第34話 護衛依頼
「護衛依頼?」
フェルティナのもう一つの用件を聞き、俺は何故そんなものを俺達に?という疑問を抱いた。
王女の護衛を冒険者がするというのも不思議な話だ。
護衛ならば親衛隊もいるし、わざわざ俺達に依頼するようなものではないだろう。
「ええ。私は二週間後、外交のために隣国のエレフセリアへと足を運ぶことになっていますの。その際、魔物払いとして貴方のパーティーを雇いたいと思っているのですわ」
「魔物払い」
聞きなれない単語に俺は首をかしげる。
ニュアンスとして護衛とは違うように思えるのだが、魔物払いとはいったい何をするんだ?
そう思っていると、後ろからミアがその疑問に答えてくれた。
「渉様。魔物払いとは護衛対象より先行して周囲の魔物を狩り、護衛対象に危害が及ばぬように動く者達の事です。王族の護衛の場合、親衛隊が王族の周りにつき、複数の冒険者パーティーが周囲で魔物を狩る形を取るのが殆どです」
「そういう役割があるのか。なるほどな」
確かにその形を取れば、護衛対象に降りかかる危険(リスク)はかなり低減されるだろう。
魔物は冒険者に任せ、親衛隊は万が一に備え王族の傍につく。
護衛対象としては、最も安心できる陣形だ。
「拘束期間は約一か月。エレフセリアの行き帰りで、エレフセリア滞在中は自由に行動していただいて構いません。、実質の拘束時間は二週間ほどとなる予定ですわ。滞在中の宿に関してもこちらが負担し、報酬は基本報酬に加え、何事もなければ成功報酬が加算されますの。勿論、王族からの依頼ですので、そこらの任務(クエスト)等よりよほど稼げるでしょう。どうでしょう、受けてくださいますわよね?」
「大変魅力的なご依頼ではありますが、お断りさせていただきます」
俺がその依頼を断ると、フェルティナは目を見開いてポカンとした表情を浮かべた。
そしてすぐに怒りを滲ませ、信じられないと声を上げる。
「なぜですの?報酬もいい、向こうでの生活も保障されている、そして何より、王家からの直接依頼なのですわよ。誰もが一も二もなく即決する依頼を断るなんて、いったい何を考えているのです?」
もちろん、俺は何も考えずに断りを入れたわけではない。
報酬に関しても問題ないだろうし、向こうでの生活も保障されているのなら好待遇だ。
王家からの依頼という事は、冒険者としても拍がつくだろう。
ほかの国の神殿を回るいい機会にもなるし、普通ならば渡りに船の依頼である。
つい先日までの俺なら、フェルティナの言うように一も二もなく飛びついていただろう。
しかし、今はこの依頼を受けることはできない。
なぜかというと、今の俺は魔王に目をつけられていると知ってしまったからだ。
魔王に目をつけられている以上、もしかしたら移動中に魔王軍の襲撃を受ける可能性がある。
奏とリアだけなら瞬間跳躍で逃げ切ることも可能だが、王女や親衛隊、そして複数の冒険者パーティーとなると話は別だ。
俺達は逃げるという選択肢を捨て、戦わざるを得なくなる。
もしダヴィードのような魔族に襲撃を受けた場合、多大な被害が出てしまう事は明白だ。
王女が俺を雇い入れるという事は、その危険(リスク)を背負わなければならなくなる。
そんな危険がある以上、どれだけ条件が良くても、この依頼を受け入れることは絶対に出来ない。
だが、その事情をフェルティナに説明することは出来ない。
「どうやら、私は強力な魔物を引き付けてしまう体質があるようなのです。現に、冒険者となってからというもの、滅多に遭遇しないと言われるワイバーンに二度も遭遇しております。私が護衛に加わるのは危険を増幅させるだけです。私を加えるのはおやめになった方がよろしいかと」
「そんなのただの偶然でしょう。そんな体質の人間、噂でも聞いたことがありませんわ。そんなオカルトより、二度もワイバーンに遭遇して生き延び、魔族すらも撃退する貴方の実力の方が信用できますの。私の身の回りの安全を確保できる方は貴重です。そのような事気にしませんから、依頼をお受けくださいまし」
「……それでも、フェルティナ様に害が及ぶ可能性がある以上、お受けすることはできません」
俺は適当に話をでっち上げて言い訳をしたが、それでは納得できないらしい。
フェルティナは唇を結び、さらに依頼を受けるよう迫ってくる。
