第53話 討伐を
「……ん?」
俺達が亜種と戦闘していると、突然亜種の動きが止まった。
また見たこともない攻撃を仕掛けてくるのかと思ったが、見ているとどうも様子がおかしい。
空を見上げているが、亜種の見上げる空には星空が広がっているだけで何もない。
「何かあるのですか?」
「いや、何もない」
「……嫌な予感がする」
リアが長年の経験則から、亜種に不穏な空気を感じ取っていた。
そして、リアの予感を肯定するかのように、亜種は翼を広げて空へと飛び立ってしまう。
「っ王女のいるところ行こうとしてる!」
リアが風圧に耐えながら、亜種の行こうとしている方角を見てそう叫んでいた。
せっかく足止めをしてきたのに、王女の元へ戻られたら今までしてきたことが無駄になってしまう。
「奏、リア!すぐに追いかけるぞ!」
俺は駆け寄る二人の手を掴み、
ちょっとした浮遊感の後、俺達の体は空中に投げ出され、すぐに自由落下が始まる。
「兄さん!?」
「渉、落ちる!」
二人の悲鳴が聞こえるが、何の問題もない。
「
俺が魔法を唱えると自由落下が止まり、体が宙に浮いたままになる。
神奈の助言のおかげで完成させることが出来た、重力を操作し空飛ぶ魔法。
これを使えば、空を飛ぶ亜種の追跡も空中での戦闘も行うことが出来る。
「そ、空を飛んでる」
「兄さん!いったいいつの間にこんな魔法を覚えたんですか!教えてくれてもいいじゃないですか!」
「完成したのが依頼の前日だったんだよ。言う機会もなかったしどこかで驚かせてやろうと思っていたが、まさか初めてがこんな状況になるなんて思ってもいなかった」
俺は驚く二人の手を放して亜種を追いかける。
手を離されて若干困惑していたものの、二人はすぐ操作に慣れ、共に亜種を追いかけ始める。
「亜種はなんで急に目標を変えたのでしょうか」
「分からない。
「もしかしたら、初めから王女様が狙いで、それを思い出したのかもしれない」
「亜種が現れたのは偶然じゃないって事か」
「兄さんが狙われるのならともかく、なぜ王女様を?」
魔王軍に目をつけられている俺が狙われるのなら分かるが、わざわざ王女を狙う理由が思い浮かばない。
単純に魔王軍が王家を潰しに来たという事なのだろうか。
「魔王軍の動きが活発になってる。もしかしたら、本格的に国を壊しに来てるのかも」
「そうなるとまずいな。フェルティナの元へ辿り着く前にどうにかしないと……」
リアが硬貨力の電撃魔法を放ち、それに合わせて俺と奏が弾幕を張っているものの、亜種は呻くだけで全く速度が衰えない。
『ヴェーラ、このまま行くと、どれぐらいでフェルティナのとこまで到着する?』
『五分とかからず到着いたします。現在馬車は森を抜けてしまったようで、何の障害物もない平原が広がっております。戦闘を行うとなると苦戦が強いられるでしょう』
『森がきれたのか。本格的にまずいな』
森の中では亜種の動きが制限されどうにかなっていたが、障害物がなくなるとなれば足止めもやり辛くなる。
どうにかして打開策を見つけたいが、その打開策が見つからない。
討伐をするにも決定打に欠け、足止めもすることが出来ない。
焦る気持ちが募り、今できる限りのことをしてはいるが、亜種はこちらを気に欠ける様子もなく猛然と突き進んでいく。
そして、最終的に俺達は亜種の足止めをすることが出来ずに、フェルティナの乗る馬車の元へとたどり着いてしまった。
「まずいです兄さん!下に王女様が!」
「分かってる!でも止める方法がないんだ!」
亜種は馬車の行く先に降り立ち、大地を揺るがすような咆哮をあげた。
上空から突然現れた亜種に馬車は急停止し、王女を守るために親衛隊と冒険者達が亜種の前に立ち塞がる。
「くっ……!」
俺達は上空から牽制をかけるが、亜種には一切通用しない。
冒険者が一斉に亜種へ魔法を仕掛けるものの、大質量の魔法にも亜種は動じていなかった。
親衛隊と冒険者たちを前に、亜種の口が大きく開く。
あれは猛毒のブレスを吐く前兆だが、俺の背筋に悪寒が走った。
「逃げろぉぉぉ!」
俺の叫びも虚しく、そこにいた者達が猛毒のブレスに巻き込まれる。
先ほどまでとは明らかに範囲が違い、辺り一帯が亜種による猛毒によって支配された。
巻き込まれた者達はもがき苦しみ、次々とその場に倒れていく。
植物を枯らすほどの猛毒に耐えられるものはおらず、その場にいたほぼ全員が戦闘不能に陥った。
あまりにも悲惨な状況に、俺は唇を噛み締める。
「奏!すぐに毒にやられた奴らの救護を!」
「したいですが、あの霧が晴れないと近づけません!」
助けようにも、あの場に停滞する猛毒の霧の中へは入れない。
俺の中に、言いようのない絶望感がにじり寄ってくる。
「霧は私が晴らす!
