第35話 喧嘩別れ

 リビングに戻り、俺はフェルティナとのやり取りを二人に伝えた。


 勲章の事は適当に、本題はフェルティナの護衛の件だ。


「それで、受けないとまずいことになりそうなんだが、二人はどう思う?」

「以前にあった様子ですと、フェルティナ様がリアとうまくやっていけるとは思いません。リアが無意味に傷つく事を考えると、私としては受けたくないというのが本音です」

「まあ俺もそうなんだがな……」


 奏は俺と同じで、あまり依頼を受ける事を快く思っていないようだ。

 だが、今後の事も考えると受けないといけないのは分かっているようで、一番影響のあるリアに判断を任せるといったところか。


「この依頼、一番関係してくるのはリアになると思う。リアはこの依頼を受けたいと思うか?」

「受ける」


 問いを即答したリアに、俺は少々驚きを隠せなかった。

 嫌な思いをするのは嫌だと思うのだが、今のリアからはそんな感情を一切感じない。


「いいのか?正直この依頼、一番嫌な思いをするのはリアになるぞ。もし拒絶され続ければ行き帰りで一か月。あのきつい性格を考えると、かなり辛い目に合うと思うが」

「それは慣れてるからいい。王女様の獣人の見方が変われば私も嬉しい。それに王族の護衛なら、他の国にも確実に行ける。神殿も回れるし、何より報酬が大きい。受けない選択肢はない」


 慣れていると言われると悲しいが、リアとしてはそれよりもメリットの方が大きいらしい。

 他の国に行くにはいろいろと審査が必要らしいが、王家の依頼で行くとなれば、その辺りもすべて王家が行なってくれるのも大きいのだろう。


 リアがいいと言うのなら、俺達に受けない理由はない。


「じゃあ受ける方向で話を進めさせてもらおう。ありがとな、リア」

「気にしなくていい」


 リアが拒否するようだったら受けないことも考えたが、リアが思った以上に乗り気で助かった。


 リアがあれこれ言われると思うと複雑だが、そこは俺と奏がうまく取り持てるように努力したい。


「それにしても、王家の依頼で拒否する猶予を与えられたのは少し以外でしたね。こういったものは無理やり受けさせられる印象があったのですが」

「最終的には強制させられただろうな。でも、強制させるより、依頼を受けて貰えたっていう体裁の方が聞こえはいいだろう。王家としてはあまり波風立てたくないだろうし、そういったところで気を使っているんだろうな」

「独裁的な事をしていると信頼も得づらいって事ですね」


 過去に独裁政治を行って滅んだ国はいくらでもある。

 民の信頼なくして国が立ち行かないという事を、国王も分かっているのだろう。


「よし。じゃあ話をつけてくる。受けると決まった事だし、それを伝えて話を切り上げさせてもらおう」


 あまり話を長引かせてしまってはこちらの精神も削れていきそうだ。

 早々に話を終わらせ、早くリアの猫耳に癒されたい。


「頑張ってください」

「報酬に期待」


 奏とリアに見送られ、俺は再び応接室へと向かった。






「では受けてくださるのですわね?」

「はい。微力ながらも、フェルティナ様の護衛に貢献させていただきたいと存じます」


 応接室に戻った俺は、フェルティナに依頼を受ける旨を伝える。

 フェルティナは受けて当然とでもいうように、その表情に笑みを浮かべた。


「報酬に目が眩んだのでしょう。貴方は貴族であるからあまり関係ないかもしれませんが、冒険者をするような獣にとっては嬉しい条件だったのかもしれませんわね」


 その言葉に、俺は自分のこめかみに青筋が浮かんだのが分かってしまう。


 フェルティナはどうしても獣人の事を馬鹿にしないと生きていけないようだ。

 リアの事を馬鹿にされているのは言動から分かる。


 しかし、前回のように暴走するわけにはいかない。


「フェルティナ様は随分と獣人の事がお好きなようですね」


 だから、意趣返しとしてフェルティナに嫌味を言いつつ、獣人の事を押していくことにしよう。


「ええ。大好きですわ。考えるだけで眠れなくなり、吐き気を催すほどに愛してもおりますの。この国で最も獣人の事を愛していると言っても過言ではありませんわね」

「気が合いますね。私も獣人の事が大好きなのです。あの猫耳、あの尻尾。見ているだけで心が和み、触れれば天国に上るような思いとなるではありませんか。あの感触を覚えてしまえば、それこそ夜も寝られぬほどに恋い焦がれてしまうというものです」

「正気を失っておいででは?あのような物に没頭するなど、人間として何かが欠落していますわよ。それとも、あのような物を好きになるほどの変態ということかしら?」

「その通りかもしれませんね。単純でどうしようもなく、嫌う事しか能がなく歩み寄ろうともしない思考回路の持ち主であるフェルティナ様には到底理解できぬでしょう。非常に残念な事です。あの至高の存在を理解できぬとは」

「渉様」


 ミアが諫めてくるが問題ない。

 俺は冷静だ。


「……貴方、私が誰だか本当にご存じですの?」

「ええ、ご存知ですわ。他人の言葉に耳に傾けようとも取り合おうともしない、盲目聾唖ろうあの王女様ですわよね?病的なまでに獣人を嫌う姿は、同じく獣人を嫌う者にとって大変心強いものと思われますわ」

「貴方!口調を真似てまで馬鹿にするのもいい加減になさい!獣人も大抵不愉快ですが、貴方の態度はそれに値するぐらいに不愉快ですの!謝罪を受けてまともだと思っていたのに、とんだ思い込みでしたわ!」


 フェルティナが激昂し、机を叩いて立ち上がった。


 嫌味のつもりが、どうも行き過ぎてしまったようだ。

 正気を失うと言われたあたりから少しずつ本心が漏れ出し、冷静ではいたものの制御が出来なかったことが敗因か。


 だが獣人への敵対心を強めたわけでなく、俺に向けられているから良しとしよう。

 俺はどれだけ悪く言われようと気にしないからな。


「帰らせていただきますわ!このような人間のいる場所になど留まってはいられません!この屋敷には獣人もいるようですし、身が穢れてしまいますの!」


 そう吐き捨てると、フェルティナは早々に応接室から出ていこうとする。

 帰ってもらえるのならこちらとしても都合がいい。


「フェルティナ様」

「なんですの!?」


 だが、最後に俺は伝えたいことがあった。


「ケモ耳はいいものですよ?」

「知りませんわ!」


 そう言うとフェルティナは、ボディーガードをおいて応接室を出ていった。

 ボディーガードがその後を焦った様子で追っていったが、ボディーガードには少し悪いことをしたかもしれない。


 神奈の初対面の時といいフェルティナの件といい、俺はどうにも頭に血が上りやすく挑発してしまう癖があるらしい。


 とはいえ、仲間を悪く言われて受け流すことなど、俺には出来そうもない。


 今回フェルティナを怒らせたのは仕方のないことなのだと自分に言い聞かせつつ、王女様の来訪は終わりを告げたのだった。

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