第6話 新たなイカサマです……

『マスター。相手の警戒心が完全に解けました』

『ああ。躊躇なくイカサマを使うようになってきたな。こっちの資金も少し減っているし、完全に勝負を仕掛けてきている』


 俺は少しずつ削られてきているチップを見てそう判断する。

 相手がイカサマを遠慮なく使っているという事は、俺達がイカサマの証拠を掴んでいないと認識したからだろう。


 なら、勝負を仕掛けるタイミングはここしかない。


 それぞれの前にカードが二枚配られる。

 リアの手元には5、俺の手元には19、奏の手元には7が渡っている。

 ソルテの手は10。勝負しにくいと思える手札だ。


『リア、奏。ここから勝負を仕掛ける。ここからは三人で協力だ』

『了解』

『分かりました』


 俺はスタンド、奏がヒットで17となり、リアがヒットで11という最高の形が仕上がった。


「もう一枚ヒットする」

「どうぞ」


 リアの手元に裏向きのカードが渡る。


『ヴェーラ。数字は?』

『10です。ブラックジャック成立となります』

『ちなみにソルテは?』

『絵札が一枚と9。つまり19です。ソルテの手持ちにはAが一枚しかありませんので、リア様の勝利が確定しております』

『いいタイミングでブラックジャックを挟んでくれたな。リア、少し悩んだふりをして俺達にチップを要求してくれ。それを全部ベットに乗せて荒らしにかかるぞ』

『分かった』


 リアは指示通り、うんうんと悩んだふりをする。


「……渉、奏。チップが欲しい」

「勝てるのか?」

「……多分勝てる。勘だけど」

「まあその手ならいけない事もない、か。分かった。赤チップを全部渡そう」

「ですね。その手なら私も問題ないと思います」

「っ」


 俺と奏がリアに赤チップを全て渡すと、リアはそのチップをベッティングサークルに乗せた。

 このカジノに上限は設けられていない。


 今日一番の大賭けに観客は沸き立つが、ソルテだけはその表情を僅かに曇らせていた。

 ソルテもこのタイミングで仕掛けてこられるなど考えていなかったのだろう。


 だが、もう配り終えてしまっている以上、リアの手は変えられない。


「10。ブラックジャック」


 オープンしたリアの手に、会場に響き渡るかのように轟く歓声。

 こっちの手持ちが削られているとはいえ、金貨100枚以上のベットだ。

 何も知らない観客が騒ぎ立てるのも無理はない。


「ふふ、まさか勘でブラックジャックを呼び寄せてしまうとは。素人だと思っておりましたが、なかなか侮れませんね」


 ソルテはうっすらと笑みを浮かべながらリアを称賛する。

 相手の手を変えられない事に、もう笑うしかないのだろう。


「運がよかっただけ。でもこれは嬉しい。絶対に勝てる」

「まだわかりませんよ?こちらも4枚でブラックジャックを決めれば引き分けになりますから」

「そんなのありえない」

「このカジノで私は幸運の女神フォルトゥーナと呼ばれています。もしかしたら、カードの女神さまが微笑んでくれるかもしれません」


 あまりの高額な賭けに頭がやられてしまったのだろうか。

 自分のカードを把握しているソルテなら、もう勝てないことは分かっているだろうに。


「では私もオープンします」


 そう言って、ソルテはもったいぶりながらカードを開く。


『『『!?』』』


 俺達はそのカードを見て驚いた。


 そこにあったのは絵札ではなくハートのA。


 つまり、ブラックジャックが成立している。


『ヴェーラ!あのカードは絵札じゃなかったのか!?』

『……やられました。彼女は卓のカードを交換したのです。手をかざしていたのは自分のカードを交換するための行動。今まで一度も使ってこなかったので完全に盲点でした』

『くそ!あれは客の期待を煽るためだけの行動じゃなかったのか!完全にしてやられた!』


 山のカードすり替えだけでなく、まさかそんな技まで隠し持っていたなんて思ってもいなかった。

 今まではそれを使う必要がなかったからというだけで、場のすり替えも行えるのだ。

 これはとても大きな誤算だ。


「ブラックジャックが成立しましたが、この手札では勝てませんね。私はAを1と置き換え、さらにヒットします。勝負はまだ分かりませんよ?」


 ソルテの言葉に、会場がさらに沸き立った。

 その期待感を煽るように、ソルテはゆっくりとカードを場に置き、それをオープンする。


 そのカードは4。


 まだ21には届かない。


「もう一枚ですね」


 そういってソルテはもう一枚を引き、表に向ける。


 そのカードは6。


 つまりはリアと同じ、4枚でのブラックジャック。


「やはり女神さまは私に味方してくれているようですね。四枚のブラックジャックが成立で、この勝負は引き分けという事になります。申し訳ございません」


 見た目熾烈な戦いに、会場は歓声と共に熱気に包まれた。


 はたから見ていればドラマティックなような戦いだが、内情を知ってしまっている俺は心の中で項垂れる。


『ごめん渉。勝てなかった……』

『いや、リアの謝る事じゃない。あんな手を隠し持っているなんて誰も思わないだろう』

『ですがよかったです。ここで5枚のブラックジャックを作られていたら、金貨分が全て回収されるところでした。元手があればまだ戦えます』

『そうだな。回収されなかっただけで今はよしとしよう』


 回収されていたらこちらは勝負もできない状況に陥っていた。

 そうならなかっただけましというものだ。


 しかし、なぜソルテはこのチップを回収しにいかなかったのだろうか。


 ここで回収しておけばディーラーとしては楽な勝負になっただろう。

 イカサマを疑われることを恐れたのか、何かできない理由があったからなのか。


 何はともあれ、被害がなくて助かった。


 それどころか、あの技のおかげで俺達にはさらなる希望が見えたぐらいだ。

 もう一度あの技を使ってきた時、俺達は攻勢に出ることが出来る。


 ここからはどんどん攻めていくことにしよう。

 ここからが本当の勝負の幕開けだ。






 まさかあのタイミングであんな大賭けを仕掛けてくるとは思わなかった。

 素人だと思って侮ってたけど、獣人の野生の勘というのは恐ろしいものだ。


 あの技もあまり使いたくなかったが、誰にも気づかれた様子はない。

 イカサマを疑われている様子もないし、うまく隠し通せているようだ。


 しかし、あの大賭けには私も肝を冷やした。


 私はデッキの上部しかカードを抜くことが出来ない。

 本当ならあのチップを回収したかったけど、そのタネがデッキの上部にはなかった。


 もし、デッキの上部に21にするためのタネがなかったら、金貨にして100枚以上の損害が出ていたと考えると肝が冷える。

 回収は出来なかったが、損害を出さなかっただけでよしとしよう。


 幸いにして、彼らはディーラーを疑ってかかってはいない。

 この調子で着実に削っていけば、白金貨二枚分程度の利益を出す事は出来るはずだ。


 リア様にはもうブラックジャックを流すのは危険だからやめておこう。

 ブラックジャックが出なさすぎるのも不自然だから、渉様と奏様が今後の標的となりそうだ。


 イカサマがばれない限りこちらに負けはない。


 勝つのは私だ。


 二人には私の手の中で踊ってもらい、頑張って賭けていただく事にしましょうか。

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