第57話 覚悟
「がぁっ!」
俺は亜種の攻撃を避けきれず、翼に激突して地面に叩きつけられた。
その衝撃で横隔膜が一時的に機能を停止し、肺の空気を吐き出して呼吸困難に陥る。
もう幾度となく繰り返した攻防。
その攻防で、俺は圧倒的劣勢に追い込まれていた。
『マスター。ここは一度退却をし、奏様に回復していただく事を進言します。このままではマスターに勝ち目はございません。一度態勢を整えるのが得策かと』
『俺がここを離れればフェルティナや他の冒険者に被害が及ぶ。これだけ傷を負うと回復にも時間がかかるし、一時退却はもうできる状態にない』
『それは重々承知の上です。ですが、このままですとマスターの命に関わります。他人の命より渉様の命。私は変わらず退却を進言いたします』
『ははっ。まだ俺のことが分かってないみたいだな、ヴェーラは』
自分の命を犠牲にして多くの人が助かるのなら、喜んで身を捧げよう。
偽善と言われようと、俺はこの生き方を変えるつもりはない。
『分かっているから強く進言しているのです。このままマスターが行動不能となったら、護衛依頼についている者たちは皆命を落としてしまいます。ですが、ここで一度退却をし、万全の態勢で挑むことが出来れば、少数の犠牲で済むかもしれないのです。マスターは聡いお方です。私の言い分は理解できているでしょう』
『ヴェーラの言いたいことは分かっているさ。だが、俺はその少数の犠牲も出したくないんだ。あれを止めるための活路はある。いずれ道は開くだろう。だから、そのために力を貸してくれ』
『……マスターは卑怯なお方です。そう言われ、私が否を唱えることが出来ないのを知っておいででしょう』
『幻滅したか?』
『しようはずがありません。全てはマスターの意思のままに』
俺は迫りくる亜種から
体は重く、意識も薄れ始めている。
いずれ道は開くと言ったが、この調子だと道を開く前に意識を失いそうだ。
ブレスの際に幾度となく
疲労とダメージにより目標がぶれ、思った通りに弾が飛んでいかないのだ。
このままでは足止めすら出来なくなる可能性がある。
そう考えると、もうやるべきことは一つしかない。
俺が力尽きる前に、亜種を討伐する。
その方法は脳裏に浮かんでは消えを繰り返していたが、ここまでくると、もうそれしか方法がない。
俺が命を失うのが先か、亜種を討伐するのが先か。
失敗すれば確実に俺は死んでしまうだろうが、いくら考えてもそれ以外の方法は浮かばなかった。
このまま何もせず命を散らすなら、一か八かの賭けに出るしかない。
「ふぅ~」
心を落ち着かせるため、俺は震える吐息をゆっくりと吐き出す。
チャンスは次のブレス時。
日和って逃げたり失敗したりすれば、俺の亜種への勝ち目は消え失せる。
チャンスは初めの一回、逃すことはできない。
「
俺が亜種を睨みつけながら覚悟を決めると、地上からバチバチという音と共に亜種へと電撃が走る。
出所を見るとリアが立っており、ボロボロだった体も完璧に治療されているようだった。
『渉。ありがとう。渉のおかげで奏に治してもらえた。今から戦闘に戻る』
『ありがたい』
このタイミングでリアが戻ってきてくれたのは功名だ。
リアがいれば、作戦の成功率も跳ね上がる。
電撃に気が付いた亜種が、リアに向かって攻撃を仕掛け始める。
リアがいる事で銃の威力が上がることを学んだのだろう。
俺は瞬間跳躍でリアの元へ移動し、リアの手を握り
地面にする直前で亜種は旋回し、逃げる俺達を追いかけてくる。
「!渉、その体」
「リア、早速だが頼みたい。亜種が次のブレスを放った際、最高威力の電撃魔法を亜種に浴びせてほしい。一度だけだ。この一度で勝負を決める」
俺は遮るようにリアの言葉にかぶせる。
今は怪我がどうこう言っている場合ではない。
