第29話 魔族の力

 再び戦闘に入ってからというもの、俺達はダヴィートに苦戦を強いられていた。


 一度倒れてからダヴィードの動きは一変し、数m離れた程度じゃ一瞬で詰め寄られて大剣の餌食になってしまう。

 防御という概念がまるでないダヴィードの攻撃は実に熾烈で、リアですらその動きを止めることが出来ない。


 ダヴィードが常に俺を集中攻撃してくれるおかげで動きは読みやすいが、俺はダヴィートの攻撃を瞬間跳躍ワープで避けるしか方法がない。

 しかし、瞬間跳躍の先を読んでいるのか、瞬間跳躍の直後に飛んでくる斬撃に俺は対応しきれず、何度も血反吐を吐くような思いをしている。

 そのたびに奏の回復魔法を受けてはいるが、いったいこれをどれくらい繰り返せばいいのかわからない程に討伐の糸口が見えない。


 仮にダメージを与えられても、ダヴィードはその身に誇る謎の回復力ですぐに傷を癒してしまい、結局のところはどんな攻撃も意味をなさない。


 いくら攻撃しても回復してくる、無限ゾンビのような敵。


 こいつを止める方法が思いつかず、俺達はジリ貧の戦いを強いられていた。


「なんでお前は俺を狙うんだ。お前の目的はいったいどこにある」


 俺は瞬間跳躍でダヴィードと大きく距離を取りながら問いかける。


「我が目的はすべて魔王様に帰結する。わが身、我が心は全て魔王様にあり。私がお前を狙うのは、魔王様がそれを望まれたからだ」


 瞬間跳躍に慣れてきているダヴィードは、すぐに俺を補足して大剣を振るう。


「なぜ魔王は俺を狙う。俺がアテナの使いだとでも思っているのか」

「我は魔王様の命を受けるのみ。そこにある真意など私には関係なく、私の知る必要のないことだ」


 俺は再び瞬間跳躍をし、その大剣の猛威から逃れる。


「ではどこで兄さんの事を知ったのですか。兄さんは魔王軍との関りなんてなかったはずです」


 奏がダヴィードに銃を撃ちながら問いかけた。

 その銃弾をもう避けようともせず、ダヴィードはやはり俺に大剣を振るいながら答える。


「それも我の知る由もないこと。しかし魔王様は、全てを見通すまなこを持っておられる。一介の人間の事など全てお見通しであろう」

「なら、アテナの紋章の事をどこで知ったの。あの紋章は、教会の人以外知らないはず。なんで魔王軍のあなたや魔王がそれを知ってたの」


 リアが双剣に電流を走らせ、俺とダヴィードの間に割って入りながら問いかける。


「それは、アテナの神殿が魔王城となっている事から想像できるのではないか?少なくとも、魔王軍の幹部であの紋章を知らないものなど絶対におらん!」


 リアの双剣を大剣ではじき返し、蹴りを加えてリアを引き離すダヴィード。


「……ぁ!」

「か……っ!」


 リアは大きく吹き飛ばされ、その先にいた奏を巻き込んで地面へと蹲った。

 すぐに駆け寄りたい衝動に駆られるが、今はそこまでできる余裕はない。


 俺達の疑問を解決する答えの殆どは魔王に集約されている。


 魔王は脅威の対象として恐れられているが、魔王に関する詳しい話は全く聞かない。

 今まで深く意識したことはなかったが、魔王というのはいったいどんな存在なんだ。


 それに、もう一つ気になることがある。


「お前は魔王に作られたホムンクルスだと言ったな。お前の体は人工的に作られたもので、魔王は人体錬成をできるほどの力を持っているというのか」


 俺は二人に向かわせないよう、ダヴィードの注意を引く。


「くはは、その通りだ。魔王様は最恐にして天才。人類が夢見る人体錬成というわれを、不死身の肉体を持ってこの世に誕生させられる実力をお持ちになっておられる。人類の遥か先を行く、世界を支配できるほどの力を持つお方。それが魔王様なのだ」


