第58話 決着

 辺りに凄まじい発砲音が鳴り響く。


 亜種を威圧させるために消音器(サイレンサー)を切ったのだが、その効果は絶大だった。

 亜種はその音に驚いて一瞬動きが硬直し、その隙をつくかのように、電磁(プラズマ)弾化した炸裂弾(バーストバレット)が口の中へと吸い込まれていく。

 体内に侵入した炸裂弾は鉛を撒き散らしながら突き進み、内部に仕込まれた爆薬によりさらに亜種の体内を蹂躙した。


 そんな弾が10発、そのほとんどが亜種の口内に入り込み、亜種の命を狩り取ろうと暴れまわる。

 しかし、亜種も俺を食い殺そうと最後の抵抗を見せた。


 俺の身体はもう動かない。

 瞬間跳躍(ワープ)を使おうとするが、なぜか魔法が発動する気配もない。

 迫りくる亜種の牙は、俺にとって処刑台のギロチンに近いものだった。


 この勢いでは食い殺されてしまうだろう。

 そう悟った時、俺の身体を引くものがいた。


 俺の身体が引かれたことにより亜種の牙は空を切り、何も捉える事もなく動作を停止した。

 そして、電気をその身に纏いながら、巨大な体がゆっくりと落下していく。

 数秒後、凄まじい衝撃音と共に、亜種が地面に落ちたのだと感じとる。


『亜種の沈黙を確認。おめでとうございますマスター。討伐完了です』


 ヴェーラの透き通るような声が、亜種の生命活動が止まったことを報告する。


 俺達は亜種を討伐することに成功したのだ。


 そう実感すると、俺の中の張りつめていた糸が切れ、酷い虚無感に見舞われる。

 体も口も毒によって動かないが、これで動けていたら喜び叫んでいた事だろう。


『渉凄い。たった一人で亜種を討伐するなんて聞いたことがない。今のSランク冒険者でも、そんな事絶対に出来ない』

『いや、リアもいてくれたから出来たんだ。リアがいなかったらあの火力も出なかったし、最後に俺の体を引いてくれなかったら死んでいた。ヴェーラの指示も的確だった。ありがとう』

『役に立ててよかった』

『マスターからのお褒めの言葉……感無量です』


 俺はリアに支えられながら地上に降り立つ。

 体のいう事が一切聞かないため、リアに体を完全に預けてしまっているが大目に見てほしいところだ。


『マスター。毒により、僅かずつではありますが体力が衰えていっております。奏様に回復していただくことを推奨いたします』

『体ももうボロボロだしな。悪いがリア、運んでもらえるか?』

『うん』


 俺はリアに背負われて奏の元へと戻っていく。

 普通は逆だと思うのだが恥ずかしい話だ。


 俺とリアが戻ると、奏が冒険者の治療をしているところだった。

 さすがに数が多いのか、まだ半数程度が回復しきれていないという状況らしい。


『奏、戻ったぞ』

「!兄さん!?」


 奏は周りを見渡し、俺達の姿を確認すると駆け寄ってきた。

 俺の容態を確認すると、奏はすぐに治療を開始してくれる。


「またこんなに……しかもご丁寧に毒まで」

『治せるか?』

「治せます。リア、ここに兄さんを寝かせてください」


 奏が敷いてくれた布の上に寝かされ、俺は奏の治療を受ける。


「精神伝達(テレパシー)を使うって事は喋られないんですね」

『ああ。亜種の毒はえげつないな。声も出せないなんて』

「悲鳴も上げられず、動くこともできず、そのまま死んでいってしまう方が多いようです。でも、兄さんがここまで毒を食らうなんて思っていませんでした。いったいどのような戦闘を?」


 俺は正直に話すか少し悩む。


 そのまま言ったら確実にキレるだろうし、言わなかったら機嫌が悪くなってしまう。

 ただ、長時間機嫌が悪くなるより、一度に発散させた方が精神的な被害は少なくて済むだろう。


 それに、俺が黙っていてもリアが言ってしまいそうだ。


 正直に話すか。


『弱点を攻撃するため、毒のブレスをまともに受けながら、ぎりぎりまで亜種を引き付けたんだ。そのおかげで弱点をつけて討伐できたが、毒はまともに食らってこのざまってわけだな』