「他社と同じ報酬であるというのが不服なのですか?なら貴方にはさらに上乗せして報酬を与えますわ。サポートが足りないというのならもっと良い条件を提示いたしましょう。それでも受けていただけないのですか?」
「……なぜ私達にそこまでして依頼を?王家ともなれば、他にも依頼先はあるでしょう。私達に固執する理由が分からないのですが」
俺達なんかより優秀なパーティーは他にいる。
俺達のパーティーはたった三人しかおらず、広範囲をカバーするには心もとない人数だ。
王家から依頼をするという事は、それぐらいは調査してあって当然だろう。
報酬は上乗せすると言っているのだから、金銭面では糸目は付けないという事だ。
それなら人数の多いパーティーを選出し、魔物払いに当たらせた方が効率はいい。
それに、俺達のパーティーにはフェルティナが最も嫌う獣人がいる。
ゆえに、俺は何故フェルティナがここまで依頼を受けさせようとするのかが見えてこないのだ。
フェルティナは一瞬言い淀むと、ばつが悪そうにその理由を話し始めた。
「もう既に冒険者ギルドには話を通してあり、これを断られると王家の威信に関わるからですわ。それに加え、これは私の意思ではなく、お父様が決めた事だからですの」
「国王が?」
勝手に話を通されているのは、こちらがまさか拒否するとは思っていなかったからだろう。
多分手順を省略するためなのだろうと納得できるが、国王が俺達を指名する理由は何なのだろうか。
「貴方のパーティーには汚らわしい獣人がいます。お父様は私の獣人嫌いをどうにかするため、無理やりに貴方のパーティーを護衛に組み込んだのです。せっかく獣人のいない護衛を選出したというのに」
フェルティナは指を嚙み、本当に嫌そうに俺達のパーティーへ依頼する理由を口にした。
この依頼を俺達に持ってくることを、フェルティナ自身は快く思っていなかったようだ。
フェルティナの獣人嫌いは、初めて会った時に嫌というほど思い知らされている。
そのことが少し引っかかっていたが、その理由も今の説明で納得がいった。
国王も、フェルティナの獣人嫌いは何とかしたいと思っていたのは知っている。
この依頼を通じ、国王はフェルティナの獣人嫌いをどうにかしたいのだろう。
できる事なら俺も、フェルティナには獣人を好きになってもらいたいと思っている。
すでにギルドに話を通してしまっているという事と、王国の威信にも関わるという事から、この依頼を拒否すると今後の生活に圧力がかかる可能性がある。
冒険者をとして活動できなくなったら、リアは生活すら出来なくなる可能性があるのだ。
そうなる事だけは絶対に避けなければならない。
そのことに、俺は心の中で深くため息をついた。
リアとフェルティナを天秤にかけるような事はしたくないが、俺の中で優先されるのはリアの生活だ。
それに、俺達が護衛についたからといって、必ずしも俺の元に魔族が現れるとは限らない。
他にも冒険者パーティーや親衛隊もいるのだし、フェルティナがどうこうなる事はないだろう。
この依頼は受けざるを得ない状況にある。
そう思えてしまっただけに、俺は渋々ながら依頼を受ける選択肢を頭に入れた。
ただ、依頼を受ける前に確認しなければならないことがある。
「フェルティナ様は、なぜそこまで獣人が嫌いなのですか?」
「獣人であるから。その一言に尽きますわ」
本当に獣人と仲良くなる気があれば、多少は言葉を濁すものだ。
しかし、フェルティナはそれをせず、獣人をはっきりと拒絶した。
国王の心は分かっているはずなのに、フェルティナはそれ以上に獣人を嫌っている。
この依頼が、本当に獣人嫌いを直すきっかけになるのだろうか。
「……少々お待ちいただけますか。仲間と相談したいのです」
「……獣人がこの屋敷にいるのですわね。よろしくてよ。いい返事を期待していますわ」
リアがここにいると知ったフェルティナは、少し不快そうにしながら行けと合図をする。
その事に少し表情が歪みそうになったが、俺は何とか表情に出ないよう取り繕う。
俺はフェルティナに許可をもらい、一度、応接室を後にした。
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