第8話 宴会です!

「はぁ~、疲れたな。慣れない事はするもんじゃない」

「最後の方は完全に悪役でしたものね。観客からすれば正義のヒーローですが」

「でも、あれだけやったら向こうも懲りたはず。いい薬になったと思う」


 暮れ始めた夕焼けを眺めながら、俺達はメトロポリスの街を歩いていた。


 無骨な石造りの家は夕焼けを反射し、綺麗なオレンジ色に染まっている。

 まだまだ街は賑わっているが、昼のような活発さでなく、夜の落ち着いた様相へと移り変わっていた。


「でも本当に良かったの?いっぱい稼げたのに、換金は元の分だけで」


 リアが首を傾げながらそう問いかけてくる。


 あの後、俺達のチップは膨らみに膨らみ、元金の白金貨5枚が白金貨60枚分相当まで到達した。

 白金貨1枚で10年は暮らせるそうだが、あれを換金していれば単純計算で600年は悠々自適に生活できるという計算になる。


 だが、それも俺達には過ぎた金だ。


「あそこであの金額を請求していたら、あの管理人もどうなっていたか分からないからな。自殺されても目覚めが悪いし、これで懲りてくれれば俺としては十分だ。別に生活に困っているわけでもないからな」

「冒険者家業で稼いだお金だけでも、十分生活していけるだけ稼いでいますからね」

「渉がいいならいい」


 リアは頷きながら納得の仕草をする。

 換金は別にいいのだが、俺は一つだけ引っかかっていた。


 それはミアに持たされた白金貨についてだ。

 いくら旅が不安だからといって、白金貨5枚はあまりに大きすぎる金額だ。


 元が貴族という事もあってか、ミアの金銭感覚は少しずれているような気がする。

 これは帰ったら注意しないといけないなと、密かに心に決めるのだった。


「渉く~ん~!」


 俺達が冒険者ギルドの前に差し掛かった辺りで、前方から俺の名を呼ぶ声が聞こえる。

 約束していた打ち上げに参加するため、オスマン達と合流しようと冒険者ギルドの前まで来たのだが、どうやら待たせてしまったらしい。


 俺を呼んでいた声の主はターニャで、まわりには誰もいないようだ。


「すまない、待たせたか」

「待ったわよ~。もう皆店にいるわから早く行きましょ~」


 ふにゅん、と柔らかいものが腕に押し付けられて先を促される。


「また!兄さんに絡みつくのはやめてください!」


 そしていつものように奏に引っぺがされ、俺達はワイワイと騒ぎ立てながら店へと向かう。


「おお!来たか渉!皆!我らが勇者様のお出ましだ!盛大に出迎えてやれ!」


 店に入った途端、俺は酒なようなものを浴びせられ、歓声と共に盛大過ぎる歓迎を受けた。

 それを先導したオスマン自身も服はびしょびしょで、打ち上げというより祝勝会の様相を呈している。

 中二階まである店内は今回参加した冒険者で溢れかえっており、どの冒険者も出来上がっているようだ。


「随分と楽しんでいるみたいだな」


 手洗い歓迎に呆然としながら俺はオスマンのいる席に歩み寄る。


 酒のシャワーを回避した奏とリアは、ターニャに連れられて話し込んでいた

 もう出来上がっているのかオスマンの顔は真っ赤で、酒が入ってテンションが上がっているのが窺える。


「ようやくひと段落着いたんだ。休む時は休む、飲む時は飲む!これが冒険者の醍醐味だろう!」

「依頼中は宴会なんてする余裕もなかったからな。俺は酒を飲んだことがないから分からんが、普通はそういうものか」


 この国に年齢制限がないという事は知っていたが、特に機会がなかったため飲んだこともない。

 ちょっとした興味はあったんだけれども。


「それはもったいない!ならこれを機会に酒を覚える事だ!今日は俺の奢りだ!じゃんじゃん飲んでくれ!」


 ドン!とビールの入ったジョッキが俺の目の前に置かれる。

 駆けつけ一杯という事なのだろうが、俺は飲めるのだろうか。


「皆!もう一度乾杯だ!」


 オスマンの一言で全員がグラスを手に取る。

 奏もリアもグラスを押し付けられたのだろう、俺も渡されたグラスを持つ。


「どうせならここは渉から一言貰おうか。合図は任せたぞ」


 俺はオスマンに乾杯の音頭を任されてしまう。

 一言というが、長々しいのもよくないだろう。


「皆のおかげで無事に生き残る事が出来た。ここにいる冒険者に、深く感謝する。今日は思う存分宴会を楽しもう!乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」


