第4話 前準備ですね

「再び一からのスタートです。誰か新たな挑戦者はいませんか?」


 カードが一巡し、エルフの女性は再びカードをシャッフルして新たな挑戦者を呼び掛けた。

 待ちに待った瞬間。

 ヴェーラがカードを把握し、こちらの戦いの準備も整った。


「参加させてくれ。俺とこの二人が新しい挑戦者だ」


 俺達は前に出て参加する意思があることを示す。


「どうぞ。おかけください」


 クールに言い放つ女性に従い、俺達は三人並んで席に着く。

 五人まで参加可能だが、端の二席に座るものはいない。


「お相手をさせていただきます、ソルテです。本日はよろしくお願いします」

「よろしく頼む」

「よろしくお願いします」

「よろしく」

「ではまず初めにチップの方をご提示ください。硬貨をいただければこの場でチップに交換させていただきます。見た所チップは持っていらっしゃらないようなので、硬貨の交換という事でよろしいですか?」

「ああ。これをチップに交換してくれ」


 俺は次元収納ディメンションボックスから硬貨袋を取り出し、それをテーブルに置く。

 ソルテは失礼しますと言って中身を確認すると、その中に入っている金額にその表情を強張らせた。


「白金貨4枚。金貨にして143枚相当だ。アトランティスの硬貨だが、チップには交換してもらえるんだろう?」


 俺のその言葉に、周囲にいる人だかりからどよめきが上がる。

 異国の硬貨であるが、ここでチップの交換が可能だという事は確認済みだ。

 ついでに、白金貨の相場もリアに頼んで確認してきてもらっている。


 アクロポリスを出る際、何かあったらとミアに押し付けられた白金貨だが、こんなところで役に立つとは思わなかった。

 無くて後悔することはあっても、あって後悔することはないという事だな。


「……少々お待ちください」


 硬貨袋を置き、席を離れるソルテ。

 額が額なだけに、一介のディーラーでは判断がつかないという事なのだろう。


 少しするとソルテは一人の男性を連れ、大きな箱を手に戻ってくる。

 その男性は管理人、もしくは監視役といったところだろう。


「お待たせいたしました。これからチップの交換をさせていただきます。本当に全て交換してしまってよろしいのですね?」

「ああ。一枚残らず交換だ」


 俺の言葉を確認すると、ソルテは白金貨分のチップをレーキと呼ばれるT字の棒でこちらに渡してきた。

 白金貨の半分は銀貨分の枚数の青チップ、もう半分は金貨分の枚数の赤チップだ。


「これで全てになります。ご確認ください」

「確かに」


 俺はそのチップを渡されたコインカウンターに入れる。

 奏とリアもコインカウンターを手に、いつでもブラックジャックを始められる状態だ。


「では始めます。ルールの確認はよろしいですか?」

「ルールは分かっているが、二つ希望がある」

「なんでしょうか」


 俺はテーブルに肘を突き、手を組んでソルテをじっと見つめて希望を言う。


「まず一つ。見ての通り俺達は三人でこのゲームに挑む。それぞれの手札で助言を与えあったりは勿論しないが、チップだけは共有とさせてほしい」

「つまり、賭け額を増やすため、あるいはチップがなくなった補填として、獣人の方から男性にチップの移動を行う、といった行為を許可しろという事ですね?」

「そうだ」

「それに関しては問題ありません。助言を行わないのであれば、チップの共有は許可されています。ご安心してください。それで、もう一つというのは?」


 ソルテが俺のもう一つの希望を問いかけてくる。


 今話した希望は別に通らなくてもよかった。

 重要なのは、今から話す行為を認めてくれるかだ。


 これが受け入れられなければ俺は撤退することも考えている。

 チップの交換は等価であるから、ここで逃げても何の痛みもない。


「もう一つはベットのタイミングだ。このカジノは初めのベット以外で、ヒットする際にチップの上乗せをよしとし、カードを配っているな。だがそのタイミングをヒットした後、配ったカードをオープンにせずにベットし、ベットの後にオープンする形にしてほしい」


 普通は初めにかけるベットのみだが、このカジノではヒットの際に追加の後賭けが許されている。

 手を見てさらに賭けるか決められるのだから、一見するとプレイヤー側に有利なルールに見える。


 しかし、ディーラーがイカサマをしているとなれば話は別だ。

 大賭けをした時はカードを調整し、回収できるようにしているのだろう。


 カードを配る際にイカサマされては勝つこともできない。

 この要求は、最低限こちらの手札を確定させるためのものなのだ。


「……つまりカードが配られた状態で、カードは見ずにベットさせろという事ですか?」

「そうだ」

「しかし、それでは何の意味もないと思うのですが……」

「カードには流れがある。そのカードを見れば流れを掴める事もあるだろう。その流れを掴むチャンスが欲しいって事だ。これを受け入れてくれない場合、俺達はゲームをせずにまた換金してもらう。まだ手を付けていないのだから、さっきの白金貨を戻してもらうだけになる。どうだ、この提案受けてもらえるか?」


 ソルテは自分では決めかねるのか、隣にいる男に寄っていき声をかける。


 一度白金貨を交換し、向こうの手元には現金が渡っている。

 先に提案しろと思われるかもしれないが、これは心理的にこの現金を逃したくない、という気持ちを相手に植え付けさせるために行なったものだ。


 俺の提案はベットのタイミングをずらすだけ。

 それだけで、これだけの大金を稼げるチャンスなのだ。

 何も知らない向こうとしては受けたいと思える提案だろう。


 さらに、俺は畳みかけるようにさらに追加の条件を提示する。


「もしこの提案を受け入れてくれるなら、俺達は今持っているチップを一度は必ず賭けさせてもらう。その代わり、そこにあるカードがすべてなくなるまでゲームは続行してもらいたい。もしカードがなくなる前にこちらのチップがなくなった時は、さらにこれをチップに変えてゲームを続けさせてもらう」


 そういって俺はもう一枚の白金貨を取り出して提示する。

 白金貨五枚、これがミアから預かったすべての金貨だ。


 新たに出された白金貨を見て心が揺れ動かされたのか、その男はソルテに耳打ちをし、ソルテが戻ってくる。


「話し合いの結果、貴方の提案するベットタイミング変更の提案を受諾する事となりました。その代わり、何があってもこのゲームが終わるまでは席を離れないようお願いいたします」

「もちろんだ。『何があっても』ゲームは継続してもらう」

「では、合意なされたという事でゲームを開始させていただきます。その前に、お名前を窺ってもよろしいでしょうか?」

「俺は渉、奏に、リアだ」

「渉様に、奏様に、リア様ですね。改めてよろしくお願いいたします」

「楽しいゲームにしようじゃないか」

「絶対に負けません」

「勝つ」


 こうして、俺達のイカサマブラックジャック対決が始まった。

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