第43話 兄さんの魔法は優秀ですね
「右前衛左中衛接敵。前方は問題ないが中衛は少し敵数が多く、少しずつ陣が崩れ始めている。誰か中衛のフォローに回ってくれるか?」
「分かったわ~。サーマル、ベスパー、左中衛の援護に向かって~」
「「了解」」
俺がそう伝えると、隣にいるタティヤーナが二人に指示を出し、崩れ始めている陣のフォローに向かう。
フェルティナの後方に陣取る馬車の荷台の上、数名の遊撃部隊が待機する中、俺は
俺の視界の片隅には周囲のマップが浮かんでおり、味方を表す青い点と、魔物を表す赤い点が常に動き続けている。
その情報を元に、俺は陣の維持に必要な事をタティヤーナに伝える役割を果たしていた。
初めはこの魔法に懐疑的だったターニャも、今では完全に受け入れてくれている。
「それにしても面白い魔法を使うのね~。ここにいながら陣の状態を把握できるなんて、そんな便利な魔法聞いたことがないわ~」
「この日の為に改良した魔法だからな。あれば便利だと思っていたが、役に立っているようで何よりだ」
今までの特定探索は目的地に向かうための情報のみだったが、改良されたこの魔法は敵味方、周囲の大まかな情報まで視界に表示されるようになった。
ゲームのマップ表示をイメージして改良したのだが、思った以上に具合がよく使いやすい。
「本当なら伝令が来て、それから動くから遅れがち。でも、渉がいれば手間が半分減るし、戦いに集中できる」
「そうね~。いつもはすぐここも人手不足になるけれど、今日はそうなりそうもないのよね~。助かるわ~」
俺の前に座るリアの言葉に、本日一度もこの馬車から離れていないタティヤーナが、ほんわかとした笑顔で「楽できるわ~」とのんきな声を上げる。
「それにしても、街道が整備されていることもあってか、魔物の数も思ったより少ないですね。もっと死に物狂いの戦闘になる事を予想していました」
リアの隣に座る奏がそう口にする。
「街道は商人もよく通るから、
「街道は魔物も比較的少ないという事か。これなら王女様も安心だろうな」
今のところ、フェルティナの乗る馬車に魔物が近づく様子もなく、安全に護送することが出来ている。
俺達が初めて馬車でアクロポリスに向かった際に魔物と遭遇しなかったが、このような事が行われていたようだ。
「それにしてもタティヤーナのパーティーは優秀だな。動きながらの行動だというのに、接敵以外では陣が崩れる気配が全くない。この辺りの地形も全部把握しているのか?」
「当然よ~。ある程度地形を把握しておかないと迷子になっちゃうじゃない。これぐらいできないと護衛依頼なんて務まらないわよ~。それと、タティヤーナなんて堅苦しくなくていいわ~。ターニャって呼んで頂戴」
「あ、ああ」
たぷんと腕に柔らかい物を押し付けられ、俺は言葉に詰まってしまう。
これがターニャのスキンシップの一環だという事は分かっているのだが、こうも無防備だとこちらも緊張してしまう。
「~っ」
奏は急に立ち上がると、俺とターニャを分断するように間に入り込んできた。
ターニャと離れたことで、ほっとしたような残念なような気持ちが混同する。
「あらあら~。可愛いわね~」
「わっ!抱き着かないでください!」
間に入った事により、奏がターニャによるスキンシップの餌食となる。
初めは抵抗する奏も徐々に力を失っていき、最終的にターニャのなすがままにさせられていた。
ターニャのあれには抗う気力を奪わせる何かがあるんだよな。
それもターニャの持つ空気なのだろうか。
「そういえばターニャ。初めての挨拶の時に俺の事を
俺はターニャと奏のやり取りを見て、ふと思い出したことを聞いてみる。
あの時はいきなり抱き着かれたため混乱してしまったが、そんな呼ばれ方をされたのは初めてだったので気になっていたのだ。
「あら、渉君は冒険者の間でそう呼ばれているのだけど、知らなかったのかしら?」
