第5話 油断させましょう

 大金を賭けた戦いに、観客たちは大いに沸いていた。

 凄い戦いが見られると噂が噂を呼び、俺達のテーブルには多くの者が詰めかけている。

 この状況でも顔色一つ変えない辺り、ソルテは大勝負にも慣れているのだろう。


 ここのブラックジャックは十組のトランプを使用して行なわれる。

 これはカードカウンティング、次のカードに何が来るのかを予想させるのを困難にするためのカジノ側の配慮だろう。


 一組分のカードを持ったソルテから俺達の元にカードが裏向きで二枚配られ、ソルテは一枚を表にして二枚配置する。

 ソルテの見えている手札はJ。

 つまり、いきなりブラックジャックの可能性がある手札だ。


「ではベットをお願いいたします」


 俺達は銀貨一枚分の青チップを一枚置く。

 配り始めの何も見えていない状態で馬鹿賭けする奴は、ギャンブラーとしてふさわしくないだろう。


「ではオープンしてください」


 俺の手札は5と6で、21には程遠い。

 しかし、ここで全て10扱いとなる絵札か10を引けば、ブラックジャックが成立する。

 10が来る確率は30%。ディーラーは17以上になるまで引かなければならないため、ヒット以外に道はない。


「スタンド」


 ミアは合計が19のため、カードを引かない事を選んだようだ。

 ミアと奏には指示がない限り、無難に行動するよう頼んである。

 なので、当面は様子を見るために俺だけで動くことになる。


「ヒット」


 俺はカードを要求し、ソルテがカードを配る。

 しかし、その瞬間ソルテがまた下のカードを引っこ抜いたことを見逃さなかった。


『早速使ってきたか。ヴェーラ、こっちの数字は?』

『スペードのJ。つまりブラックジャックとなっています。いきなり勝負を仕掛けてきましたね』

『こっちの力量をはかってきたか』

『渉様。ソルテは現在ブラックジャックとなっております。しかし、こちらも同じくブラックジャック。その場合、三枚引いたこちらの勝利となります。ベット額はいかがなさいますか?』