 親愛なのか狂愛なのか、ダヴィードは全身で魔王の素晴らしさを説いていた。


 攻撃の手を止めてまで表すほどに、ダヴィードは魔王を信仰している。

 それは、魔王から作り出されたという深謝なのか、植え付けられた感情なのかは分からない。


 だが、このような化け物を生み出せるぐらい、魔王は力を持っているという事だ。


「魔王様はお前の事を気にかけておられる。魔王様が誰か特定の者を気にかけることなど、今まで使えてきた中で初めての事だ。光栄に思うのだな」

「……っ」


 そんなものに目をつけられた俺は、その気持ちを表現できない程の感情が渦巻いている。


 憤怒、不満、切迫感、憎悪、嫌忌、苦衷くちゅう、悲哀。


 その感情は俺を蝕んでいき、その心を荒ませる。


 言いようのない不快さの感情の渦を胸に、これではダメだとかき消すように、俺はダヴィードに銃を向けた。


 こんな一方的な感情を持っていては、誰も守ることなど出来ない。

 一方的な悪感情は誰かを傷つけ、時にそれは人を殺すほどの狂気となる。

 俺はそのことを知っているはずだ。


 大切な者を失うことになるという事を。


「くくく、今のお前は実に分かりやすい。自らに渦巻く悪感情に葛藤しているな?悲憤慷慨。なぜその怒りや恨み、憎しみや悲しみを自らに抑え込もうとする。そのまま爆発させてしまえ。理性など放棄し、本能がままに戦ってみせよ!」


 ダヴィードが嘲笑しながら、こちらに向かって突進してくる。


 その言葉に乗り、思うがままに戦うわけにはいかない。

 理性を失ってしまえば、そこらにいる魔物と何ら変わりなくなってしまう。

 それだけは絶対にすることはできない。


『ヴェーラ、瞬間跳躍をダヴィートの背後に。至近距離から撃ち込めば、少しぐらいは足止めもできるだろう。その間に態勢を整える』

『イエス、マイマスター』


 俺は攻撃に合わせ、瞬間跳躍をしてダヴィードの背後に回り込む。


 少しでもいいから、今は感情を整理する時間が欲しい。


 いくらダヴィードと言えど、近距離からの銃乱射をどうにかすることはできないだろう。


「えっ……」


 しかし、そんな考えは甘く、脇腹に走った大剣に、俺はなすすべもなく斬り付けられた。


 いったいどうやって切り返したのか、叩き下げるように振るわれた大剣は、俺の身を巻き込みながら地面へと吸い込まれていく。


「が……ッ!」


 肩が砕け、腹の中が爆発するような感覚に見舞われる。

 神奈の防具のおかげで真っ二つにはならずにすんだものの、その衝撃を受け流すこともできなかったせいで、体の内部に深いダメージを負ってしまったのだ。


 クレーターを作るほどの威力を一身に受け、俺の思考は完全に停止した。


 腹の辺りの内臓は破裂し、骨は完全に砕けている。

 呻くだけでも激痛が脳のすべてを支配し、ほかの事が一切考えられなくなってしまう。


「くくく、今のお前は本当に分かりやすい。視線で背後に移動しようとしていたのが手に取るようにわかったぞ? どうやらお前は悪感情を身につけると、思考や行動が単調化するようだな。他に考えが及ばなくなり、目的の為の最短手段を取ろうとするのだろう。瞬間移動が近くなったのがその証拠だ」

「ぁあああああ!」


 ダヴィートがバキバキに折れた肩を踏み付け、俺は耐え難い激痛に悲鳴を上げた。


 今すぐにでも気絶したくなるような痛みに、気を失ったら二度と目覚められないと、俺の意思が必死に抵抗している。


「魔王様がお前を気に掛ける理由もよく分かった。見たこともない武器や魔王様と同じ魔法を使い、我を殺すほどの実力もある。今はまだその扱いに慣れていないようだが、いずれは魔王様と張り合うぐらいに成長するやもしれん」


 ダヴィードは俺を蹴り飛ばし、大剣を背負う。


 もうこれ以上、戦う気はないとでもいうように。


「脅威は排除しておきたいが、魔王様の命だ。我もお前の成長を楽しみにすることとしよう。邪魔も入ることだしな」


 ダヴィードは竜を呼び寄せた。


 銃の発砲音が聞こえるが、ダヴィードに動じた様子はない。


 その竜は降り立つと、ダヴィードを乗せ空へと羽ばたいていった。


「偵察はこの程度にしておいてやろう!もう二度とこの街に来ることはないだろうが、このような優秀な冒険者がいるとは、なかなかこの国も侮れん!再び戦場で合間見えん事を楽しみにしておるぞ!」


 俺ではない、まるで誰かに吹聴するような言い方で、ダヴィードは竜と共にこの広場から姿を消していった。

 それと同時に 後を追え!とどこかから声が上がり、大人数がダヴィードの後を追っていくのが見える。


 どうやら、王国の憲兵隊が駆けつけてくれたらしい。

 そう気が付くと、俺の身体からどんどん力が抜けていくのが分かる。

 痛覚が正常に作用し始め、俺の意識が離れていっているのだ。


「兄さん!」


 奏の声が聞こえるが、俺の意識がどんどんと離れていっている。


 もう脅威となる魔物はここには存在しない。

 何とか俺は、ここにいる人達を守ることが出来たのだろうか。

 あれ以上、誰も傷つかなかったのだろうか。


 そんな心配の中、俺の意識は深い闇へと誘われていった。

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