第45話 夕食です!
俺が目を覚ますと既に野営の準備も終わり、食事の香りが辺り一帯に広がっていた。
食料は街からの持ち込み品に加え、そこいらで狩った魔物の肉のようだ。
シチューの香りと肉の焼ける匂いは鼻腔をくすぐり、目覚めた直後だというのに腹が減ってくる。
「渉起きた」
タイミングよく荷馬車を覗き込んだリアが隣に移動してくる。
どうやら俺は意識を失い、少しの間寝込んでいたようだ。
「奏は?」
「料理してて今は機嫌がいい。謝るなら今のうち」
「謝るって言ってもどう謝るんだ?」
「おっぱい触ってごめんさない?」
「そんなこと言ったらまたおやすみだ……謝って思い出させるより、機嫌を取りにいって忘れさせることにしよう」
「それがいい」
俺は立ち上がると、奏がどこにいるのかを確認する。
ターニャのパーティーとオスマンのパーティーはそれぞれ纏まって、肉を焼いたり鍋を混ぜたりしている。
それとは少し離れたところで、奏が鍋を使って料理している姿が見えた。
「あ、兄さん。おはようございます」
それに寄っていくと、それに気が付いた奏が笑顔で挨拶をする。
「随分と機嫌がよさそうだが、何かあったのか?」
「えへへ~、聞いてください。何とオスマンさんがワイバーンの肉を分けてくれたのです。今日はワイバーンのシチューですよ!」
「なんと」
ワイバーンの肉と言えば、ルゥの働く店で一度だけ食べた事のある高級肉だ。
その肉は非常に旨かったが、普通に買うとかなり高いと聞くし、そんなものを分けてくれるとは、そりゃ奏もご機嫌になるわけだ。
「それでですね兄さん。ちょっと私の荷物を取り出してもらえますか?」
「おお」
俺は
それほど大きくもない鞄から奏が取り出したのは、日本では普通に売っていた市販のビーフシチューの素だった。
「そんなもの持ってきてたのか」
「私も完全に忘れていたんですが、荷造りをしていたら出てきました。賞味期限も近いですし、この際使ってしまおうかと」
「久々に向こうの物が食えるのは大きいな。今日の晩は期待できそうだ」
野営というから質素なものになると思っていたが、ワイバーンの肉まで入っていれば普段でも食べないような物になる。
賞味期限が近いから持ってきたのだろうが、我が妹ながらそのチョイスに感服する。
俺はこっちに来て使えない電気物ばかり持ってきたからな……。
「というわけで材料は揃いました。リアも期待していてくださいね」
「楽しみ」
ぐー、とリアの腹の根がなる。
動き詰めで腹が減っていたのだろう。
恥ずかしがるリアには申し訳ないが、俺と奏は軽く笑い合う。
そんな感じで談笑しながら待つことしばし。
ワイバーンの肉がとろっとろに溶けたビーフシチューが出来上がり、俺達はそれにホクホク顔でありついていた。
「凄いおいしい。味が濃い」
リアは初めて食べる日本のシチューを、普段より勢いよく口に運んでいた。
塩や胡椒といった調味料は少し高く、こちらは向こうに比べると薄味が多い。
それらをふんだんに使っている市販のルーは、こちらの料理を食べ慣れていると濃く感じるのだ。
「この味も懐かしいな。久々に食べた気がする」
「前に食べたのが二か月以上前ですからね。お肉にシチューのルーが負けてしまうかと思いましたが、うまくバランスがとれてよかったです」
「渉たちは毎日こんなのを食べてたの?」
「向こうにいる間はこれが普通だったな。こっちの料理も美味いが、向こうの料理はこんなのが一般的だ」
「羨ましい……」
なんでも食べ、量も食べるリアだが、美味しい物にはさらに目がない。
俺もこんな料理を提供してあげたくはあるが、今回は奏がちょうど持っていたから用意できただけで、毎日作ることが出来るわけではない。
リアの喜ぶ顔は見たいが、今日のところはこれで勘弁してもらうしかないのだ。
「どうだ。ワイバーンの肉はうまいか?」
雑談をしながら食べていると、ワイバーンの肉をくれたオスマンが様子を窺いにきた。
頼りにならないターニャに代わり、冒険者たちに異常がないが確認して回っているのだろう。
「ああ。おかげで飯もおいしくありつけている。でもよかったのか?ワイバーンの肉は高いんだろう?」
「気にするな。これも士気を高めるための一環だ。護衛期間中、飯は俺達にとって唯一の楽しみになる。それが初日から貧相ではまともに戦えないだろう」
「そういう事か。確かに、動き詰めでパンしかないと言われたら気力もなくなるからな。そういう事なら気にせずいただくことにするよ」
「そうしてくれ。美味い物が食えてちゃんと動いてるならそれだけで十分だ。それにしてもここのは少し変わった匂いがするな。少しだけ分けてもらえるか?」
「いいですよ。少し待ってください」
そういって奏がビーフシチューをよそい、オスマンに渡した。
何気なくそれを口にした瞬間オスマンの表情は変わり、驚きいているのが見てわかった。
「なんだこの濃厚さは。煮込む時間も大した材料もなかっただろう。それなのにどうしてこんな濃厚なビーフシチューが作れたんだ」
二口目を慎重に運び、味わうように口を閉ざすオスマン。
向こうのルーを使えば簡単に作れるのだが、そんなものがないこちらでは短時間でこの味は信じられないのだろう。
「奏の腕もあるが、一番は持ち込みの調味料だ。それのおかげで短時間でもこれだけの物が作れるんだ」
「調味料か。しかしこれは普通の調味料じゃないだろう。店ですら食ったこともないような濃厚さだぞ。いったいどんな調味料を使えばこうなるんだ?」
「ビーフシチューの為に作られた調味料だ。塩とか胡椒とか、そういった単一の物ではないぞ」
「ううむ……それほどの調味料が高いのは想像にたやすい。だが、これがあれば間違いなくワイバーンの肉以上に士気が高まる。相応に対価を出してもいい。是非ともその調味料を分けてはもらえないだろうか?」
オスマンはビーフシチューの素を譲ってくれとお願いしてくる。
対価は別に要らないし俺も渡してあげたいが、三百人近い数のルーなど持ち合わせているはずがない。
奏の方を見てみても首を振るだけで、余りすら存在しなさそうだ。
「すまないが、この鍋で使ったので最後だったんだ。渡したいのはやまやまだが、無い物を渡すことはできない」
「そうか……ないのなら仕方がない。無理を言って悪かったな」
そういうオスマンは目に見えて落ち込んでおり、渡せなかったことに対して強い罪悪感を覚えてしまう。
それは奏も同じだったようで、奏がオスマンに対してフォローを入れた。
「あの、全く同じものは作れませんが、似たような物なら作れますよ?うろ覚えなので自信はありませんが、それでもよろしければ……」
「!頼む!ぜひ教えてくれ!」
瞳に輝きが戻ったオスマンが、奏に対して声を上げた。
そのことに驚きながらも奏がレシピを言おうとすると、オスマンは慌てて羊皮紙とペンを用意させる。
相当このビーフシチューが衝撃的だったのだろう。
奏の話すルーの作り方は、
しかし、それに嫌な顔一つせず、オスマンは真面目に羊皮紙に必要な事を書き込んでいっている。
オスマンはこのビーフシチューを完全に惚れ込んでしまったようだ。
上手くルーを再現できるといいなと思いつつ、俺は奏の作ったビーフシチューに舌鼓を打つのだった。
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