『兄さん。相手を油断させるためにも、ここは控えめにいった方がいいと思います。いきなりどか賭けをして警戒をさせるのは得策ではありません』

『そうだな。奏の言う通り、控えめにいくとしよう』


「ベットは青一枚だ」


 俺は青一枚をベッティングサークルに乗せる。

 少額賭けに周りからブーイングが起こるが、そんな事気にしていられない。


 周りに乗せられて目的を忘れてはいけない。

 俺達は荒らすため、イカサマに制裁を加えるためにこれを行なっているのだ。

 乗せられて自滅しては何の意味もない。


 奏はヒットし、15という中途半端な状態でさらにヒットを重ね、21以上となりバーストした。

 しかし、戦略としてそれは間違っていない。


 ブラックジャックは基本、伏せられているカードを10と仮定して計算する。

 それは1/3の確率で10となるカードが来るという確率であるためで、その場合ディーラーは20となり、20か21でしか勝てないからだ。

 なので、ソルテの見えているカードが7以上の場合は、17以上になるまでヒットするのが定石だ。


 逆に、ディーラーの手が6以下の場合は、ディーラーは17になるまで引かないといけないためにバーストする可能性が高い。

 その場合は一枚引くとバーストする可能性のある12でも、こちらに有利に働くため引く必要はない。


 奏とは遊びでブラックジャックをしていた事もあるため、その定石は理解しているだろう。

 奏の方は放っておいても問題なさそうだ。


「ではオープンしてください」


 俺がカードをオープンすると、そのカードはヴェーラの予想通りスペードのJだった。

 いきなりのブラックジャックに周りが湧くが、俺は気にすることもない。


「いきなりのブラックジャックですか。これは勝てそうにありませんね。では私もオープンします」


 ソルテは観客の期待を煽るため、もったいぶるようにカードへ自分の手をかざす。

 その裏側のカードをオープンにすると、手札はヴェーラの予想通りAとなっていた。


 一回目のゲームで二回もブラックジャックが出たことで、観客はさらに盛り上がった。

 やかましいほどの歓声に耳を抑えたくなるが、観客には離れてほしくないためそれを抑える。


 観客は不正を確認させるための重要な要素ファクターとなる。

 出来るならこの観客を維持したまま不正を暴いてやりたい。


「こちらもブラックジャックですが、枚数の多い三枚で揃えた渉様の勝利です。ブラックジャックの場合の掛け金は1.5倍返しとなります。どうぞ」


 奏とリアのチップをレーキで回収し、青チップが三枚俺の元に来る。


「やりましたね兄さん」

「ああ。だけど流れは掴みきれないか。とはいえまだ一戦目だ。ゆっくりとやっていこう」

「私も頑張る」


 三人の収支は青チップ+一枚で、初手としてはいい滑り出しだ。

 もっと賭けておけば、と後ろから声が上がるが無視。


「では次のゲームです」


 カードを流し、ソルテは再び俺達の元へカードを配る。


 俺の提案にソルテ側も何かあるのではと警戒している事だろう。

 カードが半分減るぐらいまで、ただの大金賭けのアホだという認識を植え付けておきたいところだ。


 時折大きく勝って、時折大きく負けてチップの現状維持を図る。


 俺達はその時に備え、ゆっくりと時を待つ。






「ではベットしてください」

「うーん。波が来ていそうだ。ここは赤チップでいこう」


 その発言に周囲が沸き起こる。


 場を盛り上げるのは私の仕事。

 だけど勝手に盛り上がって熱が入り、客が勝手にチップを落としていってくれるならその必要もない。


 だが、この方たちはいったい何を考えているのだろう。

 カードが半分ほど消えたけど、この方たちは動かない。


 あのような提案をしてくるという事はくるカードが分かっているのでは、と疑っていたが、様子を見るにカードが分かっているわけではなさそうだ。

 波がどうこう言って誤魔化しているようだけど、ゲームをするにつれそれが偽りである事には気が付いている。


「13か……ソルテの手は6。ここはスタンドだ」


 普通の客なら引くところを、この方は引かないことを選択する。


 13は非常に弱い数字で、向こうとしては心もとない数字だ。

 しかし、こちらの手札を見て、それをあえて選択できるのは非常に強い。


 これは慣れた人間、このゲームに精通している人間でないと出来ない選択だ。


「おひとつ聞いてもよろしいですか?」

「なんだ?」

「渉様はこのゲームが始まる前、ずっとこの卓を見ておりましたね。私はカードカウンティングを行なっているものだと思っておりましたが、なぜ前のゲームでは参加なさらなかったのですか?」

「ああ、それは簡単だ。俺はカードカウンティングなんてしていなかったからな。そんな事してゲームに参加しても何の面白みもない。やるなら公平に、正々堂々勝負したいからな」

「誠実な方なのですね」


 私はそう言いながら奏様にカードの選択を促す。


 やはり、カードカウンティングを知っていた。

 出されたカードを記憶し、山にあるカードを推察するカードカウンティング。


 この技法を知っているという事は、やはりこの方はこのゲームに精通しているのだろう。

 リア様は慣れていないようだが、少なくとも渉様と奏様はこのゲームの攻略法を編み出している。


 普通ならば戦いたくない相手だけれど、私は違う。


 山札を操り、カードをすり替え調整できる私は、プレイヤーにはないアドバンテージがある。

 幾度となくカードのすり替えを行なったが、この方たちが気付いている様子はない。


 つまり、私のイカサマはばれていないという事。


 そうなると疑問なのはベットのタイミングを変更したという点だが、それも私を疑心暗鬼にさせ、イカサマをやり辛くするための牽制だろう。

 現に、初めにこの方の勝てるブラックジャックを成立させたのにもかかわらず、大きくベットをして大勝ちすることはなかった。


 私の技法はこの方を欺くことが出来ている。

 なら私はいつも通り、プレイヤーからチップを巻き上げる事だけに集中すればいい。


「残念、ジュラックジャックです。ディーラー側の総取りとなります」


 せっかくの大口顧客、逃す手はない。


 私は手加減なく、この方たちのチップを毟り取る事にしよう。

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