第6話 王女フェルティナ

 その後、料理人が変わり、お詫びとして出された魚料理に大喜びするリアを微笑ましく眺めつつ、国王との昼食会は幕を下ろした。


「そういえば、昼食会の前に国王一人の方が都合はいいとおっしゃっていましたね。あれは一体どういう意味だったんですか?」


 食後の紅茶を楽しみつつ、俺は国王に問いかける。


「あれか。わしの娘は極度の獣人嫌いでな。食事を共にしていたら恐らくリアに迷惑をかけただろう。だからわし一人の方が都合いいと言ったのだ」

「ああ、そう言う……」


 人種差別は王族にも存在しているらしい。

 国交にも関わる人種差別を王族がしているというのは、対外的にあまりよろしくないだろう。


「幸いにして今日は私以外、皆出払っておる。帰って来るのも夕方だという話しであったから、安心して―――」

「あら、お父様。お客様ですの?」


 声の方を見てみると、綺麗な金髪の女性が立っていた。

 お父様と言っていたが、この女性が今話しに出ていた娘さんだろうか?

 だとしたら、非常にまずい気がする。


「あ、ああフェルティナ。帰ってたのか。随分と早いな」

「ええ、お相手の気分がすぐれないようでしたので、早めに終わらせてきましたの。あら、武雄様じゃありませんの。ごきげんよう」


 フェルティナと呼ばれた女性が父に気づいて挨拶をする。

 どうやら父とは知り合いらしい。


「フェルティナ様、こんにちは。お元気そうで何よりです」

「先日会ったばかりじゃありませんの。病の季節にはまだ早いですし、そう簡単にわたくしは体調を崩しませんわ」

「元気が有り余っているようでなによりでございます。このように元気なご息女がいれば、この国も安泰でしょう」

「相変わらず失礼な方ね。まあいいわ。貴方にはとてもお世話になっているし、それぐらいは見逃して差し上げます」

「ありがとうございます」


 父とのやり取りを聞く限りでは、この女性はどうやら国王の娘らしい。

 ただ、なんとなくだが、非常にめんどうくさそうな性格をしていそうだ。


 喋り方も典型的なお嬢様。

 ちらちらと感じる高圧的な態度は、自分の意思の強さを露わしている気がしてならない。


 ここは波風立てず、何も言わず、ただただ場に流されるに限る。


「それで、そちらの方たちはどちら様?見た事無い顔ですけれど」


 しかし、興味を持たれてしまっては、そうも言っていられない。


 プライドの高そうなお嬢様だ。

 ここで無視すれば、きっと面倒な事になるに違いない。


 俺は出来るだけ興味を持たれぬよう、無難に自己紹介する事に決める。


「お初にお目にかかりますフェルティナ様。私は武雄の息子の渉と申します。本日は国王陛下よりご招待いただき、先ほどまで共にお食事をさせていただいておりました。共に昼をご一緒出来なかったことを残念に思います」

「あら、ご丁寧にどうもありがとう。武雄と違って随分と出来たご子息じゃない。本当に血は繋がっているのかしら」

「正真正銘、私の息子でございます」


 フェルティナの言葉に父がそう返す。


 掴みは上々だが、少しやり過ぎたかと少し苦心する。

 もう少し無難に、相手を持ち上げるような発言は控えよう。


「そんな事は分かっているわよ。と言う事は、後の方は使用人かしら?」

「いえ。あちらにいるのは私の妹の奏、そして友人のリア、メイドのミアにございます」


 少し妹のイントネーションを強くし、流すようにリアとミアを紹介する。


 イントネーションの強弱は心理誘導の基本である。

 これで少しでもリアから目を逸らせる事が出来れば万々歳だ。


「あら、妹さんがいらしたのね。可愛らしいじゃない」

「光栄ですが、フェルティナ様には遠く及びません」

「こちらも嬉しい事を言ってくれるのね。お二人共、武雄と違って出世できますわよ?」

「私は二人とは違い、媚びへつらうのは性分に合いませんので」

「そうね。貴方はどちらかと言うと物で釣る人間ですものね」

「お厳しい事を」


 父もリアから興味が逸れるよう、協力してくれている。


 だが物で釣るとは、一体父は何を王族に渡したのだろうか。

 少し気になるところである。


「それと……お友達のリア?ローブを取ってくださらないかしら?お顔が確認できませんわ」


 まずい、ローブが仇になってフェルティナの興味を引いてしまったみたいだ。

 このままだとリアが獣人だとばれてしまう。


「フェルティナ。あまり無理に迫るでない。お前の悪い癖だ」


 国王までフォローに入るなんて、相当まずい状況になってきた。

 もしこれで止められなかったら、もうこちらにフェルティナを止めるすべは無い。


「相手の顔をよく見て話せとおっしゃっていたのはお父様じゃないですの。ささ、そのお顔を見せて下さいまし」


 そう言ってフェルティナはリアのフードへと手を伸ばした。

 王族が相手なだけに、俺達はそれを強く止める事も出来ない。


 フェルティナがリアのフードを脱ぎ去ると、その頭に生えた猫耳が姿を現す。


 その猫耳を見てフェルティナは表情を歪め、すぐにリアから距離を取った。


「貴方……獣人じゃない」


 リアはその言葉に目を背け、少し悲しそうな顔をした。

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