第56話 攻守逆転
亜種へ着実にダメージが入るようになり、亜種の装甲に綻びが出始めている。
亜種の体は既に血まみれで、突進の勢いもそがれていた。
炸裂弾が効いている証だ。
『渉、亜種の疲労も限界に来てる。大型の魔物は限界を超えると動きが変わる。気を付けて』
『まだ隠し玉があるかもしれないって事か。分かった、注意する』
ブレスは危険だと判断され、俺も近づかないから突進しかしてこなかったが、ここにきて攻撃パターンが変わる可能性があるようだ。
どんな隠し玉を持っているか分からないが、頭に入れておかなければいけないだろう。
そんなやり取りをリアと交わした直後、亜種が顔を上げて上空を眺めた。
視線の先にはリアがおり、浴びせられる電撃の出所を探っているらしい。
亜種がリアを確認したところ、亜種が大地を揺るがすような咆哮を上げた。
「~~~っ!」
その咆哮は鼓膜が破れるかと思うほどに激しく、俺もリアも耳を抑えて咆哮に耐える。
話した直後にこれかと思っていると、追撃をかけるように亜種の体から猛毒の瘴気が放出された。
その瘴気は今までになく濃密で、かつ範囲が異常に広い。
俺は慌てて
俺は瘴気の中心にいるであろう亜種を目視しようと試みるが、あまりにも霧が濃すぎて確認することが出来ない。
どこから現れるのか全く分からない状況で、俺達は俺達は亜種がどう出るのかを窺う。
今まで通りなら俺の正面から、あって左右から俺の方へ突進してくるはずだ。
しかし、亜種は俺の予想に反し、瘴気の上部から大きな翼を羽ばたかせて空へと飛び立った。
その先にいるのは、電撃魔法を亜種に浴びせていたリア。
亜種は俺から、目標をリアに変えたのだ。
それに気づいた時にはもう遅く、亜種はリアへと突貫する。
突然の行動変換と空中戦に慣れていないという事が重なり、リアはいともたやすく亜種に捕捉された。
「ぁああああああああああああ!」
亜種の鉤爪は軍用戦闘服(ACU)のおかげで身に食い込みはしないものの、内臓を押しつぶされたリアは大きな悲鳴を上げている。
あのままではまずい!
あれがどれほどの苦痛を伴うのかは、俺も受けた身であるから想像するより容易い。
リアの食まれる姿を見て、俺はリアを助けるために瞬間跳躍をしていた。
「リア!」
俺はリアの元まで移動すると、瘴気で肌が焼けるような痛みに陥った。
明らかに毒が強くなっており、このままだと命に係わると脳が警鐘を鳴らす。
「くっ!」
俺はリアの手を掴み、亜種ごと地面に近い位置に瞬間跳躍を行使した。
地面を背に向けた状態で移動した亜種は、自らの羽ばたきによって地面へと激突する。
その衝撃で亜種の鉤爪が緩み、その隙をついて俺はリアと共に瞬間跳躍で間を取った。
「リア!」
「ごほっ……大丈夫」
リアは口から血を流し、手足も数か所が折れて可動域を超えていた。
幸いにして意識はあるようだが、大丈夫なんて言える状態じゃない。
「喋るな。今すぐ奏のところに連れていく」
俺はそういうと瞬間跳躍で奏の元へ移動する。
治療をしている奏は、リアの姿を見て悲鳴を上げた。
「リア!」
「すまない奏。リアの事は任せる。動けるようになるまで治療してくれ。俺はすぐに戻らないといけない」
「ダメ……私もまだ動ける……一人じゃ攻撃も……」
「リアを行かせるわけにはいきません!兄さん、ここは任せてください。ですが、絶対に死なないでくださいよ」
奏は時間がない事を悟ってくれたのか、険しい表情で俺を見送ってくれる。
本当は一人で行かせたくはないのだろうが、そうはいっていられない状況だという事は奏も分かっているのだ。
今のリアに戦闘を続けさせる事は出来ないし、俺一人でも足止めをしないと亜種はまたこちらに脅威を振りまいてくる。
「そう簡単には死なないさ」
俺はそう言い残して亜種の元へと戻る。
亜種はちょうど起き上がって態勢を整えたところだったようで、俺を睨みつけながらグルグルと唸っている。
