいる。
「くっ、なんで私が……」
私はカジノ側に雇われ、カジノ側の望む通りに行動してきた。
イカサマは客からチップを巻き上げるために、カジノ側から指示を受け行なってきた事だ。
自分でいうのもなんだが私は手先が器用で、あのカジノの誰よりもイカサマが上手い。
私はディーラーになるためにカード捌きを特訓し、誰が見ても分からないと自負できるぐらいの技術を持っていたから当然だ。
その証拠に私が入ってからカジノの経営は安定し、私のおかげであのカジノは他の店にはないほどに稼げていたのだ。
私はカジノ側の言う通りに仕事をこなし、カジノ側に重宝されていたはずだった。
「渉……」
しかし、あの少年が現れたせいで、あのカジノは崩壊した。
少年の出来事の後、あのカジノで賭け事を行なう客はいなくなってしまったのだ。
金銭を賭ける場でイカサマが行なわれていたというのだから、客の信頼を失うのも当然の事だ。
信頼を前提に賭け事は行なわれる物であって、それがなくなってしまえば客は寄り付かなくなってしまうだろう。
つまり、あのカジノはもう二度と経営出来なくなってしまったという事だ。
イカサマをしていれば、いずれはこうなる事はカジノ側も予想できたはずだ。
もしそうなったら私もあのカジノを離れればと考えていたが、まさか自分がその火種になるなんて思ってもいなかった。
誰よりも完璧で、誰にもイカサマがばれた事がないこの私が。
「絶対に捕まるわけには……」
私が追われているのは、こうなった責任を私に押し付けるため。
カジノでイカサマがばれた時に行なわれるのは、憂さ晴らしの殺しか、奴隷として売り払って少しでも損失の補填を考えるか。
あの守銭奴の経営者なら、私は確実に奴隷に出されてしまうだろう。
そうして作った種銭でカジノを再建し、新たな店として再開させるはずだ。
それで私という存在は消え、表向き健全なカジノになったとアピールすることが出来る。
しかし、そんな奴のために私は捕まるわけにはいかない。
何が何でも逃げ延びて、奴隷となる未来を回避しなくては。
「っ」
「へへ、回り込み成功だなぁ?」
しかし、私は目の前に現れた冒険者を見て足を止めた。
さすが荒事専門なのか、私の行動はまるっきり読まれてしまっていたようだ。
後ろからは追手が二人、前にも二人。
脇道もない一本道で、鍛えられた冒険者からは逃げ出せないと感じてしまう。
「覚悟してもらおうか」
私は迫りくる冒険者に恐怖を覚える。
なんで私がこんな目に。
私は言われた通りやっていただけなのに、なんで私だけ。
これもそれも全部……。
「ゆっくり眠れ」
私の後頭部に衝撃が走った。
耐性のない私は、その衝撃に意識が混濁する。
薄れゆく意識の中、私は思った。
あの男がいなければ、私はこうならなかったのに、と。
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