俺の意識があるうちに、やらなければいけないのだ。
リアは何かを察したのか、遮られた言葉を飲み込んで質問を投げかけてくる。
「それはいいけど、いったい何をするの?」
「……ブレスを受けつつ、亜種をギリギリまで引き付けてその口内に炸裂弾を叩き込む」
「ダメ!」
俺の予想通り、リアは今から俺がしようとしていることに反発した。
少しでもタイミングを誤れば確実に亜種に食われ、成功したとしても確実に俺は戦闘不能になる。
運良く生き延びることが出来たとしても毒により俺の身体は動かないため、確実に戦闘不能に陥ってしまう。
正直な話、俺一人だったら運否天賦の賭けになっていた。
だが、リアが現れた今なら、この作戦で確実に亜種へ多大なるダメージを与えることが出来る。
それどころか、討伐までもが見えてくるだろう。
だが、そんな危険な事はさせたくないのだろう、リアは俺の作戦を却下する。
「今の渉もボロボロなのに、そんなことしたら確実に動けなくなる。そんな作戦受け入れられない」
「なら俺一人でやるだけだ。討伐まで追い込めるか分からないが、亜種を戦闘不能まで追い込むことはできるはず。俺の体力ももう限界だ。亜種を討伐するにはもうそれしか方法はない」
俺はリアの目をじっと見つめる。
リアは何かを言おうとしたが、俺にもうその覚悟があることを悟ったのか、再び言葉を飲み込んだ。
「……絶対に成功させる。成功させなかったら、もう私は二度とパーティーを組まない。ずっと、いつまでも一人で居続ける。そうなったら、渉のせいだから」
代わりに出てきたのは、脅しのような激励のような言葉。
リアからそんな言葉が出るのには驚いたが、まるで奏のような物言いに、俺は自然と笑みが零れていた。
「それは責任重大だ。リアが一人で居続けるなんて世界の損失だ。世界のためにも、リアのためにも、絶対に失敗は許されないな」
「許さない」
俺の手を握る力が強くなる。
その手は震えていて、俺がいなくなってしまう事を恐れているのだと感じさせられた。
今までリアは多くのものを失ってきている。
もう、そんな思いをさせるわけにはいかない。
「合図はヴェーラが出す。いくぞ」
俺は覚悟を決め、亜種と向き合った。
いままでにない俺の動きに亜種も動きを止め、こちらの様子を探るように睨みつけてきた。
俺の背後から電撃の弾ける音が聞こえてきて、リアが準備をしてくれているのが分かる。
俺も銃を両手で構え、亜種への迎撃態勢を取る。
もう俺が限界にきているのを悟ったのだろう。
亜種は大きく咆哮を上げ、体から濃密な瘴気を撒き散らした。
その瘴気は俺を包み込み、肌どころか肺にまでその瘴気が充満する。
目を開けているのも苦痛が走り、俺は焼けつくような感覚に悲鳴を上げそうになる。
だが、ここで悲鳴を上げて痛みにのたうち回ったら、先ほど合わせた照準がぶれてしまう。
こんな瘴気では目も頼りにならない。
頼りになるのはヴェーラによる補助、たった一つだ。
包まれる瘴気の中、俺はさらなる毒の風を感じた。
確実に俺を仕留めるために、亜種がブレスを放っているのだろう。
口を開けているのなら俺にとってはまたとない機会だ。
この一撃で、確実に仕留めなければならない。
『リア様!電撃魔法を!』
『衝撃電流!』
ヴェーラの指示を受け、リアは衝撃電流を亜種がいた場所へと放った。
その電撃魔法は亜種へと見事に命中し、瘴気の中でもわかるほどの光量を発揮する。
痛む目からでも亜種の姿ははっきりと認識することができ、亜種は大きく口を広げて俺を食い殺そうとしていた。
『マスター!今です!』
「っ!」
俺はほとんど動かない指を必死に引き絞り、
生と死をかけた、この戦いを左右する最後の引き金を。
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