第XX話 奏の羸痩(るいそう)

「リア、大丈夫ですか?」

「だ……大丈夫」


 ダヴィードの攻撃で飛んできたリアに巻き込まれた私は、回復魔法をかけながらリアの無事を確認します。

 リアは少し目を回して混乱している様子でしたが、大事には至っていないようで安心しました。


 しかし、安心した矢先に、地面が揺れるような衝撃と兄さんの悲鳴が聞こえてきます。

 まさか、兄さんがあの攻撃をまともに食らったのではと、私は不安に駆られました。


 私は急いで銃を再装填リロードして、兄さんの援護に向かいます。


「偵察はこの程度にしておいてやろう!もう二度とこの街に来ることはないだろうが、このような優秀な冒険者がいるとは、なかなかこの国も侮れん!再び戦場で合間見えん事を楽しみにしておるぞ!」


 ダヴィードがそう言うと、竜が広場に降りてきます。

 風圧から身を守りながらも私は銃を撃ちましたが、あの二体の魔物には通用しません。

 そんな私の事は気に留める事もなく、ダヴィードは広間から姿を消していきました。


 脅威が去ったことを認識すると、私は少し体の力が抜けた気がします。


 しかし、兄さんの姿を見たとき、そんな気の緩みも吹き飛んでいきました。


「兄さん!」


 私は地面に横たわる兄さんの元に駆け出します。


 兄さんの周りは血で染まり、一目で無事ではないことが分かってしまったのです。


「兄さん!しっかりしてください!」


 駆け寄った私は、すぐに兄さんの安否を確認します。


 お腹はまるで抉られたかのように薄くなっており、腕もおかしな方向に曲がっていました。

 その体はとても冷たく、その姿は悲惨で、凄惨で、私の心を抉り取っていきます。


 返事はなく、まるで安心したように眠る兄さんを見て、私は涙がこみ上げてきます。


「兄さん!お願いです!起きてください!」


 私は必死に回復魔法をかけながら兄さんに訴えました。


 兄さんが死んでしまう。

 また、私は大切な人を失ってしまう。


 そう考えただけで、私の目の前が真っ暗になっていくような錯覚に陥ります。


「あゆ……む……?」


 混乱していたリアが回復して、無残にも兄さんの姿を見て動揺していました。

 私と同じく涙を浮かべ、失う事を恐れているかのような表情をしています。


「か、奏。回復魔法……渉に回復魔法を……」

「やっています!ですが傷が治らないんです!」


 リアの求めに、私は泣きながら怒鳴り散らして答えます。


 折れた骨だけは元に戻りましたが、兄さんの内臓だけはなかなか元には戻りません。

 いつもはすぐに傷を癒す回復魔法ですが、今はどれだけ使っても回復する気配がありません。


 それだけに、兄さんの死というものが、私の中にどんどんと迫ってきていました。


「渉……死なないで……もっと一緒にいたい……」


 リアが泣きながら兄さんの手を取ります。

 その心中は私には分かりません。

 ですが、兄さんに生きていてほしいと願うのは、私も同じことでした。


「お願いします兄さん……私を一人にしないでください……私はもう、家族を失いたくはありません……」


 私は泣きながら、必死に兄さんへ回復魔法をかけ続けます。


 その脳裏に浮かぶのは、戦争に巻き込まれた時の悲しい記憶です。


 空襲に遭い、私達のお母さんを失った時の記憶。

 あの時の私は何もできず、兄さんに守られているばかりで、何もすることが出来ませんでした。


 今の兄さんの姿を見ていると、その時の辛い記憶が蘇り、私の心を蝕んでいきます。


 もう、あんな思いをするのは嫌です。

 私はもう、家族を失いたくありません。


 今までは兄さんがいたから、そんな悲しみも乗り越えて私は生きてこられました。

 ですが今ここで兄さんを失ったら、私は何を支えに生きていけばいいのでしょう。


 兄さんがいなくなったら、私は……。


 泣きながら、恐怖に苛まれながら、不安に押しつぶされそうになりながら、回復魔法をかけ続けました。


 兄さんに生きていてほしいと願いながら、私は回復魔法をかけ続けました。

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