第46話 お風呂に入りたいです

 ワイバーンの肉を食べ、英気を養った翌日。


 昨日よりも慣れてきた魔物払いも特筆することなく、俺達はフェルティナを安全に護衛出来ている。

 今のところ親衛隊までたどり着いた魔物はおらず、魔物払いがいかに重要かを再認識していた。


 魔物払いは考えていたよりハードではあるが、高い報酬を出して王族が冒険者を雇うのも頷ける。

 王族の安全を金で買うことが出来るなら安い物だろう。


 時折負傷する者も出てきてはいるが、それぞれのパーティーでお抱えの回復適正(ヒーラー)がいる上、奏も回復魔法が使えるため、脱落者は一人もいない。


 リアも精力的に戦闘に参加し、俺も何とか役に立てていた。


『奏、左中衛で味方一人が点滅信号を出している。移動速度も低下しているし、負傷した可能性がありそうだ。すぐに救援に向かってくれ』

『分かりました。そこまでのナビゲートはお願いします』

『ああ』


 俺は陣の右前方で魔物を狩りながら奏に指示を出す。


 離れていても意思疎通のできる精神伝達(テレパシー)、これも護衛依頼の前に習得した魔法の一つだ。

 親しい間の者しか使えないという制限はあるが、常に動き続けるこの戦場において、奏とリアだけでも意思疎通できるというのは大きい。


『リア様、左前方より敵影。まもなく接敵します』

『すぐ向かう』


 そして、この魔法を介入すると、ヴェーラとのやり取りも可能になることが判明した。


 今まではイマジナリーフレンド状態だったヴェーラであったが、この魔法の習得により、その存在を認識させることが出来たのだ。


『それにしても本当にいたんですね、ヴェーラさんというのは』

『今までいるとさんざん言ってきただろう。兄の言葉を信じなかったのは奏だぞ』

『脳内にAIがいるなんて信じられるわけないじゃないですか。ヴェーラさん、78×91は?』

『7098です。あと奏様、私の事はヴェーラと呼び捨てにして下さって構いません』

『じゃあヴェーラと呼ばして貰いますね。そして、この回答の早さは兄さんにないものです』

『おい、そんな悲しい確認の仕方をするな』


 少し時間をかければ俺でも解けるわ。


『二桁……』

『リアには私がインド式数学を教えます。誰でもすぐ解けるようになりますから、落ち込まなくていいですよ?』

『うん』


 計算が苦手らしいリアに、奏がそうフォローを入れる。


 この世界では足し算引き算が出来れば苦労はないし、二桁の掛け算なんて使わないだろうが、覚えておいて損になる物でもない。

 これを機に、奏のお勉強会が始まるかもしれないな。


『マスター。この後方で接敵。こちらはここにいる者に任せ、中衛に向かってください』

『了解』


 ヴェーラの指示に従い、俺は最後に一匹魔物を討伐するとすぐに反転する。


「俺は他のところの援護に向かう。あとの数匹は任せるぞ!」

「ありがとよ!助かったぜ!」


 他の冒険者に後の事は任せ、俺は後方の援護に向かう。


『皆さん。ここを超えれば少し波も収まります。頑張ってください』


 ヴェーラの声援を受け、俺達は魔物払いに集中するのだった。




「今日も疲れたな」

「そうですね。多少慣れたとはいえ、行ったり来たりは気が休まるときがないですから」

「それが遊撃」


 夜になり、俺達はテントの中で雑談を楽しんでいた。

 食事も取り終わり、後は寝るだけという状態だ。


「分かってはいましたが、お風呂に入れないのは辛いですね。体を拭くだけでも幾分かは気も晴れますが、やっぱり髪を流す程度はしたいです」

「奏は風呂が好きだからな。俺も入りたくはあるが、水は二週間の旅路にとって貴重品だ。そんな贅沢な使い方は出来ない」

「川が近くにあれば流せるけど、近くに川っぽいところがない」

「夜に川探しも危ないですからね。我慢するしかありません」

「まあ明日には町に着いて物資補給をすると言っていたし、その時に風呂に行けるかどうかだな」


 エレフセリアへの街道沿いにある町は三ケ所とのことで、そのうち寄ることになるのは二か所らしい。

 一か所は明日、二か所目は四日後で、そこから先は補給なしでエレフセリアに向かうという。

 最大で2,3時間と滞在時間は短く、物資補給の為だけに寄るようだ。


「私たちはゆっくりしていて良いと言われているのでありがたいですが、お風呂が見つかるかどうかですね」

「見つからなかったら諦める」

「その時は水を買い漁って意地でも入ります」


 どれだけ欲望しているのだろうか、奏の目には強い意志が感じられる。

 水を買っても風呂自体はどうするのかとか考えていなさそうだが、それを言うのは野暮だろう。

 明日の町に風呂があることを祈るだけか。


「渉君~。ちょっといいかしら~?」


 テントの外からターニャの声が聞こえてきた。

 用があるのは俺だけらしく、俺は立ち上がってテントの外へ出向く。


「どうかしたか?」

「親衛隊の人たちがここにきてね、王女様があなたの事を呼んでいるみたいなのよ~」

「フェルティナが?」


 フェルティナに呼ばれているという事に対し、俺は露骨に嫌な表情をしていたと思う。


 何せアクロポリスを出るとき、俺は訳も分からず蹴り飛ばされているのだ。

 その時のことが頭をよぎり、できる事なら行きたくないという感情に支配される。


 しかし、行かなければ何をされるか分かったものじゃない。

 俺に否の選択肢はないのだ。


「渉君、なにかしたの~?」

「いや、護衛期間中は何もしていないはずだ。あるとすれば、それより前の事だろうな……」

「王女様と喧嘩したんだっけ~?詳しくは知らないけれど、早く行った方がいいわよ~。遅れてもっと怒ったら大変なことになるわ~」

「そうだな。わざわざありがとう」

「いいのよ~。渉君の代わりに私が二人の相手をしておくわね~」


 そういうとターニャは勝手にテントの中に入っていく。

 少し驚いた声と共に奏が何か言っているが、すぐにその声も聞こえなくなる。

 また抱き着かれて意識を持っていかれたのだろう。


 俺も雑談を楽しみたくはあったが、すぐにフェルティナの元へ向かわないと機嫌を損ねそうだ。


 俺は気が重くなるのを感じつつ、フェルティナのいるであろうテントに向かうのだった。

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