俺はそんな亜種に一発炸裂弾を撃ち込んでみるが、その炸裂弾は装甲に阻まれて意味をなさなかった。
「やっぱりリアの補助なしだと通用しないか」
リアの電撃魔法が鍵だと気づいていたのだろう、ダメージを負わない事に、亜種の口角が釣りあがったのを感じた。
いくら結構なダメージを与えたとはいえ、亜種はまだ飛び上がることが出来るほどに行動が可能だ。
多少動きが弱くなったとはいえ、これでは銃も役に立たない。
やはり、弱点を突いていくしか方法はないのか。
亜種が空に飛びあがるのを確認すると、俺も
三次元的な攻撃を平面で受けるのは非常に難しい。
立体的な戦闘は平面に比べると複雑な戦闘となるが、弱音を吐いてはいられない。
同じ土俵に立たない限り、勝率は上がらないのだ。
「今はとにかく隙を見つけて、攻撃を喰らわせるだけだ」
俺は方向を上げながら迫ってくる亜種の攻撃を回避する。
すれ違いざまに炸裂弾をお見舞いするが、ほとんどは装甲に弾かれてしまう。
しかし、一発だけは
「今まであけた穴に弾を通す作業か。長期戦になりそうだな」
俺は僅かながらに繋がった希望に苦笑を浮かべる。
口の中を狙わなくてもダメージを与えられるのは大きいが、それは運によるところが大きい。
あれを狙ってできるのは、白い死神と謳われた伝説の狙撃手、シモ・ヘイヘぐらいのものだろう。
俺は三次元的な行動にも悪戦苦闘しつつ、何とか亜種との攻防を繰り広げていた。
だが時間が経つにつれ、俺は亜種から攻撃を食らう事が多くなっている。
体が重くなり、時折判断を下すのが遅れて亜種の攻撃をまともに受けてしまうのだ。
疲労が溜まってきているのかと思ったが、どうもそれだけでは説明がつかない。
『マスター。機動力が健常時に比べて6割ほど低下しています。疲労やダメージによるものだけでは説明がつきません。おそらく、亜種の毒の影響によるものだと思われます』
『体が重いのはそれが理由か』
ヴェーラの分析で、俺の行動が鈍くなった理由がはっきりする。
今まで幾度となく亜種の毒に晒されたことで、それが体内に悪影響を及ぼしているのだ。
呼吸を止めたりして対策を取っていたとはいえ、それでは不十分だったという事か。
このまま戦闘を続けていたら、確実に俺の方が先に倒れてしまう。
『毒の回りから、次に亜種の毒を受ければ行動不能になってしまうでしょう。亜種に近づくことは大変危険です。十分に距離を取って対応してください』
奏の元に回復をして貰いに行く手もあるが、今亜種から離れてしまえば再びフェルティナに被害が及ぶ。
ジリ貧になると分かっていても、この戦闘から一時的にでも抜け出すわけにはいかない。
「ぐっ!」
俺は亜種の振るう尻尾に巻き込まれ、強い衝撃と共に吹き飛ばされる。
痛みをこらえながらも体勢を立て直し、再びこちらに向かってくる亜種の攻撃を瞬間跳躍で対応する。
しかし、今の攻撃のせいで、左腕がまともに動かなくなってしまっていた。
本当にこのままだと負けてしまう。
どうにかしなければと考えるが、亜種の攻撃はとどまる様子もない。
弱っていることに目を付けたのか、亜種は大きく口を開き、猛毒のブレスを俺に吐き出してくる。
あの毒を食らったら一巻の終わりだ。
俺は毒の恐怖に負け、待ちに待った攻撃のチャンスを不意にしてそのブレスから逃れる。
そして、俺がブレスの恐ろしさを知ったと亜種に悟られ、亜種は攻撃方法にブレスを加えるようになった。
物理攻撃は受けても、ブレスだけは絶対に食らうわけにはいかない。
そんな考えが先行し、俺はもう逃げる事しかできなくなっていた。
狩る側と狩られる側。
さっきまではこちらが優位だったというのに、いつの間にかそれが逆転してしまっている。
このままだと、俺に待ち受けているのは死しかない。
俺は必死に逃げまどいながら、何か逆転の手がないかを模索する。
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