第18話 ピンチです!

「流石に疲れてきましたね……」

「そうだな……」


 日が南中して一時間ぐらいは経った頃だろうか。


 ノンストップで魔物を狩り続けた俺と奏は、ぱっと見で分かるほどに疲弊していた。

 肉体的な疲労は奏の回復魔法により何ともないのだが、精神的な疲労が凄い。


 初めての討伐任務クエストと言う事で浮かれていた事もあるが、思っていた以上に魔物と遭遇する事遭遇する事。

 現在のデットラビットの討伐数は100を超え、ゴブリン、キラービー、オーガ等、この辺りで出現すると言われる魔物の大半は狩ったと言える。


 中でもエアリザードは厄介で、風の魔法を操って攻撃してきた。

 直前にリアから聞いていたからよかったものの、何も知らずに突っ込んでいたらズタズタに切り裂かれていた事だろう。


 そんな事もあり俺達は今、ちょっとした河原で休憩していた。


「二人共凄いけど、その銃って武器が凄い。まさかエアリザードを一撃で屠るなんて思ってなかった。私の時はそんな威力は無かったけど、何が違うの?」


 休憩する俺達に対し、まだまだ余裕のあるリアが、銃に興味を持った様子で聞いてくる。

 俺たち以上に動いているというのにまだ余裕とは、流石はA級冒険者である。


「決闘で使ったのは非殺傷性の弾、今使っているのは殺傷性のある弾なんだ。この銃って武器は、飛び出す弾によって威力が変わるんだよ」


 俺は一つ弾を取り出し、それをリアに渡した。

 リアはそれを興味深そうに受け取り、手の中で転がして観察している。


「???」


 しかし、渡してみてもよく分からないようで、リアは弾を見つめたまま難しい顔をしていた。


 模擬プラスチック弾を見ていないから、弾が違うと言われても分からないのだろう。

 その前に、このタイプの銃の弾を見る事自体が初めてなのか。


 初めて見るもので違うと言われても分からないよな。


「兄さん、リア。そろそろ帰りませんか?このまま討伐していくとキリがないです」


 奏が疲れた表情で提案してくる。


 奏の言う通り、これ以上の討伐は精神的にもきついものがある。

 無理して討伐をする必要もないし、今日のところはこれぐらいにした方がいいのかもしれない。


「そうする。渉のおかげで戦利品を残らず回収できたし、初めてでこの戦果は凄い。戦い方も板についてきたし、もう二人だけでもやっていけると思う」

「ありがとうございます。でも、リアも含めてのパーティーですからね?リアだけ仲間外れなんて絶対にさせませんから」

「うん」


 リアが嬉しそうに頷く。


 今まで一人で冒険者をしてきた分、仲間として扱ってくれていると分かる奏の発言は嬉しいのだろう。

 リアの純粋な笑顔を見ていると、なんだかこちらも幸せな気分になってくる。


 それは奏も同じようで、リアの笑顔に半分蕩けかかっていた。

 このままいくと奏がまた暴走をおこすかもしれない。


「帰ると決まったら即行動だ。このまま森に居続けても魔物に襲われるだけだからな」

「正解。あまり森に居続けるのはよくない。早く森を出る」

「じゃあ行きましょう!」


 おー、と腕を振り上げる奏に、俺とリアも腕を振り上げて応える。


 帰るまでが遠足ですとはよく言うが、帰るまでが討伐任務だ。

 誰もかける事無く帰れてこそ、クエストが完遂出来たと言える。


 遠足などとは違い、命を落とす可能性もあるのだ。


 帰る時にこそ、細心の注意を払わないとな。






「奏!危ない!」

「ひっ!リア!ワイバーンは出ないんじゃなかったんですか!?」

「魔物の動きまでは私でも分からない。いいから早く逃げて!」


 俺達は迫りくる恐怖から、必死に逃げ回っていた。


 リアの話に出ていたワイバーン、それに帰り道で遭遇してしまったのだ。


 見るからに強靭な顎、巨体を飛ばすための大きな翼、鋭利に尖った長い尾。

 その赤い瞳は俺達を映し、ワシのような鋭い鉤爪を振るい獲物を狩ろうとする。


 殿しんがりを務めるリアがその鉤爪に双剣を滑らせ、攻撃を受け流す。

 俺の補助魔法をかけてはいるが、まともに返すと双剣が耐えられないのだ。

 故に攻撃は全て、受け流すという選択肢しかない。


 俺も銃を乱射しているが、ワイバーンの硬い外殻に少しめり込むだけで、殆どダメージを与えられていない。

 銃弾がほとんど効かないなんて、あの装甲はどれだけ硬いんだ。


「っ!ブレス来る、伏せて!」

「奏!」


 リアの言葉で、俺は奏を守るように抱きかかえて地面へ倒れ込む。


 次の瞬間、背中を熱線が通過し、俺の背中に焼けるような痛みが走った。


「があぁぁっ!」

「兄さん!」

「動くな!!」


 体を起こそうとする奏に、俺は声を張り上げて止めさせる。


 このまま動くと奏が熱線に巻き込まれてしまう。