リアが魔法を唱えると、辺り一面に凄まじい突風が吹き荒れる。
リアは電撃魔法を好んで使うが、他属性の魔法が使えないわけではない。
リアの魔法のおかげで猛毒の霧は晴れ、近づくことが出来るようになる。
「ナイスだリア!」
「私は救護に向かいます!兄さんたちは亜種の気を引いてください!」
「おう!」
俺は亜種の気を引くために、敵対心上昇を幾重にもかける。
しかし、亜種はそれでもこちらに見向きもしない。
亜種は倒れる者達には目もくれず、ある馬車に近づいていて素の馬車の上部を吹き飛ばした。
その馬車の中にはフェルティナがおり、全く逃げる気配がない。
倒れて動けない者達と同じで、猛毒をくらって身動きが取れていないのだ。
助けに入らなければ、フェルティナが亜種に殺されてしまう。
『ヴェーラ!瞬間跳躍!』
『イエス、マイマスター』
フェルティナの命の危機に間に合うのか。
あれに割って入ってどうするのか。
思考する間もなく、俺はヴェーラに瞬間跳躍の指示を送っていた。
俺が瞬間跳躍をすると、目の前には大きく口を開く亜種が現れる。
周囲の空気は淀んでおり、吸ったら身動きすら出来なくなる猛毒に、俺は呼吸をすることを放棄した。
背後には身動きの取れないフェルティナがいる。
「っ!」
俺は本能的に銃を構え、大きく開く亜種の口の中に
リアによる電撃魔法の補助もなく、通常ならば意味をなさないはずの
しかし、絶望の中の幸運か。
装甲のない口内に放たれた弾丸は、俺の想像をはるかに超え、亜種へと大きなダメージを与えていた。
一度も聞いたことがないほどの悲鳴を上げながら後退していくワイバーンの亜種。
俺はその隙を突き、フェルティナを抱えて瞬間跳躍で大きく距離を取る。
「ぅぁ……」
俺に触れられるのが嫌だったのか、涙で顔を濡らしたフェルティナが何か喋ろうとしているが、その口はほとんど動かず、全く言葉も出てこない。
亜種の毒にやられ、神経系が麻痺しているらしい。
「怖い思いをさせて悪かった。後でいくらでも責めてくれて構わない。後で何でも言う事を聞くから、今は許してくれ」
俺は
もうこれ以上、誰も犠牲になんてしない。
もうこれ以上、誰も傷つけさたりせない。
「もう王女様に危害を加えさせたりなんてしない。俺が必ず守ってやる」
フェルティナは泣いていた。
身動きも取れず、慣れない魔物を目の前にして、どれほどの恐怖を抱いていたのかは想像に容易い。
親衛隊と冒険者が全滅した今、フェルティナを守れるのは俺達しかいない。
俺達が亜種を討伐できなければ、それは王女の死を意味する。
亜種は口から血と瘴気を垂れ流し、俺を睨みつけている。
今の攻撃で、完全に俺へと敵対心を移したようだ。
今までと纏う空気が変わり、先ほどまでより重い
もう逃げる事は考えるな。
討伐する事だけを考えろ。
攻略法も見つかった。
今の俺達なら出来るはずだ。
「絶対に討伐してみせる」
俺はのしかかる重圧を押し潰し、命を賭けた本当の戦いが始まった。
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