「それって、一歩間違えれば死んでいたんじゃ……」

「そうかもしれないが、まあ生きているんだからいいだろう」

「……そうですね」


 いいだろうじゃありません!とくるものだと思ったが、意外にも奏は責めてなかった。

 その代わり、俺の手を強く握ってくる。


「兄さんがそういう人だという事は分かっていますから。ですが、もっと自分の命を大切にしてください。もしそれで死んでしまったら、残される方は辛いのですから」

「……ごめんな」


 俺は動けるようになった上体を起こし、奏の頭を撫でる。


 戦闘から外された事を受け入れて治療に専念し、勝手に俺のしたことを認めてくれている。

 ほとんど戦闘にも参加できず、こちらがどうなっているか気が気でなかっただろう。


 悪いことをしたと思うと共に、陰で支え続けてくれていた奏に感謝したい。


「渉!」


 離れた所からオスマンの声が聞こえてくる。

 見るとオスマンがこちらに向かっており、少しすると目の前までやってきた。


「よう、オスマン。パーティーは無事か?」

「あ、ああ。こっちは奏のおかげで半分ぐらいがようやく復帰できた。そんな事より、お前はどうなんだ。見た所無事のようだが、もしかして亜種を撃退したのか?」

「いや、亜種を討伐してきた。その死骸も今は向こうで転がってるよ」

「討伐!?たった三人で討伐したっていうのか!?」


 オスマンが声を上げ、周りの動ける者達がざわつき始める。


 そういえば亜種は万の軍を動員して討伐するとか言っていたか。

 という事は今の俺達は一騎当千どころか一騎当万の将となるという事か、とどうでもいいような事を考えていた。


「討伐した。亜種の素材はすごく貴重だから、剥ぎ取りに何人か加わって欲しい」


 リアがそんな提案をオスマンにする。

 確かに、亜種はワイバーンよりも希少なのだから、その素材を剝ぎ取らないのは非常にもったいないだろう。

 俺は討伐の事しか頭になかったが、リアは冒険者として抜け目なかった。


「あ、ああ。すぐに手配しよう。だが、亜種ほどの大荷物、積むスペースがないぞ。逃げるために荷を軽くしたとはいえ、幾頭かの馬は逃げ出してしまったのだ。おそらく積めても二つの馬車ぐらいしか用意できん」