 それだけは絶対にさせられない。


「渉!?なんで何も装備してないの!?」


 リアが絶望しているかのような声をあげた。


 リアは服の中に防具を仕込んでいると思っていたのだろう。

 しかし、背中が燃え尽きた服は俺が何を装備していない事を露わにさせている。


 そういえば、俺は何の防具も揃えずに討伐に来てしまっていた。

 リアが絶望するのも無理は無い。


 今まで一度も攻撃を受けなかったから気にしていなかったが、馬鹿な事をしたかもしれない。

 これは後でさんざん文句を言われるだろうな。


単独回復ヒール全傷回復トローマヒール!」


 熱線が通り過ぎると、すぐに奏が回復魔法を唱えた。

 傷を治す魔法と、外傷を治す魔法を奏が使ってくれたのだ。

 背中を襲っていた痛みが急激に引いていき、俺は身体から少し力を抜いてしまう。


「ありがとう、奏」

「ありがとうじゃありません!早く逃げますよ!」


 奏が俺を無理やり立ち上がらせ、ワイバーンから必死に距離を取る。

 リアが足止めをしてくれているおかげで、ワイバーンの注意はこちらに向けられていない。


「リア!足止めはいいから逃げるぞ!」

「二人は逃げて。誰かが足止めしないと、こいつはどこまでも追ってくる。ここは私が犠牲になるから、二人は早く逃げて」

「そんなことできる訳がないじゃないだろう!俺達はリアを犠牲にするためにパーティーを組んだんじゃない!」

「皆で逃げて全滅するよりはまし。それに、私も死ぬわけじゃない。二人が逃げた後に、私も逃げる」

「犠牲になるとか言ってる人の言葉なんて信じられません!リアも私達と一緒に逃げるんです!」


 俺と奏は必死にこちらに来るよう促すが、リアは頑なにそれを拒否する。


 このまま俺達だけで逃げ出した方が、生存率が上がるのは分かる。

 三人で逃げ続けてもジリ貧になって、全滅してしまう可能性もあるからだ。


 だが、リアを犠牲にしてまで逃げたいなどとは思わない。

 どうにかしてリアを連れ出す事は出来ないだろうか。


『マスター』

『なんだ!?』


 脳内でヴェーラに話しかけられ、俺は思わず強く返してしまう。

 しかし、酷い態度に文句も言わず、ヴェーラは淡々と俺に解決案を提示した。


瞬間跳躍ワープを使えばよろしいかと思います。マスターの力であれば、三人を移動させることも可能でしょう』

『それがあった!』


 ヴェーラの助言により、この窮地を三人で抜け出す道が見つかった。


 三人を同時に瞬間跳躍出来るなら、相手をする事無くワイバーンから逃れる事が出来る。

 万全のワイバーンにはリアでも勝てないというし、銃の効かない俺達はただの足手纏いだ。


 可視範囲外の移動をやった事は無いが、ヴェーラが言うのなら出来るのだろう。

 ワイバーンから逃げ出すには、もうこの手しかない。


『ヴェーラ、瞬間跳躍だ。場所は冒険者ギルド内!』

『承知いたしました。座標演算終了。いつでも瞬間跳躍出来ます』

「リア!こっちに来い!」

「ひゃっ!兄さん!」


 俺は奏を引き寄せ、リアに俺の元へ来るよう指示を出す。

 なんだか手に柔らかい感触が当たっているが、確認している暇は無い。


 瞬間跳躍は俺に触れていないと発動できないのだ。

 なのでリアにも早く来てほしいのだが、リアはワイバーンの足止めに徹していて動く気配がない。


「私の事はいい。だから早く逃げて」


 こちらの言う事に聞く耳を持っていない。

 言う事を聞かせるには脅すしかないか。


「いいから来い!来ないとお前の尻尾を撫でまわすぞ!」

「っ!」

「兄さん!手!手!」


 その一言でリアは大きく後退し、ワイバーンから大きく距離を取る。

 リアがいなくなった事により鉤爪は大きく外れ、ワイバーンに大きな隙が出来る。


「よし!」


 その隙に俺はリアへと詰め寄り、リアの腹に腕をまわして固定する。


「な、何を」

「少し浮遊感があるが我慢してくれよ!ヴェーラ!」

『瞬間跳躍』


 次の瞬間、目の前にいたワイバーンは消え失せ、まばたきの間に俺達は冒険者ギルドへと瞬間移動していた。

 二人を抱えていたせいでバランスを崩し、俺達はその場に尻餅をついてしまう。


「ここ……冒険者ギルド……?」

「逃げきった……?」


 冒険者ギルドに帰ってきたと気付いた二人は、安堵してその場にへたり込む。

 三人も、しかも初めての可視範囲外への移動だったが、何とか上手くいったようで安心した。


『ありがとうヴェーラ。お前のおかげで何とかなった』

『お褒めに与り光栄です』


 こうして、俺達は何とかワイバーンと言う脅威から逃げ帰る事が出来たのだった。

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