第5話 差別は根強いのですね……
そんな感じで食事は進み、フルコースはメインに移ろうとしていた。
国王ともかなり打ち解け、俺の中の国王像はかなり変わっている。
厳格で融通の利かないイメージだったが、国王はそんな事もなく、楽しく会話を続けられる人だった。
自分本位でもないし、国王は国民の事をしっかりと考えている.
こんな人が国王ならば、この国も安泰だろう。
「次は何が出てくるんでしょう」
「次は魚料理になります奏様。先ほどパンが出てきたのは、スープによる味の広がりをリセットするためです。軽くパンを食べて、次の料理を美味しくいただきましょう」
ミアは奏にそんな説明をしていた。
どうやら、次に出てくるのは魚料理らしい。
「リアは魚好きか?」
猫といえば魚が好きというイメージがある。
猫族であるリアは、魚が好きなのだろうかと気になったのだ。
「大好き。魚は至高の食べ物」
次に魚が出てくると知ったリアは、少しそわそわしながらそう答える。
どうやらリアは魚が大好物らしい。
今までの料理も美味しかったし、魚料理に期待しているのだろう。
「楽しみだな」
「楽しみ」
すると、給仕係の女性たちがリアの待ちに待った魚料理を運んできた。
自分の前に置かれた魚のソテーとフリットを、リアはとても嬉しそうに見つめている。
相当魚が好きなのだろう、リアの目には他に何も映っていないようだ。
「……?」
しかし、俺は自分の目の前に置かれた料理を見て、少し違和感を覚える。
俺の目の前に置かれた料理とリアの前に置かれた料理は、よく見ると少し違うように思えた。
俺達の物に比べると少し小さいようで、盛り付けも調理も雑に見える。
ぱっと見ではこちらと変わらないが、よく観察するとその違いは明白だった。
控えめに言って、酷過ぎる。
リアが何かしたわけでもないのに、なぜリアだけ適当なものが出てくるのだろう。
獣人だからといって適当なものを出しているのだろうか。
今までの料理もリアだけ適当だったのではと考えると、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
「リア、俺のと交換だ」
「?」
リアは俺の差し出した皿を受け取り、自分のものと入れ替える。
しかし、なぜそんなことをしたのか分かっていないようで、頭に疑問符を浮かべているようだった。
「なぜ入れ替えた?」
国王からそんな疑問が投げかけられる。
わざわざそんな事を聞くという事は、国王が指示したわけじゃないのか?
「魚料理を楽しみにしていたのに、雑な料理ではリアが可哀想でしょう。私はリアほど魚料理にこだわりはないので取り替えただけです」
リアと取り替えた料理を見てみると、やはり酷いものだった。
ソテーもフリットもある意味雑妙な加減で中まで火が通っていない。
少し違和感を覚えそうだが、この程度だったら気にせず食べてしまうだろう。
随分と細やかな嫌がらせだが、こんなことをするぐらいだったらいっそ生焼けにした方がいいだろうに。
「わしにも見せろ」
国王がそう言うので、俺はその皿をそのまま明け渡す。
その料理を観察した国王は、給仕係に何かを申しつけた。
給仕係は慌てて姿を消し、入れ替わるようにシェフと思われる人間が姿を現す。
「何か御用でしょうか?」
しかし、それを見る国王の目は冷たい。
「今日の料理はお前が全て作ったのか?」
「はい。誠心誠意、真心込めて料理を提供させていただいております」
「ではなんだ、この料理は」
料理を差し出しながら国王は訴えた。
なぜその料理が国王の元に、とでも言いたいかのように、シェフの目は驚きに満ち溢れている。
「なぜこのような不完全の物を提供した。相手が獣人であるからか。正直に答えよ」
「……その通りでございます。私が料理の腕を磨いて来たのは、獣人に美味い物を食べさせるためではありません。喋る獣などには私の料理はもったいないと考えました」
「そうか……」
国王は一つため息をつく。
そして国王は手をあげ、シェフに向かって言い放った。
「お前は取り返しのつかない事をした。もう良い。二度とこの城に足を踏み入れるな」
「……は?」
国王がそう言うと、どこからともなく兵士が現れ、そのシェフを拘束する。
「お待ちください!なぜ私がこのような仕打ちを受けるのですか!?獣人など人間にも劣る下等生物!なぜそのような者の為に私が解雇されなければならないのですか!?」
シェフは叫んで自らの潔白を訴えかけるが、国王の瞳にもうそのシェフは映っていない。
シェフの叫びは聞き入れられることもなく、兵士とともに中庭から姿を消していった。
「あの、そこまでしなくても……」
成り行きを見守っていたリアが、心苦しそうに国王に訴える。
自分の事を散々言われたのに相手の事を考えるなんて、リアはどれだけ優しいんだろうか。
確かにたった一回のミスであれはどうかと思うが、自分が悪く言われてそのように気遣う事は俺には出来そうにない。
「気分を悪くさせたな。私の客人に不快な思いをさせたのだ。あれも当然の仕打ちだ」
「あの、私も国王に相当な暴言を吐いたと思うのですが……」
今ので退城となると、俺はもうこの国にもいられないような暴言を吐いた気がする。
それはいいのだろうか。
「それはそう言いせしめたわし自身にも責任がある。だが、あやつは全く関係ないわしの客をぞんざいに扱った。これが国交の場だった場合、あやつのせいでこの国の国益が失われたかもしれないのだ。その程度の事も分からない輩に、我が国の厨房など預けられんわ」
「なるほど」
俺の暴言は正当な理由があったから許されたようだ。
もしこれが単純に暴言を吐いていたら、俺はどうなっていたか分からなかったかもしれない。
「それにしてもリアをあそこまで侮辱すなんて。万死に値します」
「そうだね。でも、世間じゃあれが普通なんだよ。悲しい事にね」
「どうにかならないものでしょうか……」
父と奏がそんなやり取りを交わす。
「わしも獣人の差別問題は深刻だと思っている。獣人とはいえ、わしたちはこうして言葉を交わす事が出来る。それなのに種族間で醜い差別が起こるのは、わしとしても嘆かわしい事だ。だが、深く根付いたこの問題はそう簡単には解決しないだろう。わしも働きかけてはいるが、効果が上がった試しは一度もない」
「国王は既に、差別解消の為に動いていてくれたのですね」
どうやら国王は、前々からこの差別問題を考えていてくれたらしい。
獣人の差別問題を解消出来るかもと思っていたが、国王を以てしてもこの問題は解決の糸口が見つからないようだ。
これは朗報であると共に、悲報でもあるだろう。
やはり、地道に周りの印象を変えていくしかないようだ。
「わしも出来る限りの事はしていく。だからどうか、この国を悪く思わないでくれ」
「王様が獣人の事を考えてくれているって知れただけで嬉しい。私もこの国の為に頑張るから、王様も頑張ってほしい」
「その願い、聞き届けた」
リアの言葉に国王は大きく頷く。
国王は獣人と仲良くやっていきたいと思っているようだ。
もしこれで国王が獣人を嫌っていたら、恐らくこの国の差別はなくならなかったのだろう。
国王が獣人容認派で良かったと、俺は心の底から思うのだった。
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