 グラスをぶつけ合い、俺達の打ち上げが始まった。

 それと同時に俺と奏とリアの三人の元に多くの冒険者が詰めかけてくる。


「渉!亜種討伐の話を聞かせてくれ!どうやってあの魔物を討伐したんだ!?」

「奏様!あんな高度な回復魔法を使える方を始めてみました!どんな訓練をすればあんな魔法を使うことが出来るんですか!?」

「リアも亜種を討伐できるなんてさすがだな!S級昇進もあるんじゃないか?」


 その勢いに気後れするが、俺達を慕ってくれているのはその態度から明らかだ。


 アクロポリス前では歓迎されてない様子だったが、獣人であるリアも巻き込んでいる辺り、皆に認められたという事なのだろう。

 それはとても嬉しい事だ。


「まぁまみんな落ち着け。渉は酒も入ってないんだ。もっと慣らしてから話は聞こうじゃないか。さあ渉。初めての酒を飲んでみろ」


 オスマンが周りを宥め、俺に酒を飲むよう促してくる。


「あ、うまい」


 俺は一ビールを煽ると、口の中にコーヒーとは違った苦みが広がった。


 だが、これも悪くない。


 のど越しもいいし、初めての酒は非常においしいと感じた、


「どうやらいけるようだな。ではみんなで飲みまくろうではないか!まだまだ宴は始まったばかりだ!」


 オスマンの一言で周りが湧く。


 既に顔は真っ赤な奴らばかりだが、まだまだ皆いけるらしい。


 初めての酒だし、あまり飲み過ぎないように注意しないといけないなと思いながら、俺は皆と打ち上げを楽しむ。




「ビールだけじゃなくワインもあるのか」

「ああ。ワインもなかなかうまいもんだゾ。飲んだことがないなら飲む?」

「じゃあ少し貰おうかな」

「ん!このビールおいしいです!」

「それはシャンディガフです。ジンジャーと割っているからビールより飲みやすいと思います」

「これなら何杯でもいけそうです!」

「おいしい」

「リアちゃんはいっぱい食べるわね~。あ、こっちも食べる~?」

「貰う」




「そうして俺は亜種をバッタバッタとなぎ倒していって」

「そんなに亜種がいたら国が滅ぶわ!」

「うへへ~、やわらかいです~」

「あらあら~。奏ちゃんから来るなんて珍しいわね~」

「おかわり」

「やばい。積み上げた皿が倒れそうだ」






「で、この有様か」

「ちょ~っとみんなで飲ませ過ぎたかしらね~」


 俺はターニャと共に、三人の姿を見て苦笑を浮かべる。

 そこには、獣人であるリアに引っ付き全く離れる様子のない、顔が真っ赤な渉と奏の姿があった。


「あぁ、リアは可愛いなあ~」

「本当です~。食べちゃいたいぐらい可愛いですね~」

「二人共くすぐったい。やめる」


 リアは言葉では嫌がっているものの、二人の行動を止めようとはしない。


「リアのいいにおいがします~。これ大好きです~」

「猫耳もやーっこくていいなぁ。俺も大好きだぞ~」

「ん。私も二人のこと好き」


 二人にもみくちゃにされながらも受け入れているところを見ると、リアもそのことが嬉しいのだろう。


 仲がいいのはけっこうな事だが、残念ながらもう閉店時間が近づいてきている。

 水を差したくはないが、これ以上は宿の方でやってもらうことにしよう。


「三人とも、少しいいか?」

「うちのリアは渡さんぞ!」

「私たちのリアに何をする気ですか!」


 ふかーっとこちらを威嚇してくる二人。

 こういうところは本当に兄妹らしい。


「リアには何もしないから安心しろ。もうそろそろ閉店になるから、その事を伝えに来ただけだ」

「嫌です。私たちはずーっとリアと一緒にここで暮らすんです」

「ずっと一緒だぞリア~」


 さらにリアを強く抱きしめる二人に、俺はポリポリと頭をかく。


 吐きもしないから大丈夫だと思っていたが、やはり少々飲ませ過ぎたようだ。

 特定の人物への絡み酒は生まれて初めてだ。


「二人共。帰ったらふかふかのベッドが待ってる」

「ベッド……」

「ふかふか…」

「だから帰って三人で一緒に寝よ?」

「三人で……」

「一緒に……」


 リアが説得すると、二人はリアから離れてゆっくりと立ち上がった。

 どうやら帰る気になってくれたようだ。


「二人は私が連れて帰る」

「一人で大丈夫~?よければ私も付き添うわよ~?」

「大丈夫。二人はここにいる人達を手伝ってあげて」


 ここには渉と奏の他にも酔いつぶれた者が大勢いる。

 リアはそいつらの看病をしてあげてくれと言っているのだ。


 こっちは非常に助かるのだが、本当に大丈夫だろうか。


「いや、やっぱり送っていこう。俺が付き添いを」

「リアに近づくな!」

「離れてください!」


 少し歩み寄っただけで二人に牽制された。

 これは俺がいると余計な面倒事を増やしてしまうかもしれない。


「こんな調子だから、私だけの方がいいと思う」

「そうみたいだな。じゃあすまないがよろしく頼む」

「うん。打ち上げ楽しかった。ありがと」

「なに。こっちこそ楽しかった。また誘わせてもらう」


 リアは別れを告げ、二人に引っ付かれながら店を出ていった。

 普段あのような二人を見ることがなかったから少し驚きだ。

 次に会った時はからかってやろう。


「じゃあ私達も頑張りましょうか~」

「そうだな」


 俺達は店内で酔いつぶれている者達を介抱するため、動き始めた。

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