第52話 合流

『そうか、無事に全員動き始めたか』

『はい。ここからは時間稼ぎとなります。今私もそちらに向かっています。大怪我を負うのは私が着いてからにしてください』

『奏の手は煩わせないさ』


 俺は奏から避難完了の知らせを受け、心の中で一息ついた。


 動き出したのならこれから先、フェルティナにかかる危険リスクは減っていく。

 俺達が足止めの時間をかければかけるほど、安全となるはずだ。


 このまま首都とは逆方向に向かいつつ、フェルティナとの距離を離していこう。


「リア、聞いていた通り、王女様は無事にお逃げだ。ここからはどれだけ時間を稼げるかが鍵になる。長丁場になるが気を抜くなよ」

「渉も。慢心して前みたいにならないようにする」

「手厳しいな」


 俺達は攻撃を搔い潜りながら亜種の足止めを行なっていた。


 前みたいにというのは、ダヴィードの時のことを言っているのだろう。

 痛い思いをするのは嫌だし、当然前のような失敗を起こす気はさらさらない。

 瞬間跳躍ワープを駆使し、生き延びるだけだ。


 そう考えていると、亜種が大きく口を開いた。

 猛毒のブレスを吐く兆候だ。


「リア!」

「うん!」


 俺はリアに触れ、瞬間跳躍で亜種の背後にある木の上に降り立つ。

 これもだんだんとパターン化してきており、幾度となくやってきて慣れたのか、瞬間跳躍した瞬間にリアは電撃魔法の威力を高め始める。


 しかし、今回はそのパターンに嵌まらず、亜種はブレスを吐いたままその場で旋回した。

 そのせいで亜種を囲うようにブレスが満ち、背後のここまでブレスが迫ってくる。


「そんなパターンもあるのかよ!」


 俺は魔法を解除したリアの手を取り、今度は大きく亜種と距離を取る。


 ブレスの範囲はおよそ10mで、俺達はその範囲外にかろうじて逃げ延びた。


「渉、あれだとこっちの攻撃する隙が無い。どうするの?」

「俺達はあいつの討伐を目的としているわけじゃない。攻撃が出来ないなら、あいつを引き付けながら逃げるだけだ」

「分かった。じゃあ適当に攻撃して亜種を引き付ける」


 リアは電撃魔法を仕掛け、亜種へと挑発を行なう。


 電撃魔法が効いている様子はないが、鬱陶しくはあるのかリアへと敵対心ヘイトが向けられた。

 亜種はリアへと攻撃を仕掛けるが、リアが危なくなった時に俺が敵対心上昇ヘイトアップを唱え、気こちらに向かせて逃げる隙を作り出す。


 森の中で亜種の動きが制限されているという事もあり、何とか対応できているものの、これが平地だったりしたらまた面倒なことになっていただろう。


「兄さん、リア!」

「奏!」

「待ってた」


 奏がこちらに到着し、俺達のパーティーが集結した。

 これで前中後衛と揃い、いつものように戦闘を行うことが出来る。


「今すぐ回復します。兄さん、頑張って足止めしてください」

「ああ」


 森の中を駆け回り、俺とリアは体中に細かい傷を負っていた。

 動くのに支障はないとはいえ、放置しておいてもいいことはない。


 俺が亜種の気を引いている間にリアが、入れ替わりに俺も奏に回復を施してもらい、万全の状態が整った。


 これで怪我の面でも体力的な面でも問題はなくなった。

 三人いれば、亜種の足止めも容易に行えるだろう。


「ここに来るまで小さい魔物に遭遇しませんでしたが、亜種を恐れて逃げているんでしょうか?」

「そう。魔物も馬鹿じゃない。自分より強いのがいると、食べられるのが嫌で逃げていく。亜種となればなおさら」


 亜種との戦闘を開始してそれ以外の魔物を見ていないが、そのおかげで俺達は亜種の足止めに専念できる。

 いいのか悪いのか分からないが、そのこと自体は喜ぶべきことだ。


「この調子で戦闘を行うことが出来れば、俺達も生き延びることが出来る。二人とも気を抜くんじゃないぞ!」

「はい!」

「うん」


 俺達は亜種を引き付けながら戦闘を続ける。

 フェルティナ達の安全が確保できるまで。






『のう、本当にあれでよいのか?あやつら、逃げる気満々じゃぞ?』


 遥か上空で、戦闘を観察している竜からそのような声が上がった。

 竜に乗るダヴィードは、その顔に笑みを浮かべながら答える。


「よい事はない。が、逃げられないような状況を作ることは簡単だ」

『というと?』

「亜種を王女のいる馬車へ誘導してやればいい。討伐しなければ王女が死ぬと言われれば、あれも本気で討伐に乗り出すだろう」

『じゃが、王女だけ連れて瞬間移動の魔法を使われたらどうしようもないじゃろう』

「くはは、お前の目は何を映しているのだ。それをする気ならばとっくの昔にやっている。あれは王女だけでなく、あの有象無象も救いたいと考えているのだよ。だから王女だけを連れて魔法を使うなどという考えは頭にない。そうでなければ、わざわざ自分の身を危険に晒してまで亜種の足止めなどするわけがない」

『若造が。人間は窮地に陥れば必ず選択をする。王女を連れて逃げることなど想像にたやすいじゃろうに』

「なら、窮地に陥れない程度の絶望を与えてやればよい。いや、完全に絶望させるのも手か。どちらにしろ、その程度で逃げ出し朽ちるような存在に、魔王様も期待はなさらぬだろう」

『それもそうじゃな。逃げ出すようなら所詮その程度。徹底的にやってやるのがいいじゃろう』

「もうすぐ王女の乗る馬車が森を抜ける。平原でなら、亜種も思う存分に戦えるだろう」


 ダヴィードは腕を半分上げて手の平を亜種に向ける。


 そして、深い笑みと共に、亜種へと命令を下した。


「目標変更。西条渉の雇い主である王女共を陵辱せよ。力の限りを尽くし、かの集団を殲滅するのだ」

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