「荷物の事なら心配するな。俺の次元収納(ディメンション・ボックス)ならいくらでも積み込める。全部綺麗に解体してくれれば俺が預かろう」

「そうか。なら出来る限りの人員を向かわせる。ターニャのパーティーにも声をかけておこう。あれだけ巨大な物となると、なかなか骨が折れそうだからな」

「頼んだ」


 俺がそういうと、オスマンは駆け足気味にその場を離れていく。

 しかし、一度だけ歩みが止まり、こちらを振り向いてこう言った。


「後で詳しい話を聞かせろよ」

「ははっ、了解」


 笑いながら返すと、オスマンも笑みを浮かべて戻っていった。

 今は時間がないと判断して先に行動へ移しているのだろうが、どうやって討伐したのか内心気になっているのだろう。

 分の悪い賭けに勝っただけの話だが、そんな話でも面白がってくれるだろうか。


「あの……少しよろしいですの?」


 突然背後から声がかかる。

 そちらを見てみると、裾がよれよれになり、かなり薄汚れてしまったドレスを着たフェルティナがいた。

 その顔は少し暗いようにも赤らんでいるようにも見える。


 怖い思いをさせた事に対して、俺に罰を与えに来たのだろう。

 亜種を止めきれなかったのは俺の責任だ。

 俺もなんでもするなんて言ってしまったし、ここで無しと言ってしまったらかっこ悪い。

 素直に受けるしかないだろう。


 そう俺が言葉を返す前に、リアが俺とフェルティナの間に割って入った。


「渉は今怪我してる。暴力はダメ」


 リアは俺に手を出させない、とでもいうように、尻尾を逆立ててフェルティナを威圧していた。

 そういえばリアも奏も、俺がフェルティナにされている仕打ちを知っているんだったな。

 戦闘直後で弱っている俺を気にかけてくれたのだろう、いい仲間を持ったものだ。


「申し訳ありませんでした」


 いきなり謝罪と頭を下げられ、俺達三人は驚きを隠せなかった。

 あの高圧的なお嬢様が頭を下げるなんて、誰も想定していなかっただろう。


 リアの逆立っていた尻尾も垂れ下がり、反抗心を失っていた。

 何かまた文句を言いに来たと思っていただけに、俺も少し動揺して言葉が出なくなっていた。


「本来ならば見捨てられてもいいような状況で私をお救いいただけた事、誠に感謝しております。渉様、奏様、リア様の三名がいらっしゃらなかったら、親衛隊も私も命を落としていた事でしょう。貴人方に深くお礼申し上げますわ」


 頭を下げるフェルティナの言葉に、俺はさらに混乱へと巻き込まれた。

 フェルティナは獣人の事が嫌いで、今までなら絶対にリアの事を敬称付で呼んだりしないだろう。

 それにも関わらずリア様なんて、いったいどんな心境の変化があったのだろうか。


「私は獣人であるリア様の事を悪く言い、渉様には酷い仕打ちを強要させてきましたわ。それにも関わらず、貴人方は私の事を見捨てずに助けてくださいました。その事実は私の中に消えぬ楔となり、私の中に深く根付いていますの。今更ですが、今まで酷い扱いをしてきたことを謝罪致します。誠に申し訳ありませんでした」


 さらに頭を下げるその姿に、俺はフェルティナの誠意を感じた。


 俺の知っているフェルティナは、言葉では謝罪しても態度には絶対表さない。

 それは王族としてのプライドか、単純に頭を下げたくないのか分からないが、頭を下げるという行為は絶対にしなかった。


 しかし、今のフェルティナは俺達、しかも獣人であるリアを目の前にして頭を下げている。

 高慢であれば下げる必要のない頭を、誰に言われるもなく自ら進んで下げているのだ。

 これはフェルティナが、心の底から悪かったと思っているという表れだろう。


「頭をお上げくださいフェルティナ様。私はあの時間を酷いものだと思ったことはございません。むしろフェルティナ様とお話しできて、とても喜ばしく思っておりました」


 憂鬱ではあったが、こんな人間もいるのかと学ばせてもらったしな。

 全く無意味なものではなかった。


「っ嬉しかった……」


 フェルティナは慌てたように顔を上げ、すぐに俺達の方から顔を体ごと背けてしまった。

 一瞬見えた表情はやけに真っ赤だったように見えたが、毒が回って発熱をしているのではないだろうか。


「明日の夜、私の元へ来てくださいまし。絶対に来てくださいですわ!」

「え、あの」


 こちらの話を聞くことなく、フェルティナは自分の馬車に戻っていってしまった。

 感謝と謝罪のために来たのは分かったが、最後のあれは何なのだろうか。


 憂さ晴らしはもうやめるが、夜デートは継続という事か?

 もしかしたら、明日の夜に亜種討伐の報酬の話をするのかもしれない。


「あの様子だと、獣人差別の事も考え直してくれるかもしれませんね」


 奏が俺の治療を終え、立ち上がりながらそう呟く。

 フェルティナは獣人の悪口も謝罪していたし、獣人への見方も少しは変わったのだと思う。

 そうだとしたら、アトランティスの獣人差別解消への第一歩となる事だろう。


「そうだと嬉しい」


 リアはフェルティナの乗る馬車を見ながらそう呟いた。


 この件で一番嬉しいのは他でもない、獣人であるリアだろう。


 これを機に、フェルティナの獣人差別が収まればと思うのだった。

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