第21話 防具入手です!

 屋敷に帰った俺達は、ちょうどリビングでくつろいでいた神奈とミアを巻き込み、午後のティータイムを開いていた。


 こちらに越してきて、やけにお茶会を催している気がする。

 俺達も知らず知らずのうちに、貴族に染まってしまっているのだろうか。


「その様子だと無事に魔物討伐は成功したみたいだな。どうだった、初めての魔物討伐は。死ぬ思いでもしたんじゃないのか?」


 向かいに座る神奈が、笑いながら煽るように聞いてくる。

 神奈の言葉にいちいち腹を立てていてはキリがない。


 俺はその煽りを受け流しながら、リアとミアに今日の出来事を伝えた。

 冒険者としての話は、お茶請けとしては最高の話題だろう。


 相当数を討伐し、上々の滑り出しをしたのだから、ミアもきっと喜んでくれるはずだ。


「ふざけているんですか!?」


 しかし、そんな期待はミアの怒鳴り声で掻き消されてしまう。


「防具もなしに魔物と戦うなんて何を考えているんですか!?今回は助かったからいいものの、下手をすれば死んでいたんですよ!?ちゃんと防具にかけるお金は硬貨袋に入れておいたはずです!あれだけあれば装備も整えられたでしょう!なぜそんな危険な真似を自ら進んでおこなったのですか!?」


 いつもの優しいミアは怒りに染まり、俺と奏を責め立てるように捲し立てる。


 そういえば、硬貨袋には金貨が2枚余っていた。

 あれはミアから、装備を整えてから行けという合図だったのだ。


 あの時は気にも留めなかったが、そこまでミアは考えてくれていたのか。


「私もそれが言いたかった。服の下に装備してると思ってたけれど、なんの装備もなく戦闘するなんて考えられない。なんで防具を装備しなかったの?」


 リアの言いたい事というのも同じだったらしく、俺と奏はミアとリアの二人から非難を受ける。


 二人の怒りを目の当たりにし、俺は冷や汗をかきながら素直に答える。


「いや、完全に忘れていてだな……」

「忘れていたで命を落とされては元も子もありません!そんなの言い訳にすらなりませんよ!」

「万全の態勢を整えて挑まないとダメ。防具は命を守る大切なもの。一番忘れちゃいけないやつ」

「ごめんなさい……」


 俺は何も言い返すことができず、二人に謝ることしかできなかった。


 実際、防具をちゃんと装備していれば、ワイバーンの攻撃で背中を焼くなんてことにはなっていなかっただろう。

 防具を整えることは冒険者にとっては常識的なことで、俺はその常識を守れていなかった。


 討伐は勝利を収めたものの、心構えで敗北していたのだ。

 今回の最大の失敗にして、最大の反省点である。


「はぁ……とりあえず無事に帰ってこられたので本当によかったです。次からは必ず、かならず!装備を整えていってから任務に当たってください。もしできないというのなら、二度と冒険者としての活動を控えていただきます。いいですね?」

「はい……」

「奏様もよろしいですね?」

「はい……」


 俺と奏はうつむきながら、ミアの制約に従う。


 今回の件で俺達は、防具の重要性を認識した。

 自分の命を守るためには、防具の着用は必須なのだ。


 次からはそのあたりを徹底しなければ。


「痛い目を見たようだが、痛い目をしなければ分からないこともある。これを糧に、次からは失敗しないようにするんだな」


 神奈がヴェーラと同じようなことを口にした。


 痛い思いをした今なら、前よりも装備に気を遣うようになる。

 ミアとの約束もあるし、今後は装備を忘れることはないだろう。


「とはいえ、私も武器の事しか頭になかったのは事実だ。ちょっと待ってろ」


 そういいながら神奈は立ち上がり、リビングから姿を消した。


 もしかしたら武器と同じように、防具も用意してあったのだろうか。


 少しすると、神奈はその手に服のような物を持って、再びリビングに戻ってくる。


「兵器開発ばかりしていたものだから、こんなものを預かっているのを今まで忘れていた。おそらく、この世界の装備なんかよりよほど役に立つ防具だろう。使うといい」


 そういいながら神奈は、俺と奏、そしてミアとリアにまでその手に持つものを配り始めた。


 それは一見すると、普通の服と何ら変わりないように思える。

 少なくとも、普通の防具には見えない。


「これは?」

「これは私の部下だった奴が開発した軍用戦闘服(ACU)だ。迷彩柄ではないから分かりにくいが、内部にカーボンナノファイバーを組み込まれた高分子複合マトリックス材料が使用されている。その柔軟性はこちらの動きを阻害することなく、ありとあらゆる衝撃を吸収してくれる。カンナM9Pにも使われている衝撃吸収材であるから、その効果はお墨付きだ。これを装備すれば、大抵の攻撃は防げるだろう。勿論、衝撃の一部は受けることになるがな」

「この服にそんな強度があるんですか。ちょっとにわかには信じられないですね」


 奏が服の感触を確かめながら、そんな感想を口にする。


 普通の服より少し硬い感じはするものの、本当に普通の服と変わらないように思う。


 俺も奏同様、この服にそれほどの防御力があるとは思えない。


「渉、銃と服を貸せ」


 そう言われ、俺は素直に銃と服を神奈に手渡した。


「こうすればこの服の真価を見定めることができる」


 受け取った神奈は服を壁にかけ、少し離れたところから銃を発砲する。


 今の銃に入っている弾は実弾だ。

 普通の服ならば銃弾の威力に耐え切れず、風穴を作ることになるだろう。


 しかし、銃弾はその服に穴を作ることができず、威力を殺された銃弾が音を立ててその場に転げ落ちる。


「マジかよ」


 俺は立ち上がり、その服に本当に穴が開いてないか確かめるが、服には傷一つついていなかった。


「これがこの服における防御力の証明だ。納得してもらえたか?」

「これは納得せざるを得ませんね……」

「銃弾から身を守れるなんて相当だぞ……」


 俺達はその防御力に驚きを隠せないでいた。

 神奈の言う通り、これがあれば戦闘で大いに役立つことだろう。

 銃弾ですら貫通できないのだから、デットラビットの突進など目でもない。


「神奈様。私も頂いてしまってよろしいのですか?」

「いいの?」


 ミアとリアが神奈に問いかける。


 この世界の技術の防具で、ここまでの防御力を誇れるものは存在しないだろう。

 こんな凄いものを渡され困惑しているみたいだ。


「ああ。服に関してはストックが箱単位であるからな。一つ二つ渡したところで痛くもかゆくもない。それに、私の私物でなく軍のものだからな。使い潰したといっておけば何の問題もない」

「それは問題だろ」

「いいんだよ。こんな僻地に飛ばしたんだ。少しぐらい意趣返しをしないとな」

「そんなことしているから左遷されたんじゃないですか?」

「一理ある」


 神奈は奏の指摘を認めながら笑い飛ばす。


 自覚がある分、改善しようもなく上司も困っていたのではないかと推測できる。

 まあ、そのおかげで武器も防具も手に入るのだから、神奈を左遷した上司には感謝しておこう。


「では、ありがたく頂戴致します」

「防具を新しくしようと思ってたから助かる。ありがとう神奈」

「気にするな」


 喜ぶ二人に、神奈は手を振りながら笑みを浮かべる。

 これで、より万全な状態で任務を受けることができる。


 思いもかけず装備が揃ったことで、俺は神奈に感謝するのだった。

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