「初めて聞いた。他の冒険者とはそれほど関わりを持っていないし、持とうとしても向こうに避けられていたからな」
こちらから話しかけても無視されるか逃げられるかの二択だったため、俺の方からアプローチする事は初めに比べるとかなり減っていた。
リアに決闘を挑むわ訳の分からない魔法を使うわで、向こうも気味悪がっていたのかもしれない。
「冒険者の間では通称になっているわ~。どこからともなく現れたり、どこからともなく物を取り出したりしまったり。見たことも想像もつかないような魔法を平然と使っているから、いつの間にかそんな二つ名がついたのね~」
「俺の知らない間にそんなあだ名が」
「よかったですね兄さん。憧れの二つ名ですよ。過去の兄さんに教えてあげたいぐらいです」
「やめてくれ……」
俺は顔を覆いながら項垂れた。
冒険者の間で有名になっていることはもう構わないのだが、過去の事を持ち出されると羞恥心から身をよじりたくなってくる。
過去の俺に言えば泣いて喜ぶのかもしれないが、今の俺にそんな感情は一切持てなかった。
「私も見るまでは信じられなかったけれど、渉君の使う魔法は本当に不思議なのよね~。渉君がよければ、護衛が終わったら、うちの
「改善って、いったいどんな扱いをしているんだ」
「実力はそこそこあるのだけれど、魔法が使い辛いからって戦闘にあまり参加させてあげられないの~。私は参加させてあげたいし本人もやる気はあるのだけれど、周りがやめてくれって言うのよね~。そのせいで今も戦闘には参加できずに、後ろの方で荷駄を担当しているわ~」
ターニャが指をさす方を見ると、荷馬車で御者をしているエルフの少女が目に入る。
どうやら、あの少女が補助適正を持っているらしい。
戦闘に参加したくても魔法のせいで参加できないとは、本当に補助適正は疎まれているんだな。
「教えるのはいいが、補助魔法を使いこなすにはある程度知識もいるし、一からとなるとかなり時間がかかるぞ?」
「構わないわよ~。護衛機関の間だけでもいいから、あの子の事は任せるわ~」
「はふぅ……」
ぎゅっと抱きしめられ、吐息を漏らす奏。
ターニャの胸は、奏ですら抵抗できなくなるほど居心地がいいという事だろう。
『マスター。右前方接敵。かなり数が多く、陣が崩れることが予想されます。先手を打ち、援護に向かうのが得策かと』
ヴェーラの声が脳内に響き、魔物との接敵を知らされた。
比較的魔物が少ないとはいえ、接敵されると陣形は崩れやすくなる。
特定探索が使えるから先手を打つこともできるが、これがなかったら遊撃部隊が大わらわになることは想像にたやすかった。
今さっき左方に向かった冒険者も帰ってきていない。
特定探索を改良しておいて正解だったな。
『了解。ずっと馬車の上にいるとなまりそうだし、俺が行くことにしよう。俺がいなくなっても問題なさそうか?』
『問題ありません。周囲に陣形成の障害となるような敵影は確認できません』
『よし』
ヴェーラに確認し、俺は動くために立ち上がった。
それを見たターニャが、奏の頭を撫でながら問いかける。
「もしかしてまた陣形が崩れそうなのかしら~?」
「ああ。また右前方が接敵したらしい。それの援護に向かおうと思う」
「渉、私も行く」
俺が援護に向かう事を聞き、リアがともに行くと名乗り出てくれる。
二人で行けば、いくら数が多くても対応することはできるだろう。
「じゃあ二人で向かうことにしよう。ターニャ、奏の事は任せたぞ」
「任されたわ~」
「待ってください。私も行き……はふぅ」
ターニャに抱きしめられ、出かかった言葉も穏やかな表情と共に消えていく。
二人いれば十分だろうし、奏にはここに残ってもらっても大丈夫だろう。
そんな奏を微笑ましく見守りつつ、俺とリアは援護に向かうのだった。
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